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完結編 二度目の結婚式①(宏樹視点)
数ヶ月後——。
金木犀が香る、よく晴れた昼下がり。
「……結婚式って、こんな警備いんのかよ」
宏樹 は、入り口の向こうに並ぶ黒服たちを見て思わず呟いた。
招待状の確認や身分証の提示、手荷物検査。
建物の周囲には、どう見ても結婚式場には似つかわしくない屈強な男たちが立っている。
「厳重すぎだべ……」
前回の結婚式の時よりは控えめだが、それでも十分すぎるほどセキュリティに力が入れられている。
ようやく中へ通され、宏樹はほっと肩から力を抜いた。
スーツのポケットからコームを取り出し、リーゼント頭を軽く整える。
「……あ」
ふと目に飛び込んできたものを見て、足を止めた。
白い花と写真立てが並ぶウェルカムスペース。
その真ん中に、場違いなくらい鮮やかなピンク色のくまが、でん、と座っていた。
「出張してんじゃん」
思わず笑みがこぼれた。
高校二年の頃、悠心が桜井にゲームセンターで取ってもらったとかで、やたら嬉しそうに抱えていたぬいぐるみだ。悠心の部屋のベッドに置いてあったが、今日はここまで出張に来たらしい。
「来てやったぞ」と言っているようにふてぶてしい表情をしたクマを眺めて、宏樹はしみじみとした。
一回、失恋した時にはしまい込んだらしい。
それが今では、結婚式の入口で一番目立つ場所にいる。
「……悠ちゃんらしいなあ」
宏樹は少しだけ目を細めた。
「宏樹」
その時、後ろから声がかかった。
「おー、那智 」
スーツ姿の那智が相変わらず気だるそうに立っている。金髪は珍しく整えられていて、なんだかそうすると品があった。
「お前、今日もリーゼントかよ」
「あたりめえだろ。これが俺の一番の礼装だぜ」
「あそ」
「つーか……」
宏樹は改めて会場を見回した。
「人、少なくね?」
前回の結婚式では、どこを見ても人、人、人だった。
やっと悠心を見つけても、近づく前に誰かに囲まれていた。声をかける隙すらほとんどなくて、結局まともに話せた記憶もあまりない。
けれど今日は、見える顔のほとんどを知っている。
「今回は身内だけらしいぞ」
那智がそう言って、ウェルカムスペースの写真立てを一つ手に取った。宏樹も覗き込んで、「あっ」と声を上げた。
「これ、なつかしーな。俺たちが高一の時のじゃね?」
てっきり新郎たちの写真かと思ったが、それだけではなかったようだ。
写真には、今よりも幼い悠心と那智、宏樹の姿が写っている。三人でそれぞれのバイクの前で撮っていた写真だ。
「初めてマスツーした時のだよな」
「ああ」
那智が頷く。宏樹はその写真を眺めながら、ふと悠心との出会いを思い出した。
『なにその髪』
『……ああ?』
入学式の日。教室に入ってきて宏樹を見つけた悠心は、目を見開いてそう言った。リーゼント頭を見た者はだいたい「古い」とか、「ダサい」とか言う者がほとんどなので警戒してガンつけると、悠心は笑った。
『気合い入っててかっけえ! どうやってセットすんの?』
そう言って目を輝かせた悠心に、拍子抜けした。しかし、悠心の後ろにいた那智にはしっかりと「絶滅危惧種」とからかわれて喧嘩になったが。
「……悠ちゃん、マジで結婚すんだな」
「もうしてんだろ。てか二回目だし」
今とは違って赤い髪をした幼い悠心を眺めながら、しみじみと呟くと那智につっこまれる。
「お」
宏樹は次に目についた写真を手に取る。
「これ、悠ちゃんたちが付き合った後の文化祭じゃん」
写真の中で、悠心と貴良が寄り添っている。悠心は笑顔で、貴良はほんの少し目尻を和らげて。自然体で写っている二人を見て、「良い写真だな」と素直な気持ちが溢れた。
「……だな」
那智が小さく息を吐いた時。
「ちょっと。邪魔。大男二人で突っ立ってられると、見えないんですけど」
後ろから聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこには凛が立っていた。
「お、わりい」
宏樹が慌ててどけると、凛はふん、と鼻を鳴らしてウェルカムスペースに近づくと、写真を撮り始める。
「……なに?」
「別に」
ふと、凛が那智を見上げて眉をひそめる。那智は凛の顔を見下ろした後、踵を返して近くのソファに腰掛ける。
「お前らなんかあったんか?」
「いや別に」
那智は近くのスタッフからウェルカムドリンクを受け取ると、一口グラスを口に傾ける。
(ぜってえ嘘だろ)
「伊東 様、香山 様。お越しいただきありがとうございます」
その時、黒服姿の壮年の男が挨拶にやってきた。
何度か顔を合わせたことのある、貴良付きの従者——加藤だった。
「あ、うす」
「どうも」
伊東は宏樹の苗字だ。頭を下げると、隣で那智も軽く頭を下げる。
宏樹は那智の方を見て首を傾げた。
「香山って……お前、赤沼 じゃねえの」
「あー、今は香山なんだよ」
「……え、結婚したんか?」
「ちげえよ」
訳がわからなくなっていると、那智がさらりと言った。
「もともと香山なんだよ。赤沼は母親の旧姓」
「そうなん!?」
「言ってなかったっけ」
「聞いてねえよ!」
長年付き合いがあっても、案外知らないこともあるものだ。
目を丸くしていると、「間もなく皆様おそろいになります。開始時間までどうぞごゆっくりとおくつろぎください」と加藤が綺麗な所作で一礼をする。
加藤がにこやかに笑みを浮かべた後去っていくのを見届けた後、宏樹は那智に向き合った。
「それ、悠ちゃん知ってんの?」
「あ?」
「本名」
「多分知らないんじゃね。言ってねえと思うし」
「お、おお」
宏樹よりも那智との付き合いが長い悠心ですら知らない。なんだか不思議だな、と思っていると、「あれ?」と声をかけられた。
「那智、宏樹」
「恵美 さん。こんにちは」
那智が立ち上がって頭を下げる。宏樹も同じように立ち上がった。
黒い着物姿の中年女性が笑顔で立っていた。笑った顔がどことなく悠心に似ている。襟からのぞく首元には首輪が見えた。
宏樹も何度か会ったことがある。悠心の母親だ。
「今回も来てくれたの? ありがとねえ」
もうすぐ四十になるとは思えないほど若々しく、相変わらずよく通る声をしている。しゃきしゃきした立ち居振る舞いがどことなくバイタリティ溢れる悠心を思い出させた。
「当たり前っすよ。あと、この間はごちそうさまでした」
「ああ、良いの良いの。久しぶりだったし。なんだか昔を思い出しちゃった。また食べに来てよ」
宏樹がお辞儀をすると、恵美は嬉しそうに手を振る。
先月、宏樹と那智は久しぶりに悠心の家に集まった。そこでちょうど仕事を早く切り上げてきた恵美子の手料理をご馳走になったのだ。
高校時代はしょっちゅう誰かの家に入り浸っていたので、悠心の家に行った時には、たまにご馳走になることがあった。
「恵美さんのポテサラが一番うまいからなぁ」
「ええ? やだもう、照れるじゃんか!」
どん、と照れた恵美に胸をどつかれて、那智が少しふらつく。やっぱり悠ちゃんの母ちゃんだな……と思っていると、スタッフの声が聞こえた。
「皆様、そろそろご移動をお願いします」
その声に宏樹は襟を正して、最後にもう一度コームでリーゼントを整えた。
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