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外伝 飴を溶かす③(那智視点)
3 萌芽
それから那智は、悠心が登校してくるとそわそわするようになった。
「矢沢ぁ!」
教師の怒鳴り声が聞こえれば、机に突っ伏していた顔を上げる。
悪びれもなく堂々と登校してくる悠心を見ると、悠心も那智に気がついて笑う。
「はよ、那智」
「もう昼だけど」
「俺にとっては朝なんだよ」
「なにそれ」
口元がわずかに緩む。
それを見た悠心が片眉をぴくりと上げて、それからにやりとした。
◆
「最近は調子良いみたいね」
母親は毎日学校に行くようになった那智に、満足そうだった。けれども、那智は別に学校が好きになったわけではない。
それなら、なぜ毎日学校に行っているのか。考えてみれば、答えはあの金髪の自由すぎる男に行き着いた。
那智は、意識して悠心に話しかけるようになった。
「なんでそんな髪色なの」
「かっけえだろ」
「……なんで午後しか来ないんだよ」
「んー、授業はダルいってか、もっとやりたいことあるし」
「やりたいこと?」
「バイクいじったり」
「バイク持ってるの?」
「おう。今度見る? かっけえよ」
「見る」
そして、気がついたら悠心のバイクを見せてもらって。免許も持っていない悠心の荒い運転にひやひやしながら後ろに乗って。コンビニでだらだらとしゃべって。
「もう帰れよ」
そう言われて、時刻はすでに二十時を回っていることに気がついた。
「……矢沢は?」
「俺はこの後先輩たちと合流すっから」
そう言って笑う悠心に、なかなか那智の足は動かない。
「……明日は学校来るの?」
「んー? 気が向けば行く」
「……来なよ」
そう言うと、悠心がわずかに目を見開いて那智を見た。その後、ふっと目を細める。
「那智がいんなら、行ってやろうかな」
「……なんだよ、それ」
ぶっきらぼうにつぶやくと、悠心がおもしろそうににやにやしながら顔を覗き込んできた。
「んじゃ、また明日な。那智」
そう言う悠心の顔をまともに見れないまま、那智は踵を返した。
その日の帰り道は、いつもよりも足が軽くて、胸が沸き立つように熱くて、なんだか夢を見ているような心地だった。
それから、悠心は登校する日が増えた。それにつれて、那智も悠心と放課後を過ごすことも増えた。
「明日、俺放課後ちょっと用事あっから」
いつものようにコンビニで話していると、ふと思いついたように悠心が言った。
「なんで俺に言うんだよ」
「え? 寂しいかなって」
「……別に寂しくない」
わざわざ放課後一緒に過ごせないことを告げられて、那智はそわそわと落ち着かない気分で口を引き結ぶ。
悠心のアーモンドの目が三日月になっていて、なんだかきまりが悪い。
「用事ってなんなの」
「先輩に呼ばれてんだ。なんか大事な用らしい」
「へえ」
「おう。……その先輩、ちょっとこええんだよなぁ。イカれてるっていうか……だから、明日ぜってえ遅刻とかできねえ」
悠心は少し嫌そうに顔をしかめる。好物のいちごチョコを食べながら、ため息を吐いた。
「なんか、大変そうだね」
「まあ俺らみてえなのは、縦社会きびしーし、強いやつ至上主義だから。その先輩、アルファだからか体もでけえし強えんだよな」
「……へえ」
アルファ。
その言葉に、目を細める。悠心の首輪をじっと見つめると、それに気づいた悠心が那智を見た。
「なんだよ」
「……なんで、オメガなの隠さないの」
今まで訊かなかった。何か触れてはいけないことのような気がして、避けてきた話題だった。
「んー、別に。オメガってこと、大声で言う必要はねえけど、別に隠すことでもねえかなって。そんだけ。特に理由はねえよ」
そう言っていちごチョコを咀嚼する口元から、ちろりと赤い舌がのぞく。唇のリングピアスが鈍く光る。
「アルファに言い寄られたりしないの」
「ん? まあ、俺見た目こんなだし。てか、まあ好みならいっかなって」
「……軽いね」
「いいじゃん。オメガっても、俺だって男だし」
悠心の白い鎖骨を見つめる。開いたシャツから覗く体が、思っていたより華奢なことに気がついた。
「……アルファが好きなの」
「ん? んー、まあ、良いなって思うのはアルファが多いかもなあ。別にそれで好きになるわけじゃねえけど」
「……へえ」
小さな灯が胸の隅に灯った。那智は、生まれて初めて自分がアルファで良かったと思った。
そして、そう思ってから、そんなことを思っている自分に驚いた。
「どんな人が好きなの」
訊いてみると、悠心は即答した。
「強い男」
強い男。
その言葉を胸の内で反芻する。
「……今、気になってる人、いるの」
「んー? ……内緒」
にやりと笑う悠心に、胸が波打つ。
悠心は那智の反応を見て、わずかに目元を緩めた。
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