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外伝 飴を溶かす②(那智視点)

2 出会い  「まあまあ、せんせ。ンな怒んなよ。似合ってる?」  続いて聞こえてきたのは、まだ幼さが残る快活な声。    途端に、教室のあちこちからくすくすと笑いが漏れる。 「あいつ、今日はどんな髪にしたんだ?」  そう言って笑うのは、さっき那智に嫌味を言っていた男子たちだ。  でも、那智へ向けた時とはまるきり違い、その声や顔には親しみが込められている。  一気に教室の空気が変わったことに、目をわずかに見開いた。 「ういーす! お、間に合ったー!」  大きな声と共に入ってきたのは、鮮やかな金髪の少年だった。耳と唇にはピアスが開いている。 「腹減ったぁ」  そう言いながら笑う少年に、男子たちがわらわらと寄っていく。 「悠心(ゆうしん)、思いっきり染めたな! ブリーチ?」 「てか、ピアス増えてね?」  明らかに不良だ。それなのに、みんな怯えたり敬遠するどころか、親しげに寄っていく。  那智は生まれて初めてみる不良に、内心で舌を巻いた。  こんなにこてこての不良が、本当にいるのか。  そして、何よりも一番目を奪われたのが。 「つーかさむっ」 「悠心、そんなにシャツ開けてっからだろ?」 「こっちのがイケてるだろ」  第二ボタンまで開けられたシャツ。さらされた首元には、ごつくて黒い首輪があった。  ――オメガなのか。  首輪をつけるのはオメガしかいない。だけど、普通はみんな首輪をつけていることを隠す。  それなのに、ぞんざいに組んだ足を机に乗せる少年は、それを隠しもせず堂々と身につけていた。 「矢沢、お前は……。茶髪で指導したばかりだろうが」  教師が後から入ってきて、苦虫を噛み潰したような顔をする。  金髪の少年はあっけらかんと笑った。 「茶髪から変えたじゃん」 「黒髪に変えろってことだ! 金髪なら意味ないだろうが。むしろ悪化してる! あと足!」 「はあい」  「矢沢!」と怒る教師も、それほど本気で怒っているようには見えない。呆れてはいるが、なんだか甘さが見て取れる。  (なんなんだ、こいつ)  第一印象は、それだった。    初めて見る生き物。  那智がじっと悠心を見ていると、ばちりと目が合った。アーモンド形の目がおもしろそうに細められる。 「お、もしかして、転校生?」  瞬間、ぎくりとした。  珍しいものをみるような顔で近づいてくる悠心に、思わず体を硬くする。 「俺、矢沢悠心。なんてーの?」 「……赤沼」 「下の名前は?」 「…………那智」 「那智か。よろしく」  にかっと笑った悠心に、手を取られて強引に握手をされる。温かいその感触にびくりと震えると、ふわりとムスクのような香りが鼻をついた。    ——いきなり、握手。いきなり、呼び捨て。  (本当になんなんだこいつ)  宇宙人に出会った時、人はこういう感情になるのだろうか。  悠心は満足したように自分の席へ戻っていく。  台風のようにやってきて、さっさと去っていった男から、那智は目が逸らせなかった。    それから、悠心は時折学校に来ては、給食だけ食べて、あるいは午後の授業も気まぐれに出て、那智に話しかけてきた。 「なあなあ、何が好きなん?」 「今日雨降るって」 「見てこれ。めっちゃ綺麗な石みっけたんだ」  気まぐれのように話しかけてきては、そっけない那智にも特に気分を害することなく次もまた話しかけてくる。 「悠心、そいつスカしてんだよ」  小声で男子生徒が那智のことを言えば、「え、スカしてんの?」ととぼけた顔で聞いてくる。 「別に」 「スカしてねえってさ」  そう言って男子生徒ににやりと笑って見せる。男子生徒は「お、おう」と少しどもりながらも、それ以来那智について何か言うことはなくなった。  それから那智は、悠心が登校してくるたびに、少しずつ会話を交わすようになった。   「なあ、なんか趣味とかあんの」 「……犬の世話」 「え、犬飼ってんの。良いなあ。なんて名前?」 「フォス」 「ほす?」 「フォ、ス」 「おお、なんか良い名前だな」  そう言って笑う顔を見て、那智は気がついた。  ――あ、気持ち悪くない。  まるで太陽のように一寸の陰もない笑顔が、すんなりと那智の心に染み込んだ。  

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