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第21話 運命

「……はあ」  その時、後ろでため息が聞こえた。  那智が気だるげにカバンを肩に担いでいる。 「帰るわ」  俯いてタバコを咥える那智の顔に、金髪がさらりと流れる。   「じゃあな」  そう言った声がかすかに掠れている気がした。  悠心と目も合わせないまま、屋上を静かに出ていく。 「……那智?」  貴良から身を離して、那智の背中を眺める。 「……貴良」  貴良を見ると、眉根を寄せていた。    貴良と気持ちが通じて嬉しかった気持ちが、少しずつ萎んでいく。  あんなふうに、那智が帰ることなんて、今までなかった。  貴良に抱かれたまま、悠心はしばらく迷っていたが、とうとう貴良の胸に手を当てた。 「わりい。俺、ちょっと……」  離れようとすると、腕を掴まれる。振り返ると、険しい顔があった。 「行くのか」 「あいつ、ちょっと変な気がして」  そう言うと、貴良の目の温度が下がった。腕にぐっと力が込められる。 「……あいつはアルファだ」 「? うん、そうだけど……大切なダチだからさ」  貴良は目を細めて、しばらく黙りこんだ。  やがて、おもむろに手を離す。 「……ありがと。また、連絡する」  小さく笑い、貴良に背を向けて走り出した。 「——那智」  那智は駐輪場の隅でバイクに乗ろうとしていたところだった。  追いついた悠心に気がつくと、那智が振り返る。 「……今、来んじゃねえよ」  くしゃりと顔を歪ませて、那智は俯いた。  金髪が秋風に撫でられた。 「そんな顔してんのに、放っておける訳ねえだろ」 「……あいつ、良いのかよ」 「大丈夫。連絡するって言ってきたし」 「……そうかよ」  那智がバイクにまたがる。  悠心も後ろに乗った。いつものポジション。 「那智。俺のために怒ってくれたんだよな。……いつも、ありがとな」  悠心のことを心配してくれて。  貴良に傷つけられている悠心を見て、貴良に怒ってくれて。  今もそうだ。悠心のためを思ってくれている。 「お前以上のダチなんかいねえよ」  そう言って笑うと、目の前の背中がこわばった。 「……ああ」  静かにそう言った那智は、バイクにエンジンをかけた。 「俺はさ、ずっと……」  前を向いたまま呟く那智の声は、エンジン音に埋もれてよく聞こえない。  聞き返そうとしたが、那智がバイクを走らせたので、タイミングを逃した。  悠心は遠ざかっていく校舎を振り返る。  ——帰ったら、連絡しよう。  そう思うと胸の中心がほんのりと温かくなった。 ◆ 「父さん」  (りん)は実家の書斎でくつろぐ父親を訪ねた。 「どうした」 「貴良が……婚約を解消したって」 「ああ。そのようだな」  父親の飲むコーヒーの渋い香りが鼻をつく。 「貴良くんも、立派になったなあ。貴成さんに直談判したらしいじゃないか」 「立派……?」  凛は拳を握りしめた。  脳裏に、寝る間も惜しんで婚約解消に向けて奔走していた貴良の姿が蘇る。  まさか、本当に解消してしまうなんて。 「あんな、汚いオメガなんかのために……」  呟くと、父親が意外そうな顔をした。 「貴良くんにはパートナーができたのか」 「パートナーなんかじゃないよ!」  思わず声を荒げる。父親が眉を下げた。 「よりによって黒条のオメガだよ? 家柄も品性も貴良の足元にも及ばない。下品な不良だよ」 「……凛」 「なんでだよ……なんで……」  唇を噛み締める。  父親がコーヒーカップをソーサーに置いた。かちゃりと音が響く。 「……父さんに聞きたかったのは、貴良の体調のこと」  凛は低く呻いた。 「薬を飲んでる貴良が、特定のオメガにだけ、体調を崩されるって……ありえる? しかも、相手は貴良といる時に予定外のヒートがきた」  悠心から聞いた眉唾ものの話をする。 「血中濃度も問題ない。成分も適正。いつもの時間に薬を飲んでる。……それでも、オメガのヒートに体調を左右されることなんて、あるの」  貴良の服用している薬は、長年凛の父親が貴成と協働して作り上げてきた。  貴良の体質に合わせ、定期的に調整もしている。   「……この間の体調不良か」  父親が合点がいったように頷いた。支倉(はせくら)製薬の会長である父親は、一ヶ月前の貴良の体調不良の時にも、検査結果を聞き及んでいる。 「検査結果は問題なかった。……考えられるとするならば」  父親は椅子の背もたれに深く体を預けた。 「……にわかには信じがたいが、運命の番だろうな」  その瞬間、身体中から力が抜けた。 「……えぇ」  気の抜けた息が、喉から滑り出る。  指先が痺れる。  何度もまばたきをした。 『あんたが貴良と結ばれるなんてこと、万に一つもないよ。運命の番でもない限り』  かつて悠心に投げつけた言葉が脳裏によぎる。  ふら、と立ちくらみを起こして、凛は額を押さえながら「はは……」と乾いた笑いを漏らした。  不自然に喉がひくひくと鳴る。 「……そっかぁ」  ぽつりと呟いて、静かに上を向く。 「……なんだ」  潰れてからからに乾いた声が喉奥から漏れる。  凛はしばらく、一歩もそこから動くことができなかった。    その白い首には、頑丈な首輪が嵌っていた。    

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