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番外編 失踪とカラオケとコンビニ①

「……え、あいつ今日も来ねえの」  悠心(ゆうしん)は空席のままの座席を見つめて、顔をしかめた。    悠心がめでたく貴良(たから)と気持ちを通じ合ったのがだいたい二週間ほど前。  時を同じくして、那智(なち)はぱったりと学校に来なくなってしまった。 「那智いねえと、悠ちゃんへのツッコミが足んねえよ」  宏樹(ひろき)がつまらなさそうに小さくため息を吐く。  悠心は机に頬杖をついて、黙り込んだ。    黒条の昼休みは騒がしい。  そこかしこから馬鹿騒ぎする声が聞こえてくるし、教室にはかすかなタバコの香りと香水の香りが混ざり合った匂いが充満している。  悠心は無言のまま、那智に通話をかけた。 「……」  出ない。  チャット画面を開くと、最後にやり取りがあったのは二週間前。ごくたわいもない会話をした後、ぱったりと突然連絡が途絶えていた。  ピンク頭をかき、悠心はため息を吐いた。   これだけ長く那智が学校に来ないのは、初めてのことだった。  中学一年の冬に那智とは出会った。季節外れの転校生で、那智は目立っていた。そこから仲良くなって、気がつけばずっと一緒にいるようになった。    ふと、あの頃、まだ黒髪で体も小さかった那智の姿を思い出す。 (あれ……そういや、あいつ、いつから金髪にしてたっけ)  思い出をたぐってみる。それから、ふと思い出して財布を開いた。 「……お」  財布の中に入っていたものを見つめる。 「なになに。……え、これ、那智?」  横から覗き込んできた宏樹が興奮したように目を見開く。  悠心の手の中にあるのは、中学時代に那智と撮ったプリクラだった。 「髪、黒! 誰だよ」  宏樹がげらげらと笑う。日付を見てみると、中学一年の冬の終わりだった。  悠心は懐かしい気持ちでプリクラを眺める。 「あいつ、昔は小さかったんだよな」  今の那智よりもずっと幼い、黒髪の那智。ピアスも開いていないし、アクセサリー類も身につけていない。学ランも第一ボタンしか開いていない。 「てか悠ちゃんが金髪じゃん。一瞬、どっちが那智かわからんかったわ」 「そうそう。俺、こん時は金髪だったんだよなー」 「中一で? 気合い入ってんな」    確か、仲が良くなって最初に撮ったものだ。 「……お、あった」  続いて取り出したプリクラでは、那智は金髪になっていた。唇にもピアスが開いている。   「お、俺の知ってる那智っぽくなった」  宏樹の言葉に「な」と笑いながら、悠心は日付を見る。そこで、ふっと気がついた。 「これ、付き合った時のだ」 「え?」  当時の二人が、今よりも幼い姿で映っている。赤い髪の毛の悠心は全力で変顔やらあざといポーズやらを決め、その横で那智が笑っている。 「二週間で別れたってやつ?」 「そうそう」 「なんで別れたんだよ。てかどっちから告ったん?」 「んー」  腕組みをして考える。  あの時は、確かいつも二人でたむろしていたコンビニの裏だった。秋の始めの夕暮れで、少し肌寒かったのを覚えている。 「多分、那智から」 「多分ってなんだよ」 「……いや、告白っぽい告白でもねえし」  苦笑すると、宏樹が首を傾げる。 「処女捨ててえなあって言ったら、じゃあヤる? 的な」 「かるっ! 乱れすぎだろ」 「いやそのまんまの言葉じゃなかったけどよ」  呟きながら、悠心はじっとプリクラに映る自分と那智を見つめた。 「……まあでも、結局うまくいかなくてすぐダチに戻ったけどな」  心の底から楽しそうにしている、幼い自分と那智の姿をそっと指でなぞる。  当時、付き合っても那智からは一度も「好きだ」なんて言われたことがなかったし、甘い関係にもならなかった。別れた後も特に引きずったりする様子はなく、互いに別の恋人をさっさと作った。  当時のほろ苦い気持ちを思い出して、ふっと小さく笑う。 「恋は一瞬、ダチは一生ってか」  宏樹がそれっぽいことを言いながら神妙な顔をする。 「……かもな」  悠心はちらりと那智の座席を見る。いつもはそこに気だるげに座ってる金髪姿が、今はいない。 「なんで来ねえんだよ……」  一人暮らしをしている家に行っても不在だし、連絡もつかない。悠心は顔をしかめた。 「悠ちゃんが桜井と付き合ってから、那智、休み始めたよなあ。走ってもねえみてえだしよ」  その言葉に、悠心はぴくりと眉が動く。 「……やっぱり、貴良と付き合ったこと、怒ってんのかな。散々、あいつには心配かけたし」  ぽつりと呟いて、目を伏せる。宏樹は「んー……」と何やら考える様子で難しい顔をした。 「でもよ、連絡も返さねえのはらしくねえよな」  そう。そうなのだ。  宏樹の言うとおり、悠心もそこが引っかかっている。  那智は義理堅い男だ。悠心が知る限り、確かに恋愛面では節操がないが、友情面では誰よりも一本筋が通っている。  それなのに。 「……てかそういやさ、那智が桜井に詰めたの、悠ちゃん知ってんだっけか?」 「え、何それ。知らねえ」  宏樹が少し視線を落とす。 「悠ちゃんが桜井んちから帰ってきた後さ、桜井、悠ちゃんに会いに黒条来てんだよ。で、そこで那智がバッティングしてさ」  宏樹は悠心の驚いた表情をちらりと見た後、少し言いにくそうに続けた。 「桜井に、ハンパなことすんなって、悠ちゃんがどんな思いだったか知ってんのかって、すげえキレてたんだよ」 「……」  悠心は呆然と宏樹を見つめた。  ——『俺はお前と違って一途なんだよ』  そう言って飴を舐めていた那智。  ——『……ずっと、思ってた』  何かを言いかけて、躊躇うように瞳を揺らしていた。  これまで、なにげなく交わしていた会話たちが、突然蘇ってくる。    悠心はふと、手の中にあるプリクラを見る。    ——まさか、な。  その思いが一瞬胸によぎる。  すぐに馬鹿げた考えを打ち消そうとするが、一度浮かんだ疑念はじっとりと張り付いて消えない。  友情の範囲だと言っても別におかしくはない。那智は軽薄そうに見えて、誰よりも友情に熱い男だ。  中学の時からずっと、悠心がピンチになれば駆けつけて来てくれた。  隣で軽口を叩き合ってきた。黒条に進学して、宏樹が輪の中に入ってきた後も、那智は悠心にとって特別だった。  那智は、恋人をころころと変える。悠心よりもその数は多い。    けれど、そういえば。  那智は誰と付き合おうが、悠心の誘いには必ず来た。  失恋したらそばにいてくれた。  ヒートで辛い時は鎮めてくれた。  当たり前に受け取っていたそれらを、友情由来のものであると疑わなかった。  ——けれど、実はそうじゃないとしたら。  そこまで考えて、悠心は静かに血の気が引くような感覚がした。  手元には、黒髪の那智が映ったプリクラがある。  悠心はプリクラをぎゅっと握りしめて、黙り込んだ。  ギャハハと笑う黒条生たちの笑い声が遠くに聞こえた。 「よお」  翌日、突然那智が登校してきた。昼過ぎ、今日も来ないのかと思っていた頃、ぬるっと教室に入ってきた金髪姿に、悠心は思わず立ち上がった。 「那智!」  席に気だるそうに座る那智に、目を釣り上げながら詰め寄る。 「おっまえ、なに失踪してんだよ! 心配したんだからな!」 「あー? ちょっと調子悪かっただけだって」  嘘つくなよ、そう言おうとして、那智の唇のピアスが目に入る。鈍く光るそれは、悠心と同じ場所に開いている。  悠心は唇を小さく噛んだ。 「……那智、ちょっと来いよ」  那智の腕を掴むと、特に抵抗もせずに那智はついてくる。その顔はいつも通り冷めた表情で、悠心は無性に苛立った。  

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