29 / 49

番外編 貴良をプロデュース!(宏樹視点)

「話がある」  とんでもないやつに声をかけられちまった。  宏樹(ひろき)は目の前に立つ無愛想な男を見てリーゼント頭を抱えた。 「……なんすか」  放課後。黒条高校の校門前をバイクを押して通っていると、桜井(さくらい)貴良(たから)に声をかけられた。 「あいつ、また来てんのかよ」 「懲りねえなあ」  白蘭(びゃくらん)の制服を着ている桜井の姿を見て、黒条(こくじょう)の生徒たちは眉をひそめている。  友人の悠心(ゆうしん)がこの桜井貴良とかいうとんでもない怪物に失恋して泣いて帰ってきたのが、だいたい一ヶ月ほど前。  ここ一週間ほど、毎日桜井は黒条高校に顔を出すようになっていた。  本人は目立たないように白蘭側にひっそりと立っているつもりのようだが、いかんせん存在感が桁違いなので意味がない。  黒条でも少しずつ噂にはなっていたが、傷心して学校に来たり来なかったりを繰り返している悠心の耳にはまだ入っていない。  宏樹が桜井と顔を合わせるのは、那智(なち)に詰められていた時が最後だ。 「矢沢(やざわ)に会いたい。協力してくれ」 「……や、それはちょっと」  悠心は桜井を諦めると決めて、今はなんとかリセットを頑張っている。  そんな友人の気持ちを踏み躙るようなことはできない。 「無理っす」 「……頼む」  桜井の目に必死さが滲む。それを見て、宏樹は少し考え込んだ。 「……ダチを売るようなこと、できねえんで」  少し後ろ髪を引かれるような思いになりながら、宏樹は再びバイクを押し始めた。    それから、桜井は毎日宏樹の元にやってきた。その度に断るが、とうとう宏樹は我慢できなくなって声を荒げた。 「もうやめてくださいよ! 無理だって言ってんじゃないすか!」  桜井は落ち着き払った顔で宏樹を見ている。そして、すっと頭を下げた。 「頼む」  思わず唖然とした。  あの天下の桜井が、頭を下げた。この、ちんけな不良一人相手に。 「な、なんなんすか……! なんでそこまで悠ちゃんにかまうんすか」 「あいつに……矢沢に、会いたい」  桜井の目は真剣だった。  その目をしばらく見つめて……宏樹は項垂れた。 「あんたさぁ……それ、もう……」  めちゃくちゃ悠ちゃんのこと、好きだろ。  そう言いたいのをぐっと飲み込んで、宏樹はため息を吐いた。  リーゼント頭をぽりぽりとかく。 「……覚悟、あるんすか」  何の覚悟かなんて訊かない。それでも、桜井は間髪入れずに頷いた。 「無論だ」 「……」  宏樹はぐっと拳を握った。  桜井を思って泣いていた悠心を思い出す。  (わりい、悠ちゃん) 「……悠ちゃん、最近荒れ方がひどくなってて」 「……ああ」 「なんとか……してくれますか」  じっと見つめる。その目に、かすかな揺らぎが見えないか探る。 「必ず」  力強く言い切ったその目には、何の迷いもなかった。  宏樹は、くしゃりと笑った。 「……頼んますよ」  ◆ 「……お、おお……!」  翌日の放課後。四畳半の畳の上に立っている人物を見て、宏樹は思わず感嘆の声を漏らした。 「変じゃないか?」  戸惑ったように自分の姿を見下ろす桜井に、宏樹は口をあんぐりと開ける。 「い、イケてるなんてもんじゃねえよ……! 黒条で番(ばん)張ってるって言っても通じるぜ……!」 「番張る?」 「番長だよ」  姿見を見て、桜井がワックスで固められた髪の先に物珍しそうに触れる。 「そ、素材は良いと思ってたけどよ……ここまでとは……!」  宏樹は信じられない思いで目の前の偉丈夫を見つめた。  大柄な宏樹の冬服の制服でも、ちゃんと桜井は着こなしていた。黒いアンダーシャツからは見事な胸筋がのぞき、アクセサリーがシンプルでも映える。いや、むしろそれが良い。    そして、白蘭の制服を着ていると表情の乏しさはどこか機械的な印象があったが、黒条の制服を着るとそれがたちまち強者の余裕に見えてくる。  鍛えられた体躯も相まって、隙がなく喧嘩慣れしていそうな雰囲気さえあった。  ただ……姿勢はかなり良いが。 「同じ髪型にしなくて良いのか」 「リーゼントか? いや、これは俺の魂だからよ。桜井はそれで良いよ。そっちのが悠ちゃん好みの髪型だし」 「……好み?」  ぴくりと桜井の形の良い眉が持ち上がる。 「おう。悠ちゃん、こういうの好きっすよ」 「……そうか」  桜井のわかりやすい反応に、宏樹は苦笑した。  (ほんと、悠ちゃんのことになるとわかりやすいな)  宏樹はふうと一息ついて、桜井にアクセサリーを渡す。 「悠ちゃんはああ見えて根っこは硬派で熱い男だからよ。……本当はずっと、一途になって、んで、相手にも一途になって欲しかったんじゃねえかな」  桜井は指にごついシルバーリングを身につけた。装飾された自分の手を見る。 「……そうか」  見下ろした自分の手を、桜井がぐっと握った。 「なら、問題ないな」 「ん?」 「いや、何でもない」  うまく聞こえなかったが、桜井はそれ以上は何も言わなかった。 「よし、んじゃ次は姿勢指導だな!」 「姿勢?」 「おう。そのままだと姿勢が良すぎる。もっとこう……ダルそうに! 力抜いて!」 「こうか……?」 「んー、違う! てかなんで五秒しかもたねえんだよ!」  ——宏樹による貴良・不良化プロデュースはその後も白熱して続いた。   「はあ……っ、はあ……っ! ダメだ、どうやっても高貴な感じが隠せねえ……! もういつものまま行け! 俺も援護してやっから!」 「……そうする。助かる」    end

ともだちにシェアしよう!