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完結編 獣と乙女③

 シャワーを浴びた後、悠心はベッドの上に転がった。貴良が入れ違いでシャワー室に入っていく。その後ろ姿を眺めて、悠心はぎゅっと枕を抱きしめた。  楽しみだ。  待ちに待った、初夜。  付き合ってから二年も待った。キスまでで、よくこれまで我慢してきた。途中、我慢の限界で襲いかけたこともあったけど、「責任を取れるようになってから」と躱(かわ)され続けてきた。  ヒートの時も、桜井家から渡された薬を飲んで、貴良とは離れて過ごしていた。桜井家からもらった薬の効果はすごくて、ヒート時だというのに、ちょっと重怠くて眠いだけで、かなり楽に過ごせた。こんなのが市販されたら、どれだけのオメガが楽になるんだろう。そう思ったが、どうやら制作には莫大な費用がかかっているらしい。それを聞いて薬を持つ手が少し震えた。  大切にされている。  そう思ってきた。  嬉しい気持ちや、明るい気持ちの底に——拭いきれない泥のようなものが沈澱している。  そして、そこからこぽりと泡が浮かぶように、ある疑念が頭をもたげる。  ——子供を作ってもいい時期になったから、貴良は自分を抱くのか?  悠心は上質なシーツに顔を埋める。清潔な匂いを吸い込みながら、なぜかじわりと目元が熱くなってきた。  こんなこと疑いたくない。  貴良は悠心を好きでいてくれる。  だけど——やっぱり今日は、初夜というよりも『子作り解禁日』なのだろうか。  そう思うと、胸が潰れそうに痛んだ。  (女々しすぎだろ……)  自分が嫌になる。けれど、頭の中では今日の招待客たちの口元ばかりがぐるぐると映像として流れる。 『お子様のご予定は——』 『これで桜井家も——』 『シンデレラボーイ』  ぐるぐる。ぐるぐる。  割り切れば良い。Win-Winじゃないか。貴良とエッチができる。貴良との間に子供ができる。全部、悠心が望んでいたことだ。  それなのに……なんでこんなに気分が落ち込むんだろう。 「……悠心」  その時、ギシリとベッドのスプリングが軋んで、聞き慣れた低い声が聞こえてきた。  ふわり、と石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。風呂上がりだからかと思ったが、その奥にぴりっと香るシナモンの匂いに、びくりと体が反応する。 「た、貴良。今日、薬は……?」  驚いて貴良の方を振り向く。すると、思ったよりも近い距離に貴良がいて息を飲んだ。    貴良は普段、オメガのフェロモンに反応しないための特殊な薬を服用している。それなのに、今はフェロモンの香りがする。  その香りを嗅いだことは、まだ片手で数えるほどしかない。  それでも体はしっかりと覚えていて、途端に体の奥が熱を持ち始める。 「昼から飲んでいない」 「え……」  貴良が悠心の顔の横に手をつく。覆い被さるように悠心の上に来た貴良は、そっとその指先を悠心の目尻に伸ばした。  熱い指先でそっと撫でられて、思わずびくりと震える。 「……泣いていたのか?」  部屋には最小限の間接照明しかなく、橙色の光が薄ぼんやりと広がっている。それなのに、貴良はわずかに湿った悠心の目尻に気がついた。 「……泣いてねえよ」  ふい、と逃げるように顔をシーツに埋める。背後から香る貴良のフェロモンの匂いに、体は呼応するように熱くなっていく。肌が敏感になって、部屋に流れる微細な風の動きまで感じ取る。自分の体から、フェロモンが溢れ出していくのが分かる。  後ろから抱き込まれる。肩に貴良の唇を感じる。耳にさらりと貴良の黒髪が触れる。  それだけでいちいちぞくりとするほど体が反応する。腹の奥がきゅんと疼き始める。  なんだか自分に裏切られたような気持ちになって、悠心はますます顔を歪めた。 「嘘をつけ」 「……嘘じゃねえし」 「悠心、こっちを見ろ」 「……」  しぶしぶ貴良の方を振り返ると、目が合う。貴良は険しい顔をしていた。 「……俺と、したくないか?」 「そんなわけねえよ」 「なら、なんでそんな苦しそうな顔をしている」  悠心は思わず黙った。貴良からそっと目を逸らす。 「……今日、番に……なるんだよな?」 「そうだな。……嫌か?」 「いや、嫌じゃない。そんなんじゃねえよ。……ただ」 「……ただ?」  貴良の眉がわずかに寄る。悠心はぎゅっと唇を噛んで、改めて体を貴良の方に向けた。 「……子供、作るために……エッチすんの?」  

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