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第28話 文化祭

「ふわぁ……」  気の抜けたあくびが、高校の校門前で響いた。 「おい! あくびなんてしてんじゃねえ! もっとびしっとしろ! びしっと!」  隣で大きなあくびをかいた那智を、悠心は怒鳴りつける。 「てかよぉ……悠ちゃん。なんで俺たち、変装なんてしてんだ?」  宏樹が困惑した声を出す。悠心はきょろきょろと辺りを見回しながら、しーっと口に人差し指を立てた。 「大声で言うんじゃねえ、馬鹿野郎。ここはセキュリティ厳しいんだよ」 「んじゃ無理だべ……」  宏樹がげんなりとする。  悠心はごわごわの黒いカツラを直して、眼鏡を押し上げた。  白蘭高校の文化祭は制限が厳しい。卒業生や家族、提携している私立学校の生徒でないと入場できない。  ——『マジでぇーーーー!?』  夜の海に俺の情けない悲鳴が響き渡り、貴良に呆れたように笑いながら抱きしめられたあの日。  クルーザーで、運命の番だと貴良に衝撃的な事実を告げられてから、一週間が経った。  悠心たちは白蘭高校の文化祭に潜入するため、清潔で立派な校門の前でこそこそと身を潜めていた。 「つか、悠心はあいつから招待券もらってんじゃねえのかよ」 「いや……もらったけど……それだと俺一人しか入れねえんだよ!」 「いや別に良いだろ」  那智がダルそうにポケットに手を突っ込む。 「やだよ。寂しいじゃん」 「あほか」  軽口を叩きながら、改めて悠心は二人の格好を見る。 「……つうか、お前らやる気あんのかよ!」  あれだけ言ったのに、那智は金髪のままだった。宏樹もリーゼント姿は変えていない。かろうじてマスクをして服装だけは地味にしているようだが、肝心なところが全然隠せていない。 「あるわけねえだろ」 「悪いな、悠ちゃん。リーゼントは俺の魂なんだ」 「知らねえよ!」  身を屈めてこそこそと話していると、ぬっと影がかかった。 「君たち、身分証は?」  恐る恐る見上げると、そこには屈強なセキュリティの姿があった。 「あー……はは」  こっそりとどさくさに紛れて入ろうとしていたのに、最悪だ。  仕方ない、貴良からもらった招待券だけでも出して、二人も特別に入れられないか直談判しよう。  そう思ってポケットに手を突っ込んで——びしりと固まった。 「あれ?」 「え、悠ちゃん、まさか」  ポケットを全力で探る。ひっくり返しても——ない。 「帰るか」 「待て待て待て!」  那智がさっさと踵を返そうとするのを止める。宏樹がため息を吐いた。 「しゃーねえなあ」  宏樹はごそごそと自分のポケットから身分証を出す。 「三年に兄がいます」  セキュリティは宏樹の出した身分証をじっと見つめる。  悠心はハッとした。 「そうじゃん! 宏樹、お前、兄貴白蘭じゃん!」  そのままセキュリティが宏樹に兄の氏名の確認をしたりして、どこかに連絡する。間違いなく怪しまれているが、確認を終えたセキュリティが頷いた。 「確認できました。お通りください」  喜びも束の間、今度はセキュリティが那智へ向く。 「そちらの方は」 「あー……」  那智は気だるげに返事をして、一瞬ためらった後、身分証を出した。 「はい」  セキュリティが那智の身分証を見て、一瞬眉を顰める。そして何かを思い出したように、那智を見た。   「……確認できました。お通りください」 「え、なんで!?」  訳がわからず声を上げると、那智があくびをした。 「知らね。なんかいけた」 「いやおかしいだろ! なんでだよ!」 「では、あなたは?」 「えっ……」  セキュリティに声をかけられて、悠心は固まった。 「身分証は」 「……」  黙って身分証を出そうとして——固まった。持っていない。そもそも、さっきポケットをひっくり返した時に何もなかったのだ。ある訳がない。  愕然とすると、セキュリティがすぐに首を振った。 「申し訳ありませんが、お通しすることはできません」 「嘘だろ!」  悲鳴を上げて頭を抱えた。  後で忍び込むしかないか……と覚悟を決めたその時。 「……悠心?」  救いの声が聞こえた。 「たっ……」  声の方を勢いよく振り向くと、そこには貴良がいた。白蘭の制服を着て、生徒会の腕章を付けている。 「貴良ぁ……!」  悠心は涙目で貴良に歩み寄ろうとして……セキュリティに止められた。 「あ、離せ!」  強行突破しようとするが、屈強なセキュリティはびくともしない。  やるしかない——と思ったその時、貴良が間に割って入って来た。 「俺の身内だ」 「……なんと。この方が」  きっぱりと告げた貴良に、セキュリティは慌てて悠心から手を離し、青ざめる。 「み、身内……」  悠心は貴良の言葉に、目にハートマークを浮かべた。 「申し訳ございません。事前にお伺いした話では、髪色がピンクということでしたので。身分証もお持ちでなく……」  セキュリティが深く礼をする。貴良は悠心の姿をじっと見た。 「なぜ、そんな姿をしている」 「え? み、みんなで入りたくて……」 「招待券はどうした」 「……忘れちゃって」 「……」  貴良は静かに額に手を当てた後、悠心に近づいてくる。 「取れ」 「え、でも……」 「良いから」  言われるままに、カツラを外す。適当に被っただけのカツラはすぐに取れる。慌てて髪の毛を手櫛で整えていると、後ろから「貴良ー?」と誰かが駆け寄って来た。 「びっくりした。どうしたの急に走って……って、またお前?」  悠心を一目見るなり顔を歪めた凛に、悠心はむっと眉を寄せた。 「なんだよ、わりいかよ」 「……別に」  ふん、とそっぽを向く凛。相変わらずいけすかないやつだと思っていると、凛がふと俯いた。 「……あのさ」  ぼそりと何かをつぶやく。   「…………前は、ごめん」 「あ?」  ぼそぼそとした声がうまく聞こえなくて聞き返すと、凛がやけになったように顔を上げる。 「……だから、ごめんって言ってるの!」 「何が?」 「……っこの間、オメガだから、とか、いろいろ言ったこと」 「ああ」  そこでようやく合点がいった。悠心と初めて会った時から、凛はオメガ性を差別するような発言をしたりしていた。 「……お前も素直じゃねえよな」 「うっさい」 「まあ、別に良いよ」  凛はおそるおそる悠心を見る。 「良いの?」 「おう。謝られたし。もうそれで良いよ」 「……そっか」  それから、凛は唇を引き結んで、静かに俯いた。 「そうやってしおらしいと、らしくねえな」 「う、うるさい。……てか、なんか増えてるんだけど」  凛は那智と宏樹に目をやる。那智がひらりと手を振って「どうも」と笑った。宏樹は小さく頭を下げる。 「一気に治安悪くなるんだけど」  そう言ってため息を吐いた凛に、那智が「まあまあ」と歩み寄る。 「どうせあいつら一緒にまわるんだろうし、せっかくなら一緒にまわりましょうよ」  あいつら、と悠心と貴良を見る那智。凛は肩に置かれた那智の手を忌々しそうに振り払った。 「まわる訳ないじゃん。てか、その薄っぺらい笑顔気持ち悪い」 「気ぃつよ」  那智たちのやりとりをよそに、悠心は改めて貴良を見つめる。  (生徒会長やってる貴良、かっこいい〜……!)  普段はあまり見られないその姿にきゅんきゅんとしていると、貴良が悠心の髪を撫でた。 「まだ抜けられないが……昼過ぎなら時間が空いてる。また連絡する」 「うん……!」  その後、悠心たちは堂々と白蘭の敷地内に入り、文化祭をまわることができた。お化け屋敷では宏樹を置いて那智と逃げ、イケメンコンテストでは嫌がる那智を無理やり出場させて景品をゲットし、謎解きでは悠心だけが分からず発狂した。  そして、待ちに待った昼過ぎ。悠心はスマホに入った通知を見て、はやる気持ちで二人から離れた。  落書きも何もない、綺麗な廊下を急ぐ。やがて、目当ての人を見つけて、悠心は笑みを浮かべた。  かすかに笑った貴良に手を取られる。そのまま指を絡められて、悠心は繋がれた手を見下ろす。思わず顔が締まりなく緩んだ。  周囲の生徒達から注目を集めているのに、貴良は手を離さなかった。    廊下を歩きながら、悠心は隣を見上げた。 「貴良」 「ん?」 「どこ行きたい?」  貴良は少し考える。 「そうだな……」  その時、射的のブースが目に入る。本格的な作りで、景品もやけに気合が入っている。 「やるか」 「お、負けねえよ?」  悠心は笑いながら腕まくりをする。貴良は「俺も負けない」と楽しそうに微笑んだ。  そして、悠心は数分後、見事に負けた。  スタッフの白蘭の生徒は白熱した戦いに思わずといったように拍手をする。  悔しがっていると、「いや、すごかったですよ……!」と少し紅潮した顔で話しかけられて、悠心は目を丸くした。 「え、マジ? 良いやつじゃん〜! てか射的のクオリティ高過ぎてやべえよ。すげえよ」 「そ、そうですかね。へへ……」  白蘭の生徒は照れくさそうに笑う。悠心はにやりと笑った。    満足そうに景品を手に持っていた貴良は、そんな様子を見て薄く笑みを浮かべた。  すると、白蘭の生徒が「良かったらお写真撮りましょうか?」と声をかけて来た。 「お! やった! 撮ってもらお!」  悠心はうきうきとスタッフに自分のスマホを渡す。  その時、那智と宏樹が入って来た。 「お、射的あんじゃん」  那智はスタッフから銃をもらう。そして、浮かれてポーズを決めていた悠心の体に迷いなく撃ち込んできた。 「イッテ!」 「あ、わり。手ぇ滑ったわ」 「テメェ那智! わざとだろ!」  その後も嫌がらせのようにぽこぽこと悠心を撃ってくるので、ついに悠心はブチ切れた。 「上等だよ! 表出ろやコラァ!」  ヤンキーを隠すことも忘れてドスの効いた声ですごむが、 「悠心」  と肩に手を置かれてハッと我に帰る。 「やめろ」 「貴良! うん、ごめん」  途端に語尾にハートをつけておとなしくなった悠心に、周囲が「ええー……」と呆然とする。 「……あの、写真、撮ります?」 「撮る!」  おずおずと声をかけてきたスタッフに満面の笑みで答える。    そんな悠心の顔を見て、那智はふっと目を伏せて銃を置いた。   「悠ちゃん、楽しそうだな」  宏樹がはしゃぐ悠心を見て笑った。  悠心は改めて貴良の腕にぴたりとくっつく。貴良も拒まず、悠心の肩を抱く。  シャッター音が響く。  スマホを返されて画面を確認すると、そこには自然体で映る悠心と貴良の姿があった。  悠心は少し照れたように貴良に寄り添い、貴良は相変わらずポーズなどは取っていないが、力が抜けてどこか楽しそうに微笑んでいる。  悠心はその写真を見て、照れ笑いを浮かべた。  ——やっぱ、好きだ。  噛み締めていると、貴良と目が合う。  理知的な瞳には、わずかに熱が滲んでいる。  その瞳の奥に、悠心の幸せそうな顔が映っていた。    それはまるで、恋する乙女のようだった。  end ◽️◽️◽️   ※ご愛読ありがとうございます! 少しでも面白いと思っていただけましたら、いいねや感想、リアクションなどいただけると大変励みになります。     ※この後は本編の補完となる番外編と完結編、外伝を順次公開する予定ですので、ぜひそちらもお楽しみいただけると幸いです。  改めて、ここまでお読みくださった読者のみなさま、本当にありがとうございました!

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