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第27話 よろしく

「君が矢沢悠心くんだね」  声をかけてきた男を見て、悠心は一瞬で背筋を伸ばした。 「は、はい」  貴良によく似た、整った顔立ち。けれど、貴良のような清廉さはなく、もっとどっしりとした泰然さと鋭さがある。  そこに立っているだけで、周囲の空気まで自分のものにしてしまうような圧があった。 (……こえぇ) 「息子から話は聞いている」  口元は笑っている。  なのに、まったく気が抜けない。  この人が、桜井貴成(たかなり)。  貴良の父親であり、桜井家の現当主。 「や、矢沢悠心です。よろしくお願いします」  自然と腰が折れて、深い礼をする。  顔を上げると、貴成はじっと悠心を見つめていた。  じとりと手に汗を握る。  悠心は直感には自信がある。  だから、わかる。    ——貴成(この男)には、逆らってはいけない。  ふと、貴成が悠心の足元を見た。貴成に会う前に、なぜか新しい靴を加藤から履き替えさせられた。  綺麗な悠心の靴を見て、貴成が目を細める。 「父さん。この人が俺の将来の伴侶です」  貴良が悠心の腰にそっと手を置いた。その目はまっすぐに父親に向いている。  悠心はごくりと唾を飲んだ。  貴成の次の言葉に全神経を向ける。  貴成は——笑った。 「知っている」  ——あ、あれ? 意外と、好印象……? 「これ以上ない相手だ。大切にしなさい」  貴成は貴良の肩に手を置く。    悠心は言いようのない違和感を覚えた。  自分を卑下するわけではない。ただ、貴成から「これ以上ない」と絶賛される理由など、心当たりがない。  腑に落ちないでいると、そんな悠心の顔を見て貴成が怪訝そうに眉を持ち上げた。 「……もしかして、知らないのか」 「ええ」 「そうか」  しばらく考え込んだ後、貴成は悠心に改めて向き直った。その目はさっきまでとは違い、興味深そうな色が浮かんでいる。 「——君は、貴良のどんなところを好きになってくれたんだ?」  突然の質問に、悠心は目を丸くした。まさか隙一つないこの男から、そんな俗っぽい質問が飛んでくるとは思わなかった。  悠心は少し考えて、口を開いた。 「最初は……一目惚れで」 「一目惚れ?」 「はい。めちゃくちゃかっこいいなって」 「……ほう」  貴成は真意を測りかねるように顎に手を置く。 「すげえ真面目で堅物そうなのに、全然タイプもちげえのに……なんか気になって。なんか押し殺してるみたいな……上手く言えないけど、とにかく気になって」  恐る恐る、けれど話し始めるうちに、だんだんと滑るように言葉が出てくる。    悠心は貴良と出会った時のことを思い出す。 「話してみたら優しいし、俺が勉強できなくてもバカにしないで真面目に教えてくれたり……」  思わず、ふっと口元が緩む。  隣にいる貴良が、穏やかに悠心を見て微笑んだ。 「ゲーセン行ったことないってのもびっくりだし、なのにマリカーじゃすげえ負けず嫌いだし、プリも直立不動だし」  ぽつぽつと話すうちに、思い出があふれてきて、悠心は止まらなくなった。 「無表情に見えてたまにめちゃくちゃわかりやすいし。なんか距離感バグってる時あるし。……好きかわからないって言われた時は、もうマジでダメだって思ったけど……いきなり黒条来て熱い告白されて」 「……悠心」 「あ、ごめん」  少しきまり悪そうに貴良に嗜められて、ハッと口を閉じる。  貴成は黙って聞いている。その顔はやはり真意がわからない。 「……まあ、あの、とにかく、そんな感じのところが好きです。いや、好きって言うか……うん、好きです」  全然まとまらない。何が、うん、好きです、だ。  (やべえ、俺やらかしてる……!)  言い終わって、悠心は顔が熱いやら冷や汗をかくやで大変な気持ちになった。 「……そうか」  ぽつりと呟いた貴成に、小さく震える。  まっすぐ顔が見られない。 「……悠心くん」 「は、はい」  声をかけられて、ようやく顔を上げる。  何を言われるのかとびくびくしていると、貴成はかすかに笑っていた。  そうすると、貴良によく似ていた。 「ありがとう。よくわかったよ」 「……は、はい」  なんだかよくわからないが、とりあえず致命的ではなかったらしい。悠心は頷いた。 「これから、慣れないことも数多くあるだろう。不便があれば遠慮なく貴良や加藤に言いつけると良い」  そして、貴成はちらりと悠心の足元を見て、それから背後に控えていた加藤に声をかけた。 「加藤。悠心くんの足の型取りをしておくように。……靴擦れがあってはいけない」  加藤が笑顔で「承知しました」と頷く。その顔はなんだか嬉しそうで、悠心は小さく首を傾げた。 「それじゃあ、来て早々で悪いが私はこれで。会えて良かった」 「えっ。……今から、帰るんすか?」  差し出された手を握りながら目を丸くすると、貴成は頷く。 「申し訳ないが、仕事でね」 「でも……」  ちらりと窓の外を見る。そこには広大な海が広がっている。  どうやって帰るのだろう。そういえば、今まで疑問に思わなかったが、そもそもここにはどうやって来たのか。 「ヘリでお戻りになります」  加藤の言葉に、ぎょっとした。 「へ、ヘリ!?」 「桜井家の所有しているヘリでございます」 「また!?」  震えていると、そんな悠心を見て貴成がふっと笑う。 「それじゃあ。……貴良、今度は悠心くんも連れて、うちで食事会でもしなさい。母さんも会いたがっている」 「はい」  (は、はいじゃねえー……!)  あっさりと決まった大イベントに、悠心は卒倒しそうになる。 「悠心くん。くれぐれも体には気をつけて。最近は寒いからね。よく温めなさい。……大切な体だ。何かあってはいけない」    振り返った貴成が、思いついたように言った言葉に、「は、はい…」と頷きながらも、悠心は内心で疑問を抱いた。  心配してくれるのは嬉しいが、思いやりと言うよりは、どこか違うもののようにも感じられた。  今度こそ貴成が去っていったのを見届けて、貴良が小さく笑った。 「父さんがあんなに穏やかだったのは、久しぶりだ」 「あ、そうなんだ。……あれで?」  とんでもない王者の圧に気押されていた悠心はぎょっとする。 「てか俺、認めてもらえた……?」 「そうだな」 「意外とあっさり……」  認めてもらいたかったのはもちろんそうだ。だけど、もっとなんかこう……身分が、とか、そういう話になるかと思っていた。 「いや……あっさりというか……。俺たちには、これ以上ない後押しがあるからな」  そう言って、貴良は悠心の手を取った。 「悠心。話したいことがある」 「う、うん?」  貴良の優しい眼差しに、悠心はぱちぱちと目を瞬かせた。  ——やがて告げられた衝撃的な真実に、悠心の悲鳴が船内に響くまで、あと数秒。  

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