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外伝 飴を溶かす④(那智視点)

4 君がため  ◆    翌日の昼すぎ。 「……え」    フォスの容体が急変したと、使用人から連絡が入った。    那智はスマホの画面を見て青ざめた。  フォスは最近、調子が良かった。だから、安心していた。それなのに。  画面には、病院の名前と、もう危ない、という文字。    身体中から血の気が引いて、頭が痺れた。  手が震える。  足が地面に張り付いたように動けない。    次に、何をしたら良いのか、何をするべきなのかがわからない。  病院へ行く? その前に使用人に車を寄越すよう言う? いや、それとも、教師に言う?    ぐるぐる。頭の中で思考が絡まる。もう春が近いのに、じっとりと背中が冷たい。 「……那智?」  その時、聞き慣れた声がして、はっとした。  見慣れた金髪が目に入る。悠心が深刻そうな顔で那智を見ていた。 「どうした」 「あ……」  問われた時、震える手からスマホが滑り落ちた。  カシャン、と音がして、悠心が拾い上げる。そして画面に目を落とし、表情を厳しくした。 「那智、来い!」  突然、腕を取られた。  戸惑いながらも、引かれるがままに着いていく。  廊下では教師や生徒たちが驚いたような顔をしている。誰かに呼び止められた気もするが、もう頭には何も入らない。  確かなのは、自分の腕を掴む、力強い手の感触だけだった。  校舎を飛び出すと、悠心はそのまま駐輪場の外れへ向かう。 「乗れ」  悠心のバイクの後ろに乗る。  フォスとの思い出が、頭の中で走馬灯のように流れていた。  悠心は何も言わず、何も聞かず、バイクを走らせる。    自分とそれほど変わらない背丈をした悠心の背中が、やけに大きく見えた。    ――その日、フォスは亡くなった。  老衰だった。  那智が到着するのを待っていたように、その姿を一目見ると、ゆっくりとまぶたを閉じた。  泣きながら病院を出ると、悠心が壁にもたれて待っていた。 「……悠心」 「那智」  悠心は那智に駆け寄り、その後ろから運ばれてきたフォスを見た。 「やっと会えたなあ。フォス。……可愛いなぁ」  そう言って薄く笑った悠心。その目に確かな親しみと悲しみが見えて、那智は息を震わせた。  使用人とともに車に乗り込む那智を、最後まで悠心は見守っていた。  もう日は暮れて、夕焼けが悠心の金髪を照らす。那智ははっとした。 「悠心、今日……」  先輩との約束があるんじゃないのか。  すると、悠心は笑いながら首を振った。 「大丈夫、大丈夫。先輩には連絡したし。怒ってねえみてえだから」 「悠心……」  那智は目元を拭う。悠心はいつものように笑みを浮かべている。  車が走り出しても、悠心はいつまでもそこに立って那智を見送っていた。  その後、那智はフォスの亡骸に寄り添って眠った。  数日、久しぶりに学校を休んだ。フォスの肉体がこの世から消えて灰になるその時まで見届けた。    その間、時折頼もしい背中を思い出していた。  ◆    久しぶりに登校すると、悠心は来なかった。  次の日も、来ない。  おかしい。そう思っていると、男子たちの噂話が聞こえてきた。 「悠心、大丈夫かな……」 「キョン先輩と揉めたって。マジでやばくね? あの人、反社とつながってるって噂だし」 「え、まじ?」  那智は思わず男子たちに詰め寄っていた。 「それ、どういうこと」 「わっ、な、なんだよ」  男子たちは突然現れた那智に驚いたようだが、素直に話してくれた。 「そ、それがさ――」  那智は全速力で走っていた。  生まれて初めて、こんなに全力で走っているかもしれない。  何をしているんだろう、自分は。  これからいく場所が危険かもしれない。  それでも、止まれなかった。    『那智、来い!』  あの日、掴まれた腕の感触。  大きく感じた背中。 『……可愛いなぁ』  優しい眼差し。    止まる理由なんて、なかった。  

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