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第8話

「理由を説明してください!」  千冬は退院したその足で出社し、部長席で淡々と業務を遂行している恭吾に詰め寄った。 「身体はもういいのか?」  パソコンのモニタから視線を上げ、千冬を凝視する。  その姿は玉座に君臨する王のように精悍で孤高だ。  声を荒立てることの少ない、いつも冷静な千冬が部長の机を両手で叩いた。  近くにいた人たちは、何の騒ぎかと千冬と恭吾に視線を向ける。 「質問しているのはこっちです! ちゃんと答えてください!」 「何の理由だ? 俺がここにいることか? それとも佐宗をプロジェクトから外した理由か?」  千冬の剣幕をものともせず、恭吾は聞き返す。 「どちらもです!」 「俺がここにいるのはヘッドハンティングされたからだ。佐宗をプロジェクトから外したのは、自分の健康管理もできない人間に、部下の管理を任せられないからだ。以上」  答える価値もない、と言われているようだった。  恭吾の眼光に尻込みする。 「改めて聞く。身体はもういいのか?」  千冬は短く、はい、とだけ返事をする。  爪が食い込むほど握られた拳をどこにも向けられず、歯を食いしばる。 「ご迷惑をおかけしました」  千冬は姿勢を正し、目を伏せる。  反論ができなかった。何一つ。  恭吾が言ったことは正論だ。  リーダーとして適任ではないと、烙印を押されたのだ。 「そんな言い方はないんじゃないですか!?」  2人の動向を見守っていた遠藤が食ってかかった。 「部長は佐宗がこの3カ月どれだけ頑張ってきたか知らないから、そんな残酷なことが言えるんです」 「知らない? それは違うな。毎回会うたびにやつれていく佐宗をみていたら、どれだけの激務を課せられているか嫌でもわかる。他社の人間でも気づくほどなのに、自社の人間はそれに気づかなかったのか? それとも見て見ぬふりをしたかどっちかだ。後者なら尚更たちが悪い。一番傍にいて、佐宗をサポートしないといけなかったのは、おまえだろう、遠藤。そんな奴が今更よく口を挟めたな」  恭吾が鼻で笑った。  遠藤がさらに何かを言おうとしたとき、千冬が遠藤を制止させるために、遠藤の前に腕を出した。 「遠藤さんは悪くありません。すべては自分の健康管理が不十分だっただけです。お騒がせしました。明日からは通常勤務に戻ります。本日はこれで失礼します」  恭吾に告げると、千冬は目は伏せたまま、一礼し、足早に去った。  一部始終を目撃していた山城が、千冬を追いかける。 「佐宗さん……佐宗さん!」  呼びかけに対して、一向に止まってくれる様子がない千冬に痺れを切らして、山城が千冬の肩を力強く引っ張る。  振り返った千冬の目には涙が溢れていた。 「悪い……一人にさせてくれ……」  涙でくぐもった声に頼まれ、華奢な肩から手を放す。  千冬はエレベーターホールの方向へと姿を消した。  千冬が立ち去ったシステム部のオフィス内では、遠藤が恭吾を睨みつけていた。 「あいつは絶対、俺が守る。おまえには渡さない」  同僚を守るという観点からは、大きく逸脱していた。  遠藤の千冬に対する感情を露わにした態度に、恭吾は冷酷に対応する。 「おまえに佐宗は守れない。俺と同じ土俵に立ちたいんだったら、まずは自分の責任でプロジェクトを動かせるようになってからだ」  格下を見るような蔑んだ目で、遠藤に吐き捨てた。  システム部のオフィスから出ていく恭吾の後ろ姿を見ながら、遠藤は歯ぎしりした。

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