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一章 第四皇子、白百合との婚姻を命じらる。(3)

「まあ、でも、殿下は皇族ですしね。伴侶(つま)はひとりと決まったわけでもないわけで、意中の方については、今度のことが落ち着いてから、ご側妃にでもお迎えになるという手もございますし」 「お前な……正妃を迎える前から、側妃の話などするなよ。正妃としてこの殿舎に入る予定の相手に失礼だろうが」  燎琉は不快を顕わにする。 「はは。殿下はほんとに真面目でいらっしゃいますよね」  皓義は気にしたふうもなく軽く笑った。 「で。話を戻しますが。――だったらなぜ、殿下はわざわざ、鵬明(ほうめい)皇弟(おうてい)殿下のところへ?」  そこでようやく、相手は本題を思い出したらしい。 「ああ、それは、婚姻の相手……郭瓔偲に聖旨を届けるよう、陛下から命ぜられたからだ。向こうは、いまは叔父上のあずかりとなっているらしい」 「向こうって……殿下だってやっぱり、随分と他人行儀な呼び方ではないですか。殿下のつがいとなられ、これからお妃になられる方でしょう?」 「っ、仕方ないだろう。つがいというが、あれはあくまでも事故だったんだ」 「ええ。あれは事故でしょう? でも、殿下はお相手を(めと)られる決心をなさった。皇帝の意に従って。――ほんとうに、ほんとうに、それでいいんですか?」  繰り返すように問われて、燎琉は言葉に詰まった。 「それは……」  燎琉だって、これが正しい選択なのかどうか、正直わからなかった。自分が本当はどうしたいのかもわからない。  迎え取るのは、ほぼ、見も知らぬ相手といって差し支えない者だ。けれども、すでに、彼は燎琉のつがいなのだ。  拒むわけにはいかない。皇子として。  それが皇族としての務めだと考えるのは、決して間違ってはいないはずだ。  そう己に言い聞かせ、納得したともりでいながらも、真正面から問い詰められると迷ってしまう。燎琉はきつく眉根を寄せた。  こちらが継ぐべき言葉を探しあぐんでそのまま黙り込むと、やがて、ふう、と、皓義は嘆息する。 「まあ、殿下がお決めになったことならいいんですよ、なんでも。なんにせよ、僕はそれに随いますから。――でも、そうか。戸部の官吏ってことは、殿下のお相手は、鵬明殿下の直接の部下にあたる方なわけですね」  こちらの顔色を見て敢えてそうしたのだろうか、がらりと話題を変えて、つぶやくように皓義が言う。 「らしいな」  燎琉はうなずいた。 「なるほど……あの鵬明殿下の部下ですか」  思わせ振りに繰り返した皓義が、燎琉をちらりと見る。燎琉には皓義が向けてくる視線の意図が、いやというほど、理解できた。  郭瓔偲が実際、高慢だとか高飛車だとか、あるいは(ひね)くれていて意地悪だとかについては、わからない。  だがすくなくとも、叔父の下で働いていた以上、一筋縄ではいかない人物の可能性は、十分にあった。燎琉の叔父にあたる鵬明とは、つまり、そういう人物だからだ。 「とりあえず……叔父上のところまで行ってくる」  燎琉は重たい気分でそう言った。 *  (しゅ)(ほう)(めい)は先帝の一番下の皇子で、現皇帝にとっては異母弟にあたる皇族である。燎琉(りょうりゅう)からみれば、彼は叔父にあたる人物だった。  とはいえ、父である皇帝とはずいぶん年齢(とし)が離れていることもあり、叔父というよりも、すこし年の離れた兄といった距離感の存在でもある。  その叔父、皇弟(おうてい)・朱鵬明の殿舎は、燎琉の住まう(しょう)(けい)殿からは正殿を挟んで向こう側、楽楼宮(らくろうぐう)の西の一隅にある、繍菊(しゅうぎく)殿と呼ばれる場所だった。  そこの表門(おもてもん)を叩いて燎琉が来訪を告げると、並びの御座房(ござぼう)から、すぐに取次(とりつぎ)の侍者が現れる。相手はそのまま、前院(まえにわ)華垂門(かすいもん)院子(なかにわ)を抜けて、燎琉を正堂(おもや)まで案内してくれた。  (きざはし)を上がった先、正堂の中央にある正房では、叔父の鵬明が窓辺の(ながいす)にゆったりと腰掛けていた。  燎琉の姿を見ると、彼は、に、と、口の端を持ち上げる。 「おう、来たか」  そう言う相手は、どうやら燎琉の(おとな)いを予期していたようで、たいして驚くふうもなかった。人好きのする笑みで燎琉を迎え入れると、すぐに榻から立ち上がる。 「で、何の用だ? また私のお忍びでの都城(まち)歩きにでも付き合ってくれるつもりで来たのか? ん?」  続くのは、いかにも(とぼ)けた口振りでのそんな言葉である。 「叔父上」  燎琉はむっとくちびるを引き結び、(とが)める口調で言いながら、ちらりと相手を()めつけた。  燎琉の鋭い視線を受けて、鵬明は、くすん、と、肩をすくめて見せる。 「冗談だ。そう尖るなよ。――来い。瓔偲(えいし)は西廂房(しょうぼう)にいる」  そう言うところをみるに、鵬明にはどうやら、こちらの用向きもすでに伝わっていたものらしい。そう言うや否や、叔父は燎琉の前に立って、房間(へや)を出た。  どうやら自ら郭瓔偲のいるところまで燎琉を案内してくれるつもりのようだ。 「ちょっと……叔父上!」  心の準備をするよりも前に郭瓔偲に対面させられることになりそうで、燎琉は戸惑った。慌てて鵬明を追って院子(なかにわ)へと下りつつも、叔父を呼びとめるようにその背に声をかける。  すると鵬明は、立ち止まったりはしないままで、ちら、と、こちらを振り向いた。 「あ? なんだ、燎琉。これから伴侶(つま)になる相手の顔だぞ。ふつう、一刻も早く拝みたいだろうが? だから、この私は、気を利かせてやっている。期待しておけ、瓔偲は美人だぞ」  最後はからかうようにそんなことを言った。 「期待って、何を莫迦(ばか)な……!」  燎琉は叔父の言に口を曲げて反論する。 「伴侶(つま)と言いますが、あれは事故です……俺が望んだ婚姻でもないのに」  そう言い訳でもするようにつぶやくと、ふん、と、鵬明は鼻を鳴らした。 「だが、皇族の結婚なんぞ、(はな)からそんなもんだろうが」 「いい年齢(とし)をして独身(ひとりみ)を通している叔父上にだけは言われたくない……!」  眉を寄せて文句を言ったら、たしかにな、と、鵬明はからからと笑った。  皇弟・鵬明はすでに三十路を越えているが、好色の遊び人との風聞の一方で、いまだに妻帯はしていない。縁談が持ちこまれなかったわけではないだろうから、どれにも(うべな)うことのないままに、今に至っているということなのだろう。  鵬明の母はいまの皇太后、その母親の実兄、すなわち母方の伯父は門下侍中――いわゆる宰相職――という要職に就いている。婚姻によって下手に権門家と結びつき、皇帝に野心を疑われたくないという思惑もあるのかもしれないが、と、燎琉はちらりと叔父の精悍で整った横顔を見た。  そう思えば、叔父が独身であるのもまた、皇族ゆえのままならなさの、ひとつのあらわれなのかもしれない。  燎琉の視線に気づいたのかどうか、鵬明がふとこちらを見た。  その口許に、わずかに微苦笑めいた笑みが浮かぶ。 「災難なのはあれ……瓔偲にとっても、同様だ。まあ、そう言ってやるな」  部下を(おもんぱか)る言葉と共に、鵬明は院子(にわ)から西廂房へと続く(きざはし)を上がっていった。  そしてそのまま、わずかの躊躇(ためら)いもなく、房間(へや)の正面の扉を押し開ける。 「瓔偲……お前のつがいが来たぞ」  そんなことを言いながら、鵬明はつかつかと房間へ足を踏み入れた。 「叔父上……!」  鵬明の発言を(とが)めるように相手を呼びつつ、後に続いた燎琉は、扉のところで顔を上げた刹那、思わず、はたりと足を止めていた。 「あ……」  呆然とつぶやいたきり、言葉を失ってしまっている。  この西の堂宇(たてもの)を、鵬明はどうやら、殿舎で仕事をする際の書房として用いているらしい。扉を開けた先の房間(へや)には、巻帙(かんちつ)の積み上げられた書架があり、その前には、書卓が据えられていた。  漏窓(すかしまど)から、明るい昼の陽脚が射し込んでいる。  房内に射す光の中、ぽかりと出来た光溜まりで、書卓について書き物をしているらしいひとりの青年がいた――……鵬明の呼びかけに応えるように顔を持ち上げた彼の、その、端正な容姿は、どうだ。  白い(はだ)。整った目鼻立ち、薄く形のよいくちびる。背に流れる(つや)やかな黒髪。  長い(まつげ)が縁取る目許は涼やかで、すっと伸びた背中が、澄んだ、(りん)とした雰囲気を(かも)していた。  まるで一幅の()だ――……それも、名匠の描いた、うっとりとするほどに見事なそれ。  そのときの燎琉は、数瞬の間、(まばた)きも忘れて相手を見詰めていた。  ふわり、と、かすかに清冽な百合の香を()いだ気がする。  書卓の前に端坐する姿に見惚(みと)れること数刹那、まるで燎琉(りょうりゅう)のその視線に気が付いたかのように、ふいに、整った美貌が、すうっと燎琉のほうを向いた。  理知の光を宿した黒眸が、こちらへと真っ直ぐに据えられる。はた、はたり、と、相手は黙ったままで、ゆっくりと(またた)いた。 「(かく)瓔偲(えいし)」  燎琉は意味もなく相手の名を呟いていた。  互いに初対面ではない。なぜなら、いま目の前にいる相手こそは、七日前のあの日、燎琉が()(いだ)いた相手だったからだ。  けれども、その時、燎琉は発情状態だった。熱に脳内を侵されていたためか、記憶はひどく曖昧(あいまい)だ。  郭瓔偲が――自分が狂おしく求め、つがいにまでなったはずの相手が――いったいどんな容貌をしていたのか、燎琉はまるで覚えてはいなかった。そんな己を、いま改めて意識させられていた。  これが郭瓔偲――……燎琉のつがい。  そして、こののち、妃として、伴侶(つま)として、迎えることになる相手なのか。  互いに視線を絡めあったままのほんの数瞬は、けれども、まるで時が止まったかのように感じた。  だが、息を呑むような時間は長くは続かなかった。瓔偲がすっと立ち上がったからだ。燎琉は思わず身構えるかのように身体を固くしていた。 「鵬明殿下」  が、案に反して、やわらかに響く声がまず呼んだのは叔父の名だ。 「収支が合わぬと(おおせ)せの資料を、いまひとたび調べてみておりましたが、やはり、吏部(りぶ)ですね。吏部の支出が、ここ数年、わずかずつですが多くなっている。計算が合わぬのはそのせいかと……早々に、吏部(りぶ)侍郎(じろう)にでも問い合わせたほうがよろしいかと存じます」  彼は、いかにも凛とした声で、(よど)みなく口にした。  瓔偲(えいし)の口から滔滔(とうとう)と語られたのは、どうやら、戸部(こぶ)の仕事に関する話のようだ。意外な成り行きに、燎琉(りょうりゅう)は虚を突かれた。  しかし、瓔偲と鵬明との関係を思えば、彼の口から出た文言も、ある意味、当然のものなのかもしれない。  鵬明(ほうめい)は現在、戸部の員外郎(いんがいろう)――国家の財務を(つかさど)る部署の、員外郎とは第四席の役職である――として、国府に勤めている身である。そして、郭瓔偲は、その鵬明の直属の部下なのだと燎琉は聞いていた。  だから、いま目の前で繰り広げられた遣り取りは、きっと彼らにとっては日常のそれそのもの。別段、何も奇異(おかし)なものではなかったのだろう。  だが、燎琉との婚姻が内々に決まり、叔父の預りとなっている人物が、まさかそこでいまなお職務に当たっていようとは、燎琉は欠片(かけら)ほども想像していなかった。だから、正直、面食らってしまったのだ。  しかし、そんな燎琉の様子を、瓔偲は――すくなくとも表面上は――気にするふうもない。書卓の端にあった一冊の帳面を、白い手指で、流れるように優雅に持ち上げた。  すらりとした立ち姿が、そのまま、ゆっくりと叔父のほうへと歩み寄ってくる。  彼が(まと)っている深衣(きもの)が、その歩みに合わせて、さらさらと(きぬ)()れの音を立てた。  また、ふわり、と、百合の香が辺りに漂ったような錯覚を覚える。  それに(くら)まされるかのように、燎琉は瓔偲が帳面を鵬明に手渡す様子を、ぼう、と、眺めていた。 「瓔偲」  鵬明が部下を呼ぶ。  その叔父の声で、燎琉もはっと我に返った。  気づけば鵬明が、彼の隣に立つ燎琉のほうへと視線をくれていて、瓔偲にもまたこちらを向くよう促していた。  燎琉と瓔偲は再び正面から向き合うことになる。  物怖じすることなく真っ直ぐに燎琉を見詰めるその黒曜石の眸は、燎琉より、ほんのわずかばかり低い位置にあった。  姿態は細いものの、決して頼みないというほどではない。白い(まぶた)の下には意志の強そうな黒眸がのぞいていたが、それは不思議ときつい印象を与えなかった。  だからだろうか、瓔偲の双眸を燎琉は思わずじっと覗き込んでいる。  静かで、澄んでいて、とてもきれいだ。  もの言わず燎琉に注がれる視線を受け止め、こちらも彼を見詰め返しているうちに、またしてもぼうとなっていた。  無意識のうちに、ふらり、と、手が持ち上がっている。気づけばそれを瓔偲のほうへと伸ばしている。白い頬に手指が触れた瞬間、ひやり、と、意外な冷たさに、燎琉ははっとした。  慌てて、手を離す。 「す、すまない……その」  なぜそんなことをしてしまったのか、自分でもわかりかねて、気まずさから目を逸らす。瓔偲は、いえ、と、こちらの動揺がかえって恥ずかしくなるくらいに平坦な声で応じた。 「瓔偲、こいつは陛下の第四皇子・朱燎琉だ」  鵬明が瓔偲に告げる。 「内々に話しておいたあの件だ。――さあ、(ひざまず)いて……陛下の聖旨(せいし)()けなさい」  鵬明に促された瓔偲は、躊躇(ためら)う素振りもなく、言われた通りに燎琉の前に膝をついた。  深く(こうべ)を垂れる相手の姿を目にして、ようやく、燎琉はここへ来た目的を思い出す。  そう、いま自分は、皇帝の聖旨を――自分たちふたりの婚姻に関する勅を――授けるために、瓔偲のもとを(おとな)っているのだった。  そう思い、やや焦りつつも(ふところ)から(きら)びやかな(にしき)張りの台紙に挟んだ書を取り出した。  (ひら)けば、力強い墨の跡が目に入る。そこには、形式に(のっと)った文言が(つづ)られていた。 「天命を()けて勅を下す。――戸部(こぶ)書吏(しょり)・郭瓔偲は、品行方正にして職務にも忠実である。国への献身の(はなは)だたるによって、ここに、第四皇子・朱燎琉の妃として、これを封ずるものとする……欽此(これをつつしめ)」  燎琉は聖旨を形通りに読み上げる。読み終えた書を台紙に挟み直して差し出すと、(ひざまず)いて首を垂れたままの体勢で、瓔偲は両手を前に出した。  そこに書を載せてやる。相手は(うやうや)しく、それを押し(いただ)き、そのまま、深々と拝礼した。 「聖恩に感謝いたします」  これもまた形式の通りに返された言葉だ――……けれどもその声には、いったい、どんな感情が宿っていたものだろうか。 「……立て」  燎琉は叩頭したままで動かない相手に声を掛けた。無意識に手を貸そうとしていたが、自分のその行動に戸惑って、慌てて出しかけた手を引っ込める。  そんな燎琉の動揺に気づいているのかどうか、瓔偲は顔色ひとつ変えぬまま、結局は自分ひとりですっと立ち上がった。  また相手の黒眸が燎琉を真直ぐに見詰める。はた、はたり、と、相手が緩慢(かんまん)(またた)く様から、なぜだか視線を外せなかった。  しばらく互いに見詰め合うふうになったが、やがて瓔偲が、ほう、と、息をついた。  ふ、と、またかすかに百合が香ったようだ。 「……あ」  燎琉はちいさく声を上げている。  けれどもそれは、まるで意味を成さぬ溜め息のような声でしかなかった。  どうしていいかわからぬままに立ち尽くしていると、そんなこちらの様子を見ていた叔父の鵬明が――いったいどういう意図のそれかはわからないが――くつくつ、と、喉を鳴らした。 「なんだ、己のつがいに、いまさら一目惚()れでもしたのか、燎琉」  こそ、と、こちらの耳許に囁きかけてくる。 「っ、そんなわけが……!」  燎琉はややむきになって反発したが、鵬明はくつくつと喉を鳴らすばかりだった。 「冗談はさておき……なあ、我が甥どの」  叔父は改めてこちらを呼ぶ。 「椒桂殿(そちら)で用意が調(ととの)えられるなら、このまま瓔偲を連れて帰らないか?」  唐突にそんなことを言った。 「え?」 「なに、発情期も終わったことだし、別にいいだろう。こっちとしては、いつまでも他人(ひと)のつがいを預かっておくのもなんだしな」 「は? いや、そんな急に言われても……!」 「これの生活は、この先、がらりと変わる。早く慣れさせてやってほしいが、いかぬか。――ああ、ちなみに、心配せずとも陛下の許可は下りているぞ。私が取りつけた」  最後にはそう逃げ道を(ふさ)ぐように告げられて、燎琉は叔父の用意周到がいっそ憎らしくなる。が、それよりもなによりも、戸惑いが大きかった。  もちろん、椒桂(しょうけい)殿(でん)のほうの用意なら――多少の無理をすれば――調わぬことはないだろう。けれども、燎琉の心の準備のほうが、いまはまだまるで整えられていないのだ。  なんだろう――……奇妙に胸がざわついている。  目の前に立つこの人を、このまま、我が殿舎に迎え入れる。やがて伴侶(つま)になる人物として。いまやすでにつがいである相手として――……それが現実だという感覚を、まるで持てなかった。  しかし、うらはらに、そうと考えるだけでも妙にきもちが(たかぶ)ってくるのだ。  いったい、これは、なんだろう。なぜなのだろう。  相手の顔をまともに見ていられない。それでも相手の反応は気にかかるから、ちら、と、覗き見るように瓔偲のほうを(うかが)った。  その瞬間、燎琉の視線に気づいた瓔偲がこちらを見る。  その彼の口許(くちもと)が、ふわ、と――まるで春先に花の(つぼみ)がそっと(ほころ)ぶときみたいに――ゆるんだ。 「殿下のお邪魔をせぬよう、努めます」  やわらかな声音が、そんな言葉を(つむ)ぎ出す。  一拍遅れて、燎琉は相手がこちらに向けてちいさく笑んだのだと気がついた。  胸の奥が、ことん、と、奇妙な鼓動をひとつ刻んだ。  これはなんだ、と、また焦って視線を逸らした。 「益体(やくたい)もない我が身ではございますが、どうぞ(よろ)しくお願いいたします……燎琉殿下」  瓔偲は深々と頭を下げた。そのとき、さらりと黒髪が流れ、白い(うなじ)(あら)わになる。  そこに、ふと、生々しい()(あと)が――燎琉が彼をつがいにしたその証が――のぞいた。  それが視界の端を掠めた刹那、同時に、気高く上品な百合のような芳香が(ただよ)い、そっとこちらの鼻腔を(くすぐ)った。

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