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第24話 隣に立つ
◆
それから数日後、貴良は放課後に凛に呼び出された。
「どうした」
応接室で凛と二人になると、凛は無言でクリアファイルから資料を取り出した。
「はい」
「……なんだ、これは」
見てみると、検査結果のようだった。
凛から検査結果を渡されることは特別珍しいことではない。
ただ、これはいつもの資料ではないようだ。
「……本当は、渡したくなかったんだけど」
ぼそりと凛がつぶやく。その姿は少しだけやつれたようにも見えた。
ざっと目を通す。
数値と項目を追っていた視線が、ある一行で止まった。
「はは。……おめでと、貴良」
凛が掠れた声を漏らす。貴良は検査結果を凝視しながら、資料を掴んだ手がかすかに震えた。
資料の末尾には、貴良の名前と、悠心の名前がある。
そして、そこにはほとんど百パーセントを示す数値。
「何度も検査し直した。……間違いだと、思ったから。普通じゃ、ありえない。どんなに相性が良くても、せいぜい八十程度。うちの父さんも、驚いてたよ」
凛は力なく笑った。
「貴成さんにも、結果は送ってある」
「……そうか」
貴成にも結果が渡った。ならば、桜井家も動く。貴良は気がつけば口元がふっと緩んでいた。
「……貴良」
凛に呼ばれて資料から顔を上げると、そこには疲れたような顔があった。
「やっぱり、運命の番ってわかってたから……あいつを選んだの?」
凛の声が少し震えている。貴良は首を振った。
「いや。わからなかった。だけど、気になって……あいつを知るうちに、好きになった」
最初はあのビビッドピンクの髪が印象的だった。視界に鮮やかに飛び込んできた色彩に目を奪われた。
それから、まっすぐすぎる悠心の思いと行動には驚かされた。人生で初めて、あれほどまっすぐに好意を伝えられた。
貴良の前では印象が良く見えるように口調を少し変えたり、勉強を頑張ったり、酒やタバコは隠したり。そういう、いじらしいところも好きになった。
「ただ、この結果は、俺と悠心が一緒になるための最も合理的で強力な材料になる。それは、単純に嬉しい」
「じゃあ……もしもあいつが、運命じゃなかったとしても——」
「必ず手に入れる。どれだけ時間がかかっても」
凛は絶句した。呆然と立ち尽くしている凛に、貴良は「資料、ありがとう」と告げて、話が済んだならば退室しようとする。
「貴良は……」
ドアに手をかけようとした時、背後から呟き声が聞こえて、足を止める。
「貴良は……あいつが、オメガとか、どうでも良かったの」
そう小さく言う凛は、どこか顔から表情が削ぎ落とされている。
「ああ」
頷くと、その一瞬、凛が息を飲んだ。そっとうつむき、拳を握る。
じっとその様子を見ていると、やがて凛が顔を上げた。その顔はどこか諦めのようなものが滲んでいる。
「僕さ。ずっと、堂々と貴良の隣に立てるようになりたかった」
噛み締めるように言った凛は、やがて薄く口角を上げた。
「貴良。……僕の、一番の憧れだったよ」
貴良は凛に向き直った。初等部の時から貴良のそばにいてくれた、幼馴染を見つめる。
「凛。お前が俺の隣にいてくれて、助かっていた」
そう言うと、凛は泣きそうな顔をして、少しだけ笑った。
「また今度、チェスに付き合ってくれ」
「……今度は、久しぶりにバドミントンしたい」
凛の言葉に、貴良は薄く笑った。
◆
「……ちょっと待って、何すかこれ」
悠心のひきつった声が、夕暮れの街にぽつりと落ちた。眼前には重厚感のある巨大な建物。
「桜井家所有のホテルでございます」
車から先に降りて悠心を待っていた加藤が、にこやかに告げる。
「いや、あの、そうじゃなくて。なんでここに……?」
週末。今日は貴良とデートのはずだった。「大切な話がある」と言われていたから、なんだろうと思っていたのだが——突然、自宅の前に黒塗りの外車が停まった。
「貴良様から矢沢様を案内するように仰せつかいました。加藤と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って慇懃に礼をする男は、この間悠心が貴良の家を訪ねた時に出迎えた黒スーツの人だった。そして、あれよあれよと言うまに、車に乗せられてここまでやってきたのだ。
「え、ホテル? 何? 泊まんの?」
「いいえ」
「じゃあ何しに来たんすか」
「お支度を」
悠心は首を傾げた。
「……支度?」
加藤の口髭がわずかに持ち上がった。
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