今回”チーム佐宗”が担当することになったのは、予算が数千万円規模のプロジェクトだ。 　外資系企業の社内システムで、コンペに参加するのは千冬の会社とあと一社のみ。絶対に勝ち取りたいところだが、ライバルがよりによって業界大手のシステム会社なのだ。 しかもその会社には向かうところ敵なしの優秀なプロジェクトマネージャーがいるという。 千冬自身は運よく今まで対峙したことがないが、先輩たちがコンペに敗れ、肩を落として帰社したのを見たのは一度や二度ではない。 今回の案件が舞い込んできたときも、正直誰も意欲的ではなかった。そこで、社長賞をもらった千冬に白羽の矢が立ったというわけだ。 千冬のチームは部長がプロジェクトマネージャーも兼務していたため、実質今はプロジェクトマネージャーが不在で、千冬にはかなり荷が重かった。 「明日の業務説明会は何人で行くんだ？」 　ミーティング中、サブリーダーの遠藤聖（えんどう　ひじり）がメガネのブリッジを人差し指で押し上げながら尋ねる。千冬より8歳年上で、経験も桁違いだが、サブリーダーという立場に甘んじているのは、契約社員だからだ。会社としても有能なシステムエンジニアを正社員に、と望んでいるのだが、のらりくらりかわされていつも交渉は失敗に終わっている。 「明日は僕と遠藤さんと、あと山城も連れて行こうと思っています」 「えぇぇぇ！？　オレもですか！？」 　千冬から一番遠い席に座っていた山城はいきなりの指名に驚きを隠せなかった。 「今回のエンドユーザは外資系の会社だ。もしかしたら英語が必要になるかもしれない。その時に山城の力を通訳として借りたい」 　山城は外語大の出身だ。履歴書を千冬も見る機会があったが、資格欄に記載された英語関連の資格のスコアはどれも素晴らしかった。 　翌日、業務説明会に足を運ぶと、否応なしにライバル会社の社員と顔を合わせることになった。 「あ、あの人ですよ佐宗さん。向こうのプロジェクトマネージャー」 　一階のエレベーターホールに向かう途中、山城はこっそり千冬に耳打ちした。 　やっぱり、というのが千冬の感想だった。 　今回のプロジェクトのライバル会社こそが、千冬が入社を切に願い、大学4年の時にインターンで1カ月学ばせてもらったお世話になった会社だからだ。そして、その際に千冬の指導をしてくれていたのが、都築恭吾（つづき　きょうご）なのだ。 　「ライバル会社の優秀なプロジェクトマネージャー」と千冬が知っている「都築恭吾」という名が千冬の頭の中ではかなり前から繋がっていた。ただ、その名前を誰かに確認する勇気がなかっただけだ。 　エレベーターホールでエレベーターを待っていた恭吾は、千冬を一瞥するとタイミングよく到着したエレベータに乗り込んだ。 　以前と変わらない深緑色の瞳は、自分の心の奥底までを見透かされているような気がした。 「かっこいいですよねー。都築さん」 　山城がしみじみと言うと、遠藤が疑問を呈する。 「え？　何で名前知ってるんだ？」 「あ、え、えーと……はははは」 　山城が視線を泳がせながら、乾いた笑いを漏らした。 「愚問ですよ、遠藤さん。あながち、入社試験を受けたけど落ちたってことでしょう」 　図星を突かれて、山城は大きな肩をがっくりと落とした。 「さ、僕たちも遅れないうちに行きましょう」 　2人を促しつつ、5年前の記憶と大切な約束を思い起こしていた。