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完結編 獣と乙女④
貴良はわずかに目を見開いた。
悠心の顔をまじまじと見つめる。悠心はごくりと喉を鳴らした。
やがて、貴良が小さく息を吐いた。
びくりと肩を震わせると、貴良は優しく頬を撫でた。
「……俺の落ち度だ」
「え?」
ぼそりと何かを呟いた貴良は、すっと悠心から体を離す。途端に離れていく匂いと体温に、今度はなんだかもの寂しくなる。
「た、貴良……?」
ベッドから降りる貴良を、不安な気持ちで目で追いながら起き上がる。
呆れられたんだろうか。
散々、経験豊富な言動をしてきたのに、初夜でヒヨッている姿に幻滅したのだろうか。
ますます視界がぼやけて滲んでいく。
貴良がサイドテーブルから何かを取り出し、そこに置いてあったグラスの水で飲み下した。
水を飲む姿をぼんやりと見つめていると、貴良がベッドに戻ってくる。
「貴良……?」
「アルファ用の経口避妊薬を飲んだ」
「…………え?」
一瞬、何を言われたのかよく分からなかった。
「ひ、避妊薬?」
「ああ」
「え? え?」
どういうことだ。
子供を作るための初夜じゃないのか。
そんな悠心の困惑をよそに、貴良はそっと顎に手をかけた。
「子供のためじゃない。好きだから、抱く」
まっすぐに悠心を見つめてくる目は、黒条高校の屋上で悠心に告白をしてきた時と同じ熱を宿している。
息が止まった。
「……ほ、ほんと……?」
ぽつりと、震えた声が漏れる。焼け付くような欲を孕んだ目にじっと見つめられる。
「もう二年も待った。一秒でも待ちたくない。……ただ、お前が不安なら、今日はしない」
不安ならしない。そう言いながらも、その目の奥では獣のような熱が燃えていた。
貴良の表情にはどこか余裕があった。わかっているのだ。——悠心が拒むことなんてないと。
「……したくないわけ、ねえじゃん」
ぎゅっとシーツを握りしめる。そして、悠心は一番恐れていた問いを口にした。
「……でもさ。貴良は、やっぱり俺が……運命の番だから、欲しいの?」
貴良の涼やかな表情がわずかに崩れた。
「違う」
迷いのない声だった。
「俺は、お前だから欲しい。運命の番なんてどうでもいい。運命じゃなくても、お前を……悠心を、必ず手に入れる」
ひゅ、と悠心の喉から細い息が漏れた。炯々 と光る貴良の瞳は恐ろしいほど力強い。
手に入れる。
強引で、傲慢な言葉。それでも……綺麗に包まれた言葉よりも、ずっと悠心の胸に強く突き刺さった。
「悠心は……違うのか?」
その言葉に、悠心は慌てて首を振った。
「違う! 俺も……俺だって」
震える手で貴良に手を伸ばす。
「運命の番とか関係なしで……お前が好きだ」
小さくそう言うと、貴良の口元がわずかに緩んだ。
「悠心」
名前を呼ばれて、そっと目を閉じる。
その瞬間が永遠にも感じられた。
唇が重なった瞬間、胸の奥にじんわりと熱が広がる。
鼻腔いっぱいに石鹸とシナモンの香りを吸い込む。
運命でも、運命じゃなくても。
桜井家の次期当主でも、そうじゃなくても。
アルファでも、それ以外でも。
——貴良が、どうしようもなく好きだ。
貴良が、そっと悠心の首筋に手をかける。そこには、黒い首輪が嵌っている。
悠心がオメガだと診断された時から、ずっと身につけていたもの。
「今日は、子供は作らない。……だが、これは外してもいいか」
首輪をなぞる指に、ぞくりと背筋が震える。悠心はそっとベッドサイドに置かれたスマホに手を伸ばした。
画面を操作する。すると、まもなくカチリと音がして、首輪が緩んだ。
首元にあった貴良の手がぴくりと震える。
悠心は薄くはにかんだ。少しだけ、口元が震える。
「……貴良に、噛んでほしい」
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