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六章 第四皇子、白百合に冀う。(2)

「しかし、俺だって瓔偲(えいし)の匂いを……」  燎琉(りょうりゅう)が戸惑いつつ口に出すと、(しゅう)太医(たいい)は頷いた。 「そう、瓔偲さまの匂いを感じ取られているのは、殿下も同じ……瓔偲さまが内殿で毒杯を(あお)って倒れられた折、殿下はおっしゃっいましたな。白百合の香が消えていない、だから瓔偲さまはまだ生きておられる、と……それでこそ、このじぃの処置がかろうじて間に合い、瓔偲さまはお命を繋がれたわけですが……それはつまり、殿下も瓔偲さまの芳香を(つね)日頃から感じ取っておられた、と、そういうことでございますな」  周太医に確認されて、燎琉は、そうだ、と、頷いた。  白百合のゆたかで高貴な香、瓔偲の香り。やさしいその芳香を、燎琉は瓔偲を迎えてから、幾度もかいできた。  だが、これまで、そのことをとくべつ不思議に思ったことはない。瓔偲が燎琉のつがいになったからなのだろう、と、単純にそう考えるだけだった。  けれども、そのことに何かがあるのだろうか。 「じぃ?」  燎琉が(いぶか)るように呼ぶと、周太医は、うむ、と、ひとつ重々しくうなずいてみせた。 「殿下……いま申しました通り、いくらつがい同士といえども、普通は、発情期でもないのに互いの芳香を感じ取ったりはしないもの」 「だが、俺と瓔偲は」 「さよう。もしも何もない普段から、おふたりが互いの匂いを感じておられるのだとすれば……それは、おふたりが特別な関係だからにございます」 「特別な、関係……?」 「天の定めし、〈魂のつがい〉と、そう呼ばれるもの」  百合の香と、桂花の香。  自分たちは、天の定めた宿命によって出逢い、つがった――……魂のつがい。 「魂の、つがい……」  周華柁の言葉を鸚鵡(おうむ)返すように呆然とつぶやいて、燎琉は、ほう、と、息をついた。 「さようにございます、殿下」  老太医はまた、ひとつ大きくうなずいた。 「出逢った瞬間から互いに強く惹かれ合うことを宿命づけられたつがい……古来より、文献には記述がありますものの、このじぃも、実例に出くわすのは初めてにございます」  それほどに稀なものではあるが、ふたりはその魂のつがいに違いない、と、周華佗は確信を持って断言した。 「魂のつがい」  自分たちの間柄(なか)は特別なもの、と、燎琉は事実を噛み締めるようにゆっくりとつぶやきつつ、腕の中にいる瓔偲を見詰めた。 「そん、な……わけ……ありません。わたしなど……」  そんなわけがない、と、周太医の言を受けても、瓔偲はまだ聞き分け悪く(かぶり)を振った。宿命づけられた関係なのだと聞いてなお、自分が燎琉の傍らにあることを、彼は頑固なまでに受け入れようとはしなかった。  その姿はいっそ呆れるほどに(かたく)なだ。  けれども燎琉には、瓔偲がどうしてそんなふうな態度を取り続けるのか、いまはもうわかるような気がしていた。  自分たちは特別なつがい。  どうしようもなく互いに惹かれあう――……ならば、燎琉が瓔偲を手放しがたく思うのと同じように、瓔偲とて、きっとそうなのに違いない。彼の本能は燎琉を求め、傍にいたい、と、無意識に望んでしまう。  だからこそ瓔偲は、いま、燎琉に惹かれるその想いと、燎琉のためには自分ではいけないという思いとの狭間で、心引き裂かれそうになって、苦しんでいるのだ。  それなら、燎琉が出すべき結論は、もはやたったひとつだった――……その唯一の道をゆく決意を固める。その意志は、静かに、けれども高い温度で(さか)り立つ、青い(ほむら)のようなものだ。  燎琉は瓔偲の手をしっかと取った。 「瓔偲」  真っ直ぐに相手に呼びかける。すう、と、息を深くまで吸い、ゆっくりと吐き出すと、燎琉は瓔偲の涙に濡れた黒い眸をじっと見詰めた。 「(とう)国第四皇子・(しゅ)燎琉(りょうりゅう)は、そなたを……(かく)瓔偲(えいし)を、我が(きさき)に望む」  真摯に、愚直に、(こいねが)った。  言った瞬間、瓔偲は燎琉の顔を見ていっぱいに目を瞠り、息を呑んだ。燎琉は瓔偲を真っ直ぐに見据えたままで言葉を継ぐ。 「俺の、妃になってほしい、瓔偲。父帝の勅命など関係ない。これは俺自身の意思だ。俺は、俺の意思で……いまお前に、あらためて求婚する」 「で、も……」  いけません、と、それでもなお瓔偲は首を縦に振らなかった。 「瓔偲……!」  燎琉が迫るように相手の名を呼んだときだ。 「取り込み中のようだが、少々邪魔をするぞ」  ふいに折扉(とびら)のほうから声が聞こえた。振り向くと、いつの間にかそこには、開け放たれた扉に背を預けるようにして、鵬明(ほうめい)が立っている。 「叔父上」  振り向いた燎琉の視線を受けた叔父はちらりと口の端を持ち上げ、人を喰ったような笑みを浮かべつつ、つかつかと房間(へや)の中へと歩み入ってきた。 「殿下」  皓義や周華柁(かだ)は、それぞれ皇弟(おうてい)に対し頭を下げ、礼の姿勢を取る。 「ああ、楽にしろ」  鵬明は軽く手を振ってそう言うと、燎琉と、それから(とこ)についたままの瓔偲とを交互に見て、おもむろに口を開いた。 「諸々(もろもろ)(あと)処理に目処が立ったので報せに来た」 「と、いうと?」  燎琉が訊ねると、相手はこれ見よがしの溜め息を吐いて見せた。 「燎琉、我が可愛い甥御どの。お前はまあ、莫迦(ばか)のように真正面から皇帝に逆らいおって……今後、冷遇されても知らんぞ」  鵬明のその言葉に、は、と、息を呑んだのは臥牀(しんだい)の瓔偲である。 「鵬明さま、どうか……陛下に、お取りなしを。殿下には、陛下への叛意はありません。すべて……わたしが、悪いのです。ですから……」 「なにを言う! お前にどんな非が……」  燎琉が瓔偲を咎め立てるような声を上げると、それを見た鵬明が刹那、目を(すが)める。やがて叔父は、くつりと喉を鳴らした。 「まあ、ふたりとも、そう慌てるな」  くすん、と、肩を竦める。 「冷遇というのは冗談だ。そも、燎琉を冷遇などと、あの皇后がさせるものか。――ま、さすがにしばらく立太子の話は先延ばしにはなろうがな。完全に芽が摘まれたわけではないから安心しろ」  鵬明は瓔偲に向かって笑んでみせた。 「さて、本題だが。陛下が門下(もんか)侍中(じちゅう)(はか)って、結果、事案の裏にいたと(おぼ)しき(そう)吏部(りぶ)尚書(しょうしょ)(ばん)尚書令(しょうしょれい)は、それぞれ次の除目(じょもく)太傅(たいふ)太師(たいし)に叙されることになった」  言いながら、鵬明は、に、と、口の端を上げる。叔父が可笑しそうに笑う意味は、燎琉にも十二分に理解された。  なにしろ太傅も太師もともに名誉職である。(とう)国ではこれまで長く空位となっていた官職だった。  位ばかりは高いものの、(まつりごと)の実権は一切ない職位に敢えてふたりを就けるというのは――権門の家柄に一応の配慮はしつつも――政の表舞台からの、事実上の追放といえた。 「それから(そう)清歌(せいか)だが。これは我が母が……皇太后が、しばらく下働きの女官として使うそうだ。数年はこき使ってやるからまかせておけ、と、母上はそう仰せだったが、まあ、実際にそうなるのだろう」 「そうですか」  かつては夫婦(めおと)になることも考えた少女の顛末に、燎琉はやや複雑な気持ちになった。  もちろん、彼女が瓔偲に為したことを思えば同情してやる謂われなどはない。だがそれでも、なんなく憐れなような、言葉にしがたい感情が湧くのを禁じ得なかった。  こちらの表情から、そうした心情を読みとったのか、鵬明は呆れたふうに息を吐いた。 「憐憫などは要らぬ世話だぞ、燎琉。そも、因果応報、自業自得なのだからな」 「ですが」 「まあ、煌泰(おうたい)にすこしでも清歌への情があれば、どんな方策(ほう)を使ってでも救い出すだろうさ。とはいえ、どうかな……今度のことで、あれは即座に内定していた婚約を白紙に戻したようだから」  あまり期待できないかもしれない、と、鵬明は言外にそう告げて、皮肉めいた笑みを見せた。 「それでも後はあのふたりと、それから万家と宋家との問題だ。私たちの出る幕ではない」  鋭く息をはいての叔父の言葉に、燎琉はわずかに眉根を寄せつつも、はい、と、短く頷いた。  叔父の見せる厳しい表情は、燎琉らが巻き込まれた今度のことが、(まご)うかたなき権力闘争であったことを実感させる。甘い綺麗事ばかりでは済まないのだ、と、燎琉はくちびるを引き結んだ。 「それよりも、燎琉」  そこで鵬明は、じっとこちらを見ると、今度は違う話題を振ってきた。 「お前が瓔偲を娶るのなら、繍菊(しゅうぎく)殿(でん)には華轎(かご)を出す用意がある。皇太后の許可ももらったことだし、瓔偲は私の養子格としてお前に嫁がせよう。――どうだ?」  燎琉は叔父の言葉に目を瞠った。  もちろん、皇弟の鵬明が瓔偲の後見(うしろみ)になってくれるというのなら、これは願ってもないことだ。わたしなど、と、度々自らを卑下するようなことを口にする瓔偲の心の荷も、これですこしは降りるだろうか。  燎琉は表情を明るくして、臥牀の相手を見やる。しかし、案に反して、瓔偲はまだ硬い表情をしていた。  その瞳は、鵬明を真っ直ぐに見返している。 「皇弟殿下のお心遣いは誠に勿体なくは存じますが、わたしには第四皇子殿下に縁付くつもりはございません」  敢えてなのだろう、瓔偲の言い方は、ひどく他人行儀なそれだった。 「ほう、珍しく随分と(かたく)なではないか、瓔偲」 「いつもどおりです」 「はは、そうかな。最初に燎琉とのことが内定したときは、お前、唯々(いい)諾々(だくだく)とそれに従ってみせたではないか。それを、それこそ此度は、なぜそこまで頑固に拒む?」  あのときといまとで何が違うのだ、と、鵬明は瓔偲の顔を窺うように覗き込む。瓔偲は柳眉を寄せて、かすかに俯いた。 「べつに……」 「答えられぬか? ならば、私が代わりに教えてやろうか?」  に、と、叔父は人を喰ったような笑みを瓔偲に向けた。  そのまましばらく、鵬明(ほうめい)瓔偲(えいし)とは、じっと見合っている。瓔偲が答えあぐむうちに、鵬明は言葉を続けた。 「簡単なことだ。お前の心情が変わったのさ」  叔父は、ひょい、と、肩をすくめる。 「お前が燎琉に特別に想いを寄せるようになったから……俗な言い方をするなら、愛したからだろう? その未来を守りたいと、切実に願うほどに。ちがうか、瓔偲」  目を細めた鵬明にそう迫られ、弾かれたように瓔偲は顔を上げた。黒曜石の強い眸で、鵬明を鋭く見返す。 「……ちがいます」 「は、ちがうものか」 「ちがいます……!」 「頑固者め」  言い張る瓔偲を前に、ふ、と、呆れたように鵬明は息をついた。 「諦めろ、瓔偲。諦めて、認めてしまえ。――お前と燎琉との出逢いは、天の定めだろうに」 「……魂のつがいなど、単なる迷信かもしれません」 「ちがう。私が言うのは……威水(いすい)のことさ」  鵬明が口にすると、瓔偲がはっと言葉を呑んだ。  そのまま眉をひそめて黙り込む。 「威水?」  突然出てきたその言葉を怪訝に思って、燎琉は叔父を見た。 「威水がどうかしたのですか」  それは、燎琉がいま(つつみ)の普請を任されている、南部の大河である。それが瓔偲と何の関係があるのか、と、燎琉は叔父に眼差しで問いかけた。 「ああ、やはり話していなかったか」  鵬明は呆れ顔で瓔偲を見やったが、その視線はすぐに燎琉に向けられる。 「しかし、お前もお前だ、燎琉。私はお前にちゃんと教えてやったはずだぞ。瓔偲は(てん)威原(いげん)県の出だ、と」 「威原って……まさか、威水のほとりなのですか?」  たしかに威原県は、そのほぼ中央を、東西に威水が流れている場所だ。もと威水の氾濫原であることが、その名の由来だとも言った。  だが、一県は広い。威原県の出であるとはいえ、それが必ずしも威水の流域とは限らなかった。が、瓔偲の出身を聴いたときに、そこを繋げて考えてみなかったのは、あるいは迂闊(うかつ)と言われても仕方がないことかもしれない。 「甜州威原県、威水のほとりの(むら)で、瓔偲は生まれた」  鵬明が改めてそう口にした。 「数年に一度は堤を決壊させ、氾濫を繰り返してきた暴れ河、威水。氾濫のその度に失われる農地、家畜、家、そして人……それに胸を痛め、何とかしようにも、しかし治水は国の権だ。だから瓔偲は、国官を目指した。――そういうことであっているな?」  最後の言葉だけは、叔父は溜め息をつくようにして瓔偲に視線をやりつつ言った。が、それでも瓔偲はまだ口をきかない。 「燎琉だったのは……ほかでもない、威水の案件を預かる者に縁付くことになったのは、瓔偲、お前の宿命(さだめ)だったのだろう。あるいは、たとえ今度のことがなかったとしても、お前たちは遠からず出逢い、惹かれ合っていたのかもしれない」  叔父は静かに言うと、瓔偲を見て、それから燎琉に眼差しを向けた。  知らされた事実に胸が詰まって、燎柳は言葉もない。そんなこちらの肩を、鵬明は、ぽん、と、軽く叩いた。 「さて、私が出しゃばるのはここまでだな。燎琉、後はお前が説得しろ。私は帰る。――ああ、瓔偲、華轎(かご)は抜かりなく用意しておくから安心しろ」 「っ、鵬明殿下!」 「素直になれ、瓔偲。お前が素直をさらすことを、燎琉は喜ぶだろう。それにな、お前ひとりを抱え込んで、そのせいで(つぶ)れるほど、燎琉はひ弱ではないと、信じてやれ。――お前のつがいを、お前がいちばんに信じてやらずに、どうするんだ」  な、と、諭すようなやさしい口調でそう言われ、瓔偲は返す言葉を失うようだ。それを見た鵬明は頬をゆるめ、ではな、と、(きびす)を返した。  瓔偲はといえば、そんな鵬明の背を見送ることもなく、黙ったまま、眉根を寄せて苦しげな表情で俯いてしまった。 「瓔偲……」  燎琉はかけるべき言葉を迷った。どんな言葉が瓔偲に届くのだろう、と、相手の表情を見詰めながら考えた。  やがて意を決し、ひとつ深呼吸をする。 「瓔偲」  今度は強い口調で相手の名を呼んだ。  瓔偲が顔を上げ、黒曜石の眸がこちらを向く。燎琉は瓔偲の手を取って、その眸を真っ直ぐに見据えながら、言葉を継いだ。 「お前が、俺を皇太子位に近付けるそのために身を引くというのなら……いや、引かねばならぬのだと、そう己を抑えているのだとしたら、俺はお前に、そんなことをしてほしくない。させたく、ない」  理不尽な我慢はさせてくないんだ、と、燎琉は真摯に伝えた。 「お前はずっと、()性であるがゆえに、いろいろなものを諦め、無意識に自分の想いを押し込めながら生きてきた。そう生きることに、慣らされてきてしまった。でも、そんなのは、ちがう。俺は、ちがうと、思う。いつまでもそんな世の中であっていいはずが、ないんだ。だから……」  現皇帝がすでに、癸性の者の解放を謳ってはいる。だが、その施策はまだ道半ばだった。人々の心に巣食う偏見は根深い。  当の瓔偲ですら、癸性だということから生じる(くびき)に、知らず知らずのうちに繋がれてしまっている。だからこそ、時に、己を不当に軽んずるような発言をする。  病根は深く、簡単には取り去りがたい。  けれども、だからこそ、燎琉には為すべきことがあるように思われた。 「俺はお前を娶り、その上で……皇太子を、目指す」  燎琉が己の中に生じた決意をそう口に出すと、瓔偲は目を丸くして息を呑み込んだ。  言葉を失う相手に、燎琉はそっと目を眇めて語りかける。 「俺は、いつかお前を、この国で初めての癸性の皇太子妃に、そして……皇后に、する。必ず」  強い口調できっぱりと言い切った。 「道は遠い。たぶん、果てしなく。でも、俺はその道を……お前とともに歩みたいんだ、瓔偲。だから、俺と……結婚してほしい。どうか、俺の求婚を承けてほしい」  たのむから、と、燎琉は泣きそうに眉根を寄せながら言った。  己が行こうとする道は瓔偲にもまた並みならぬ覚悟を強いるもので、それを望む以上、もはや燎琉に出来るのは、ただそんなふうに、真摯に瓔偲に(こいねが)うことだけだった。  燎琉に手を取られたまま、瓔偲は身を固くしていた。虚空(くう)に視線を彷徨(さまよ)わせ、なにかを言いかけ、けれども黙る。それを繰り返す。柳眉をきつくひそめ、くちびるを引き締めていた。  しん、と、房間には重たい沈黙(もだ)(こご)る。  瓔偲が戸惑いを滲ませて、はたり、はた、と、(またた)く間、燎琉はずっと祈るような想いで相手の言葉を待っていた。 「――瓔偲さま」  だが、その静謐を破ったのは、ふたりとは別の声だ。声を上げたのは、幼い頃から燎琉の傍にいる皓義だった。 「僕から、ひとつだけ、いいでしょうか」  燎琉の幼馴染でもある侍者は、苦笑するような顔つきで、ゆっくりと瓔偲に語りかける。 「えっとですね、うちの殿下は、実は、とても夢見がちでいらっしゃるんですね。政略結婚は幼い頃より覚悟なさっていたけれど、その相手を、出来れば愛し、相手に愛され、そんなふうでありたい、と……殿下はずっと、願っておられた。莫迦みたいに夢見がちでしょう? 僕なんかは笑ってしまうんですが」  そう言うと、ちら、と、燎琉を見て、それからまた瓔偲のほうへ視線を送った。 「でも、もしも、あなたさまが相手なら……すくなくとも、結婚相手と相愛でありたいという殿下のささやかな願いだけは、叶うと思うんです。だから……殿下の従者として、兄弟のように生い立った幼馴染として、殿下のしあわせを願う者として、お願いします。ぜひとも、殿下の求婚を()けてください。勝手なお願いとはわかっていますが、どうか、お願いします」  皓義は言って、瓔偲にむけて深々と頭を下げた。  皓義の言葉を聞き終えた瓔偲は、窺うように燎琉の顔を見る。燎琉も瓔偲を真っ直ぐに見詰め返した。 「どうか、俺の妃に……(うん)と、言ってくれ」  眉根を寄せ、もう一度そう乞う。  瓔偲は再び俯き、黙したままで、はたはた、と、幾度か瞬いた。長い睫が頬に落とす影がかすかに揺れるのは、きっと、彼の最後の逡巡だ。燎琉は瓔偲の手を強く握ったままで、彼の(いら)えを待っていた。 「好きだ」  告げると、瓔偲ははっと顔をあげた。  見詰め合う。  永遠みたいな沈黙(もだ)(わだかま)る。  やがて、瓔偲の薄いくちびるから、ほう、と、吐息が漏れた。 「殿下」 「……うん?」 「ほんとうに、わたしで……よろしいのですか?」  彼は泣きそうに眉をひそめて言った。 「ばか。お前が、いいんだ」 「でも」 「でもじゃない。お前は俺のつがいだ。唯一無二の。そうだろう? お前がいいんだ。お前に……傍に、いてほしい。――だめか?」  燎琉が訊くと、瓔偲はごくちいさく頭をふった。 「お傍に……おいてください」  ふるえる声が、消えそうなくらい弱々しく、囁くように言った。  その言葉の意味を呑み込んだ刹那、燎琉は瓔偲の身体を掻き抱いていた。 「っ……ありがとう」  相手を強く抱き締め、絞り出すような声で耳許に言う。  瞼がじんと熱い。肩が、声がふるえる。  胸が詰まって、なにかがあふれてしまいそうだった。 「殿下……」  瓔偲もゆるゆると腕を持ち上げ、縋るように燎琉の背にまわしてくる。応えるように燎琉は、ますます力を籠めて相手を抱き(すく)めた。傍では、皓義と周太医とが、ほう、と、安堵めいた息をつくのが聴こえる。  そして燎琉は、清く甘い白百合が、やさしく香ったように思った。

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