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第25話 お披露目
「お、おおお……! これが、俺……!?」
全身鏡を見た悠心は、目を見開いた。
鏡に映るのは、見慣れたピンク色の髪と、耳元に光るいくつものピアス。それなのに、いつもの自分とはまるで違って見えた。
黒を基調とした細身のスーツは、肩から腰にかけて悠心の体にぴたりと沿っている。襟元は窮屈すぎない程度に開かれ、そこには普段使っているものより控えめな銀色のアクセサリー。髪は額が見えるように前髪を上げ、軽く整えられている。それでも、堅すぎない。
派手なのに、下品じゃない。
きちんとしているのに、悠心らしさは消えていない。
「……俺、めっちゃかっこよくね?」
「ええ。大変よくお似合いでございます」
背後に控えていた加藤が、当然のように頷いた。
「なんかもっと地味にされんのかと思ってた」
「なぜでございましょう」
「いや、こういう場って……もっとちゃんとした感じにしねえとダメなのかなって」
悠心は自分の耳に触れる。ピアスもほとんどそのままだ。
「外さなくて良かったんすか」
「必要ございません」
加藤は穏やかに答えた。
悠心はもう一度鏡を見る。
ピンクの髪。ピアス。いつもの自分。
ただ、それが少しだけ知らない形に整えられている。
「……そっすか」
なんとなくくすぐったくなって、悠心は前髪をいじった。
「え……何これ」
ドレスアップを終えてホテルから出た悠心は、そのまま再び車に乗せられた。
そして降りてみると、そこは桟橋の前だった。
目の前には、夜の海に浮かぶ大きなクルーザー。
白い船体には暖かな灯りが点々と灯っていて、どう見ても自分が乗るようなものには見えない。
「……加藤さん」
「はい」
「もしかして、アレ?」
「はい」
「……帰っていいすか」
「いけません」
悠心は唖然としながら目の前の船体を見つめた。
「なんすか、これ」
「桜井家所有の船でございます」
「また!?」
悲鳴を上げた時。
「悠心」
背後から聞き慣れた声がした。
振り向いて、悠心はびしりと固まった。
「はわ……!」
そこに立っていた貴良は、いつもの白い制服姿とはまるで違っていた。
黒を基調としたスーツに身を包み、髪も普段より少しだけ整えられている。もともと整った顔立ちが、いつも以上に際立って見えた。
(……待って。かっこよすぎん?)
さっきまで船に驚いていたはずなのに、もうどうでもよくなった。
貴良が、じっと悠心の姿を見る。
変だと思われないかと少しだけ緊張していると、貴良が表情を変えないままぼそりと呟いた。
「……良いな」
「え!? ほ、ほんと!?」
船のライトアップが貴良の顔を照らす。まばたきもせずに悠心を見つめる貴良は、よく見てみれば目元がほんのりと赤い気もする。
「え、俺の貴良、かわかっこい……」
うっかり本音をぽろりとこぼすと、貴良の手が伸びてくる。
指先が、整えられた前髪の脇をそっとなぞった。
「……似合ってる」
その瞬間、悠心は体の力が抜けてへなへなと貴良に倒れ込んだ。
「も、もう無理。キャパい……」
「キャパい?」
説明する余裕もなかったが、悠心は貴良の胸に顔を預けて、ふと鼻をすんと鳴らした。
「また匂いなくなってる」
「薬の成分を戻したんだ」
「えー」
「今日は人が多いからな」
「……人が多い?」
疑問に思った瞬間、加藤が控えめに声をかけてきた。
「貴良様、悠心様。そろそろ」
「ああ」
頷いた貴良に、手を差し出される。大きなその手にときめきながら手を重ねると、すっと腰に手を当てられる。
「行くぞ」
「えっ、ええ?」
悠心は目を瞬いた。
船内へ足を踏み入れた瞬間、悠心はまた言葉を失った。
「……船って、こんなんなの?」
ホテルのラウンジみたいな空間。大きな窓の向こうには夜の海が広がり、グラスを手に談笑する人々がいる。
(人って……マジでいるじゃん)
驚愕しながら船内を見回していると、ふと見覚えのある顔を見つけた。
「……え、凛?」
少し離れたところでグラスを手にしていた凛が、こちらを向いた。
「遅い」
相変わらず澄まし顔で、悠心を見つけると形の良い眉をぴくりと動かす。
「なんでお前がいんだよ!?」
「は? いちゃ悪い? 正式に招待されてるから」
不快そうに顔をしかめた凛は、値踏みするように悠心を上から下まで眺める。
「……馬子にも衣装」
「は? 孫じゃねえし」
「……はあ。貴良、やっぱりやめとけば?」
呆れたようにため息を吐く凛は、以前とは違い、どこか力が抜けているようだった。
悠心を見る目も、不快感はあれど嫌悪感はなさそうで、悠心は少し驚く。
貴良と一緒にいることを、もっと詰められるかと思っていたのに。
「貴良さん」
その時、後ろから鈴のような綺麗な声がした。振り返ると、そこには清楚で小柄な少女が立っている。上品なワンピースを見事に着こなす姿はいかにもお嬢様といった雰囲気だ。
「絵梨花さん」
(……絵梨花さん、だぁ?)
下の名前で呼び合う姿に、途端に警戒スイッチが入って悠心は思わず目に力が入る。
「初めまして。矢沢様」
悠心と目があった少女は静かにお辞儀をする。所作の一つ一つが嘘のように美しい。長い黒髪がさらりと揺れる姿は可憐だ。
「わたくし、椎堂絵梨花と申します」
「……どうも。矢沢悠心っす」
悠心は貴良のすぐ隣に立ちながら、ちらりと二人を見比べた。
「貴良の婚約者だったお方だよ」
その時、凛がこそっと悠心に小声で囁いてきた。その顔は少し意地悪そうに口角が上がっている。
(やっぱり……!)
途端に目が吊り上がった悠心に、絵梨花は微笑んだ。
「元、ですわ。ご安心ください。もう解消いたしましたから」
笑う顔をじっと見つめるが、そこには未練らしきものは感じられない。
——なら、良し。
そう判断して、悠心は力を抜いた。
「わり……じゃなくて。すいません」
「良いんです。それに……助かりました」
「え?」
「ふふ。なんでもありませんわ」
そう言って口元に手を当てる絵梨花は、悠心をじっと見つめた。
「それに、矢沢様には一度お会いしてみたかったので、嬉しいですわ」
「はい……?」
(やっぱり、ヤキ入れか……?)
真意を探るが、敵意は見つからない。首を傾げていると、絵梨花と悠心の間に貴良が割り込んだ。
「絵梨花さん」
「まあ。うふふ」
わずかに眉をひそめた貴良と、そんな貴良を見て楽しそうに目を細める絵梨花。
「では、またのちほど」
満足したような顔で去っていく絵梨花を、悠心は訳もわからず見つめた。
「何だったんだ……?」
「気にするな」
それから、貴良と悠心の元にはさまざまな人々が挨拶にやってきた。誰も彼もいかにも上流階級といった様子で、悠心は正直気後れしてしまったが、貴良のフォローもあって、なんとかその場を切り抜けることができた。
(え、もしかして、俺、みんなに紹介されてる……?)
薄々感じてはいたが、これはいわゆる〝お披露目〟というやつではないか。
悠心の知っている〝お披露目〟はせいぜい友人たちとの集まりにパートナーを連れて行くくらいだが、これは次元が違いすぎる。
珍しく背筋を伸ばして、一生懸命慣れない敬語を使う悠心を、貴良が温かな目で見つめていた。
「桜井様。お久しぶりでございます」
そんな中、中年の男女が挨拶にやって来た。
「香山 さん」
「矢沢悠心様も、初めまして」
女性の方が悠心を見て微笑む。
悠心はふと違和感を覚えて首を傾げる。
「初めまして。……どこかで会ったこと、ありましたっけ?」
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