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第22話 デート!
「たーかーらっ」
後ろから勢いよく抱きついた悠心は、背後から手で目隠しをした。
「だーれだ?」
「……悠心」
「あたりー!」
へへ、と笑いながら手を離すと、相変わらず仏頂面をした貴良が振り返った。
よく見れば、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「かっこいぃ……」
——待った?
そう言いたかったのに、思わず言いたいことと本音が逆になって出てしまった。
相変わらずシンプルな装いだが、それが逆に良い。素材の良さがわかる。
「お前もかっこいいぞ」
「えっ……」
見惚れていると、不意打ちに心臓が飛び上がった。そんなことを言われるとは思っていなくて、つい前髪を手で整える。
「う、うれしい……」
ぽつりとこぼすと、なんともいえない甘ったるい空気に満ちる。
その貴重な空気を思いっきり堪能していると、貴良に手を取られた。
「どこ行く?」
(て、手ぇ!!)
繋がれた手を凝視する。まさか手を繋がれるなんて思わなかった。
途端に手汗が気になり始めて落ち着かなくなる。
(待って俺めっちゃ汗かいてね? やべえ一回ズボンで拭きたい。てか制汗剤持って来たっけ?)
ぐるぐると考えながら、少し先を歩く貴良の広い背中を見つめる。
駅の改札口ですれ違う人たちは、コートやマフラーを身につけている。
けれど、悠心は防寒具なんて脱ぎ捨てたい気分だった。
人混みを抜けて駅から出た後、悠心はおずおずと貴良を見上げた。
「貴良」
「ん?」
「今日さ、本屋……行きたい」
そう言うと、切れ長の目が見開かれる。
「本屋?」
「うん」
悠心は頬を赤くしたまま、こくりと頷いた。
「前のやつ……もう全部終わったから」
「前のやつって……あの問題集か?」
「うん」
驚いたような顔をしていた貴良にまじまじと見つめられて、悠心は照れくさくてピンク頭をかいた。
「あれから、自分で進めていたのか?」
「うん。なんか習慣になってて。毎日ちょっとずつやってた」
なんでもないことのように答えると、貴良はしばらく黙って悠心を見つめた。
「だから、新しいの欲しくて。また、選んでくれよ」
そう言うと、目元を和らげた貴良の手が伸びて来る。
ぽんと、頭に置かれた。
「……がんばったな、悠心」
「……へへ」
晩秋の街は空気が冷たい。それでも、繋いだ手は温かくて、悠心は口元がにやけた。
本屋で新しい問題集——めでたく中学生向けにステップアップした——を選んでもらった後、悠心たちは同じ建物内のカフェへ入った。
貴良にいつも勉強を教えてもらっていたカフェだった。
一ヶ月くらいしか経っていないはずなのに、妙に懐かしく感じて、悠心は微笑した。
「悠心、何にする」
「ん? あ、ルビーショコラ」
席に着いたあと、貴良が訊ねてきた。答えると、荷物を置いた貴良が席を立つ。
「貴良?」
「注文してくる」
「え、良いの?」
席取りはもう終わっている。悠心は手ぶら状態だ。
「良い。座ってろ」
「……は、はい」
敬語で返事をして、悠心はそわそわと胸が浮き立った。
黒条高校で想いを確かめ合ってから、二週間。
毎日チャットをして、時間が合えば電話もした。それでも貴良が忙しく、こうしてまともに顔を合わせるのはあの日以来だった。
(やべえ。俺、今ちゃんと貴良とデートしてんじゃん……)
改めてそう思うと、また口元が緩む。
飲み物を取ってきた貴良が戻ってきて、「ありがと」と礼を言う。
落ち着かない気持ちでルビーショコラを飲んでいると、貴良がふと真顔になった。
「……そういえば、あいつはどうなったんだ」
「あ、那智?」
悠心は唇を尖らせた。
「聞いてくれよ。あいつ、昨日ひょっこり戻ってきてさ。むかつくから、カラオケおごらせた」
「……そうか」
那智はあの日以来、突然学校に来なくなった。メッセージも電話もすべて無視。こんなことは初めてで、さすがに心配した。
あれだけ泣きついて話を聞いてもらっておいて、あっさり貴良のもとへ行ったことに腹を立てたのだろうか。
でも、そんな男だっただろうか。
那智のことならなんでも知っているつもりだった。けれど、もしかすると、自分の知らない那智もいるのかもしれない。
電話でそんな話をしていたから、貴良も気にしていたらしい。
「中学からの付き合いなんだって?」
「うん。中一の冬にあいつが転校してきて、そっから」
「……どこから転校してきたんだ」
「え? ……えーっと……」
考えてみて、はたと気がついた。
「知らねえ」
口に出してから、妙な感じがした。
中学からずっと一緒にいるのに、そんなことすら聞いたことがなかった。
「転校してきた理由は?」
「……知らねえ」
(あれ? 俺、なんも知らなくね?)
那智は那智だった。だから、その背景なんて気にしたことがなかった。
そもそも本人が言わなかったし、もしかしたら言いたくなかったのかもしれない。
「お前とあいつは……本当に親友だけなのか?」
貴良を見ると、その顔は少し不機嫌そうだった。悠心はハッとして貴良を覗き込む。
「え? も、もしかして、妬いてる……?」
「……」
貴良は少し黙って考えた後、ため息と共に頷いた。
「……そうだな。妬いている」
「かっ……!!」
——可愛い……!
盛大ににやけながらルビーショコラを一口飲む。
悠心は机に置かれた貴良の指に、自分の指をちょこんと触れ合わせた。
「那智とはもう、そういうんじゃねえから。安心して」
「…………もう?」
貴良の声がぐんと低くなる。理知的な目が、一気に剣呑な光を帯びて、悠心は慌てて手を振った。
「あ、違う違う! 今のなし! もうなんて言ってないよ?! はは、あはは」
「……」
明後日の方向を向きながら口笛を吹く。まさか自分がこんなこてこてな誤魔化し方をするなんて思わなかった。
そして、ハッとした。
「あ、て、てか! 婚約者! 婚約者、どうなん?」
「……なんだ」
「いや、あの、本当に大丈夫だったんかなって」
貴良はさらりと言った。
「問題ない。もろもろの後処理ももう済んだ」
「え、そうなの」
「ああ」
もしかしたら、最近まで忙しくしていたのはそのせいだったのかもしれない。
「……婚約者は、納得してくれたんかよ」
ルビーショコラに目を落とす。貴良は静かに頷いた。
「向こうも乗り気じゃなかったから、話が早かった」
「そうなん?」
それを聞いて、少し強張っていた体から力が抜ける。
「家は、大丈夫なのか?」
続いて疑問に思った。貴良の実家の大豪邸を思い出す。
貴良の実家である桜井家は、巨大財閥の頂点に立つ雲の上の存在だ。そんな彼が悠心を選ぶことを、家の人は許したのだろうか。
そんな殊勝な考えが柄にもなく浮かぶ。
「安心しろ。そっちも問題はない」
「……そか」
じわじわと口元が緩んでいく。
「……良かった」
ほっとして呟くと、しばらく悠心を見つめていた貴良が、不意に指を絡めてきた。
「……っ」
思わずぴくりと反応する。
指、指! と心の中で悲鳴をあげていると、貴良に「悠心」と名前を呼ばれる。
「可愛い」
ボンッと頭が爆発しそうになった。
いや、脳内では爆発した。一瞬、思考が昇天する。
「ひゃあ……」
それから、変な声が漏れて、悠心は脱力した。
怖い。素直になった貴良が強すぎて、もはや怖い。
その時、ふと思い出した。
そういえば部屋に行ったあの日も、やけに距離が近かった。
もしかしたら、貴良の本質は実はこっちなのかもしれない。
(え、何それ、死ぬって)
この先ずっとこんなのを食らうのか。心臓がいくつあっても足りない。
悠心は口をぽかんと開いたまま、小さく震えた。
貴良は悠心が子犬のように震えている姿を見つめながら、貴成との会話を思い出していた。
『——そこまでして、その黒条のオメガを選ぶのか』
絵梨花の意向を確認した後、家に戻れば、帰ってきていた貴成に呼び出された。
『加藤。お前も承知のことなんだな』
ソファに腰掛けた貴成の顔は厳しく、貴良の背後に控えていた加藤を眼光鋭く見つめる。
『ええ』
加藤はシワ一つ崩さず、穏やかな顔のまま頷く。貴成が大きくため息を吐いた。
『絵梨花さんとも合意が取れました』
『当人たちだけでどうにかなることじゃない』
『承知しています。ですから、代替案をまとめました』
貴良は加藤から資料を受け取り、貴成に手渡す。貴成は険しい表情で資料に目を走らせる。やがて、その目に驚愕が滲んだ。
『貴良……お前』
貴成が信じられないように貴良を見上げた時、『失礼します』と従者が入室してきて、貴成に何か告げた。
その瞬間、貴成の目が大きく見開かれる。
『……椎堂家から、婚約解消への前向きな検討があった。まだ精査の余地はあるが、おおむねお前の提案に同意すると。……そこまでして、なぜ』
呆然とする貴成を、貴良はじっと見つめ下ろした。
『俺がそうすると決めたからです』
貴成は黙った。
『必要だと、判断したのか』
『必要かは問題ではありません。俺が欲しいと思ったからです』
はっきりと言い切れば、貴成はしばらく貴良を見つめて、ふと気が抜けたように息を吐いた。
『……椎堂は現実的な男だが、一人娘にはめっぽう甘い。絵梨花さん本人の意向まで押さえたか』
資料に目を落として、小さく苦笑する。
『……俺の子だな』
貴良を見上げてぽつりと呟く。その目はどこか険が取れて和らいでいる。
『……さて、それじゃあ、契約内容を詰めるか』
すっと表情を戻した貴成は、控えている従者を呼びつけた。立ち上がった貴成に、従者が上着を着せる。
一切のシワのない上着を着こなした貴成は、ちらりと一度貴良を見る。それから、控えていた加藤の肩に手を置いた。
『これからもよろしく頼むぞ、加藤』
『はい、旦那様』
加藤が恭しく礼をすると、貴成は薄い笑みを浮かべて出て行った。
それから、つい数日前にとうとう契約が固まった。
悠心が気に病む要因を消し去ることができた後、貴良は悠心に二人で会うことを提案したのだった。
すっかり赤くなってしまった悠心を見つめていると、「あ、あのさ……」と控えめに悠心が貴良をうかがってくる。
視界に人工的なピンク色が差し込んでくる。
握り合った手に悠心の力がぎゅっと籠る。
「こ、恋人に、なったじゃん?」
「ああ。そうだな」
悠心はそこで少し視線を迷わせると、ごくりと喉を鳴らして、そうっと貴良を見上げてきた。
「……貴良のフェロモン、嗅いでみたいなぁ……なんて」
その言葉に、貴良は思わず悠心を見つめ返した。
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