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第3話

 ――5年前。  千冬にとって1カ月のインターン期間は、得るものばかりだった。何より一番の収穫は都築恭吾との出会いだ。この人と一緒に仕事をしたい。この人の下で働きたい。絶対にこの会社に入る、と千冬は意気込んでいた。  最終日の就業後、千冬は手荷物をまとめると喫煙ルームから出てきた恭吾に走り寄った。 「都築さん、1カ月お世話になりました」 「必ずうちの会社に入れよ。その時はみっちり俺が指導してやるから」 「はい! 必ず! 絶対! 何としてでも! 入社してみせますから!」  嬉しそうに微笑む千冬の髪を大きな手でくしゃくしゃと撫で、恭吾も笑った。  180センチ以上ある長身の恭吾を見上げながら、千冬は寂しさを感じていた。  明日からは大学に戻り、恭吾とも会うことはない。 「約束だからな」  真っ直ぐに千冬の姿を映す深緑色の瞳から目が離せなかった。  その後、順調に書類選考から一次面接、二次面接と進み、最終面接を残すのみとなり、千冬の足取りは軽かった。  恭吾と一緒に仕事ができる機会がもうすぐ手に入ると思うと、最終面接の準備に余念がない。  最終面接前日、どうしても恭吾の姿が一目見たくて、明日会社まで行くときのシミュレーションだと自分の心に蓋をして、財布とスマホだけを握りしめ、会社近くのカフェに向かった。  カフェに入ると会社のエントランスが見える位置に陣取り、かなりの時間粘った。さすがにコーヒー1杯で長時間居座るわけにもいかず、何度となくドリンクを注文し、これ以上は飲めないという頃エントランスから、やっとで恭吾が出てきた。  椅子から立ち上がろうとしたとき、恭吾が片手を挙げた。千冬のところからは死角になって見えなかったところから恭吾に近づいて来たのは、髪の長い女性だった。あたりは薄暗くなっていて表情まではわからなかったが、女性は恭吾の胸に顔をうずめ、恭吾はその女性の頭を撫でた。  我に返った時には、すでに恭吾と女性の姿はなく、いつの間にか土砂降りの雨がアスファルトを打ちつけていた。 「帰らないと……」  ポツリと呟き、自嘲するとカフェを後にした。  傘も差さずに、心ここにあらずの状態で歩く千冬は、奇異な姿として行き交う人々の目に映っただろう。  心の奥底にあったのは、恭吾への恋情だったのだと自分に気づかせた。  その気持ちを自覚したのと同時に千冬は失恋したのだ。  翌朝、千冬は最悪のコンディションだった。  熱が39度近くあり、立ち上がるのもやっとだ。喉も痛いし、咳もひどい。雨に打たれたせいで、風邪をひいたのだ。そんな状況でも最終面接を辞退する、という選択肢は千冬にはなかった。  千冬はスーツを着込むと、危うい足取りで駅まで向かった。  徒歩10分ほどの駅が遠い。いつもの倍以上の時間をかけて駅についたころには、千冬は立っているのがやっとだった。  ICカードをバッグから取り出した時に、視界が歪んで膝から崩れ落ちた。  大丈夫ですか、という駅員の呼びかけに反応することもできず、千冬はそのあと救急車で病院に運ばれた。  目覚めたのは最終面接の時間を大幅に過ぎた午後3時だった。スマホを見ると大学の就職支援から何度も着信が入っていた。  恭吾と一緒に働くことはもうない、ということが千冬に突きつけられた現実だった。  それは、恭吾と交わした約束を果たせなくなったことを意味していた――。

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