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外伝 飴を溶かす⑤(那智視点)
5 光
やがて、河川敷に数人の人影が見えた。
着崩した黒い制服は、有名な不良高校のものだ。それが、三人。そして、中学の制服を着た金髪の男が、一人。悠心だ。
悠心はそのうちの一人に殴りかかられるが、それをかわして殴り返す。だけど、別の男が悠心を羽交い締めにして、一番体の大きな男が悠心を殴りつける。
「……はっ。三人がかりって、ダセェっすね」
口端から血を流しながらも、悠心は不敵に笑って挑発する。
また、殴られる。だらんと首が垂れた。
「悠心よぉ。俺がおめぇを呼んだ理由、知ってっか?」
「……」
体の大きな男が悠心の前髪を掴んで上を向かせる。あれがキョンらしい。悠心は静かに男を睨み返した。
「俺はよぉ、おめぇのこと好きだったんだよ。だから、可愛がってやろうとしたのによぉ。……俺のメンツ、丸潰れだぜ」
「……そうすか。さーせん……、っ!」
男は半笑いで返した悠心の首をもう片方の手で締め上げた。
「お仕置きが必要だよなあ。……おい、お前ら、抑えてろ」
悠心の顔がこわばる。
「オメガだからよぉ、つがいにしてやってもいいと思ってたのになあ」
「はあ……っ?!」
それまで不敵に笑っていた悠心に、初めて怒りの色が浮かぶ。
「犬一匹のために、俺との約束蹴ったんだって? バカにしてくれるよなぁ」
そう言って、キョンが悠心の首輪に手をかけた時。
その瞬間、那智の頭の中で何かが切れる音がした。
気がついたら、那智は地面を蹴っていた。
次に感じたのは、足裏に伝わる硬くてやわらかな感触。
「ぐっ」という呻き声とともに、キョンの体が吹き飛ぶ。
「さわんな!」
気がつけば、那智はキョンに飛び蹴りを食らわせていた。
人を蹴ったのも、怒鳴ったのも、これが人生で初めてだった。
「那智……?」
悠心が信じられないと言うように声を上げる。
「キョンちゃん! テメェなんだコラ!」
悠心を抑えていた男が、吹き飛んだキョンを見て殴りかかってくる。腹に拳を受けて、重い痛みとともに一瞬えづくが、その腕を掴みながら那智は渾身の力で男の横面を殴り飛ばした。
人を殴った拳がじんじんと傷む。けれど、そんなことはどうでも良かった。
「な、なんだコイツ!」
生まれて初めてする喧嘩。
不思議と恐怖はなかった。どこか現実から乖離したような、ふわふわとした心地なのに、頭だけが静かに冷えている。
体が軽かった。どこに誰がいるのか。自分がどこに位置取れば有利なのか。
考えるより先に、体が動いた。
「つ、つよ……」
悠心の呆然とした声が聞こえる。
そうか、自分は強いのか。
それも、もしかしたらアルファに生まれたからかもしれない。
それなら、やっぱり良かった。
「なんだテメェこのやろう!」
そのとき、立ち上がったキョンからぶわりと濃厚なフェロモンが香ってきた。
威嚇フェロモンだ。
「お前こそなんだよ」
那智も睨み返す。
どうすれば良いかなんて、誰にも教わっていない。
それなのに、本能でわかった。
体の奥からフェロモンが溢れ出す。
フェロモン同士がぶつかった瞬間、キョンの顔色が変わった。一歩、後ずさる。
「キ、キョンちゃん?」
仲間の一人が戸惑うような声を上げる。
那智はまばたきもせずに睨みつける。
理屈じゃなかった。
自分の方が強い。ただ、それだけがわかった。
「……ちっ」
どのくらいそうしていただろうか。
やがて、額に脂汗を浮かせたキョンが忌々しそうに舌打ちをした。
「……行くぞ」
キョンが後の二人に声をかけ、その場から離れていく。
キョンの仲間たちも那智たちを睨みつけたが、少し困惑した様子でキョンの後を追っていった。
那智はしばらくその後ろ姿を睨み続けた。
完全に見えなくなってから、悠心に駆け寄る。
「悠心、大丈夫……!?」
「那智……」
悠心は那智をぽかんと見上げていた。
その瞳が、きらきらと輝いている。
「……お前、やるじゃん!」
そして、がしっと肩を組まれた。
「かっけえよ! 那智!」
悠心に嬉しそうに顔を寄せられ、那智は思わず体をこわばらせた。ムスクのような香りが鼻をくすぐる。
かっと体の奥が熱くなる。うまく言葉が紡げなくて、那智はぎこちなく頷いた。
傷だらけの顔で嬉しそうに笑う悠心の顔が、なによりも綺麗に見えた。
――この日、那智は悠心にどこまでもついていくと、そう決めた。
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