25 / 49

第25話 お披露目

「お、おおお……! これが、俺……!?」  全身鏡を見た悠心は、目を見開いた。  鏡に映るのは、見慣れたピンク色の髪と、耳元に光るいくつものピアス。それなのに、いつもの自分とはまるで違って見えた。  黒を基調とした細身のスーツは、肩から腰にかけて悠心の体にぴたりと沿っている。襟元は窮屈すぎない程度に開かれ、そこには普段使っているものより控えめな銀色のアクセサリー。髪は額が見えるように前髪を上げ、軽く整えられている。それでも、堅すぎない。  派手なのに、下品じゃない。  きちんとしているのに、悠心らしさは消えていない。 「……俺、めっちゃかっこよくね?」 「ええ。大変よくお似合いでございます」  背後に控えていた加藤が、当然のように頷いた。 「なんかもっと地味にされんのかと思ってた」 「なぜでございましょう」 「いや、こういう場って……もっとちゃんとした感じにしねえとダメなのかなって」  悠心は自分の耳に触れる。ピアスもほとんどそのままだ。 「外さなくて良かったんすか」 「必要ございません」  加藤は穏やかに答えた。  悠心はもう一度鏡を見る。  ピンクの髪。ピアス。いつもの自分。  ただ、それが少しだけ知らない形に整えられている。 「……そっすか」  なんとなくくすぐったくなって、悠心は前髪をいじった。 「え……何これ」  ドレスアップを終えてホテルから出た悠心は、そのまま再び車に乗せられた。  そして降りてみると、そこは桟橋の前だった。  目の前には、夜の海に浮かぶ大きなクルーザー。 白い船体には暖かな灯りが点々と灯っていて、どう見ても自分が乗るようなものには見えない。 「……加藤さん」 「はい」 「もしかして、アレ?」 「はい」 「……帰っていいすか」 「いけません」  悠心は唖然としながら目の前の船体を見つめた。 「なんすか、これ」 「桜井家所有の船でございます」 「また!?」  悲鳴を上げた時。 「悠心」  背後から聞き慣れた声がした。  振り向いて、悠心はびしりと固まった。 「はわ……!」  そこに立っていた貴良は、いつもの白い制服姿とはまるで違っていた。  黒を基調としたスーツに身を包み、髪も普段より少しだけ整えられている。もともと整った顔立ちが、いつも以上に際立って見えた。 (……待って。かっこよすぎん?)  さっきまで船に驚いていたはずなのに、もうどうでもよくなった。  貴良が、じっと悠心の姿を見る。  変だと思われないかと少しだけ緊張していると、貴良が表情を変えないままぼそりと呟いた。 「……良いな」 「え!? ほ、ほんと!?」  船のライトアップが貴良の顔を照らす。まばたきもせずに悠心を見つめる貴良は、よく見てみれば目元がほんのりと赤い気もする。 「え、俺の貴良、かわかっこい……」  うっかり本音をぽろりとこぼすと、貴良の手が伸びてくる。  指先が、整えられた前髪の脇をそっとなぞった。 「……似合ってる」  その瞬間、悠心は体の力が抜けてへなへなと貴良に倒れ込んだ。 「も、もう無理。キャパい……」 「キャパい?」  説明する余裕もなかったが、悠心は貴良の胸に顔を預けて、ふと鼻をすんと鳴らした。 「また匂いなくなってる」 「薬の成分を戻したんだ」 「えー」 「今日は人が多いからな」 「……人が多い?」  疑問に思った瞬間、加藤が控えめに声をかけてきた。 「貴良様、悠心様。そろそろ」 「ああ」  頷いた貴良に、手を差し出される。大きなその手にときめきながら手を重ねると、すっと腰に手を当てられる。 「行くぞ」 「えっ、ええ?」  悠心は目を瞬いた。    船内へ足を踏み入れた瞬間、悠心はまた言葉を失った。 「……船って、こんなんなの?」  ホテルのラウンジみたいな空間。大きな窓の向こうには夜の海が広がり、グラスを手に談笑する人々がいる。 (人って……マジでいるじゃん)  驚愕しながら船内を見回していると、ふと見覚えのある顔を見つけた。 「……え、凛?」  少し離れたところでグラスを手にしていた凛が、こちらを向いた。 「遅い」  相変わらず澄まし顔で、悠心を見つけると形の良い眉をぴくりと動かす。   「なんでお前がいんだよ!?」 「は? いちゃ悪い? 正式に招待されてるから」  不快そうに顔をしかめた凛は、値踏みするように悠心を上から下まで眺める。 「……馬子にも衣装」 「は? 孫じゃねえし」 「……はあ。貴良、やっぱりやめとけば?」  呆れたようにため息を吐く凛は、以前とは違い、どこか力が抜けているようだった。  悠心を見る目も、不快感はあれど嫌悪感はなさそうで、悠心は少し驚く。  貴良と一緒にいることを、もっと詰められるかと思っていたのに。 「貴良さん」  その時、後ろから鈴のような綺麗な声がした。振り返ると、そこには清楚で小柄な少女が立っている。上品なワンピースを見事に着こなす姿はいかにもお嬢様といった雰囲気だ。 「絵梨花さん」  (……絵梨花さん、だぁ?)  下の名前で呼び合う姿に、途端に警戒スイッチが入って悠心は思わず目に力が入る。 「初めまして。矢沢様」  悠心と目があった少女は静かにお辞儀をする。所作の一つ一つが嘘のように美しい。長い黒髪がさらりと揺れる姿は可憐だ。 「わたくし、椎堂絵梨花と申します」 「……どうも。矢沢悠心っす」  悠心は貴良のすぐ隣に立ちながら、ちらりと二人を見比べた。 「貴良の婚約者だったお方だよ」  その時、凛がこそっと悠心に小声で囁いてきた。その顔は少し意地悪そうに口角が上がっている。  (やっぱり……!)  途端に目が吊り上がった悠心に、絵梨花は微笑んだ。 「元、ですわ。ご安心ください。もう解消いたしましたから」  笑う顔をじっと見つめるが、そこには未練らしきものは感じられない。  ——なら、良し。  そう判断して、悠心は力を抜いた。 「わり……じゃなくて。すいません」 「良いんです。それに……助かりました」 「え?」 「ふふ。なんでもありませんわ」  そう言って口元に手を当てる絵梨花は、悠心をじっと見つめた。 「それに、矢沢様には一度お会いしてみたかったので、嬉しいですわ」 「はい……?」  (やっぱり、ヤキ入れか……?)  真意を探るが、敵意は見つからない。首を傾げていると、絵梨花と悠心の間に貴良が割り込んだ。 「絵梨花さん」 「まあ。うふふ」  わずかに眉をひそめた貴良と、そんな貴良を見て楽しそうに目を細める絵梨花。 「では、またのちほど」  満足したような顔で去っていく絵梨花を、悠心は訳もわからず見つめた。 「何だったんだ……?」 「気にするな」  それから、貴良と悠心の元にはさまざまな人々が挨拶にやってきた。誰も彼もいかにも上流階級といった様子で、悠心は正直気後れしてしまったが、貴良のフォローもあって、なんとかその場を切り抜けることができた。  (え、もしかして、俺、みんなに紹介されてる……?)  薄々感じてはいたが、これはいわゆる〝お披露目〟というやつではないか。  悠心の知っている〝お披露目〟はせいぜい友人たちとの集まりにパートナーを連れて行くくらいだが、これは次元が違いすぎる。  珍しく背筋を伸ばして、一生懸命慣れない敬語を使う悠心を、貴良が温かな目で見つめていた。 「桜井様。お久しぶりでございます」  そんな中、中年の男女が挨拶にやって来た。 「香山(かやま)さん」 「矢沢悠心様も、初めまして」  女性の方が悠心を見て微笑む。  悠心はふと違和感を覚えて首を傾げる。 「初めまして。……どこかで会ったこと、ありましたっけ?」    

ともだちにシェアしよう!