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第11話
8月に入り、遠藤が正社員として正式雇用された。晴れてプロジェクトリーダーとなり、千冬がチームを離れてから空いていたリーダー席に移動した。
システム部の有志で遠藤の歓迎会を開くことになり、あまりアルコールが得意ではない千冬も遠藤に引きづられ、強制参加させられた帰り道。一人で駅に向かう途中、会社の前を通りかかった。
千冬は立ち止まり、ビルを見上げた。
22時を回っていたが、千冬の会社が位置するフロアはまだ電気がついていた。誰かがまだ仕事をしているのだろうか。千冬が少し眺めていると、電気が消えた。
昼間は賑わっているこの場所も、蝉が鳴く声も聞こえず、人気がなくひっそりと静まり返っている。気味の悪さを感じ、帰路を急ごうとした千冬の背後から、静けさを打ち破る声が響いた。
「ねーねー。お兄さん。俺ら遊びたいんだけど、金ないんだよねー。貸してくんない?」
ガラの悪い3人の男が、千冬の周りを取り囲んだ。
半袖から伸びる筋肉質な腕にはびっしりとタトゥーが彫りこまれ、年齢は20歳前後ぐらい。
力では到底かないそうにない。
「ほら、財布出してよ、財布」
「困ります……」
鞄を奪おうとするのを、千冬が必死に拒む。
「財布出せっつってんだろ!!!」
男が力づくで鞄を引っ張り、千冬が反動で転んだとき、車のヘッドライトが千冬たちを照らした。
一瞬目がくらんだ。近くにグレーのレクサスLSが停車する。
「おい! 何をやってる!」
運転席から出てきた長身の人物は、恭吾だった。
「やべっ」
「逃げろ」
千冬の鞄を奪い、男たちが走り出す。
鞄を持った男に数メートル先で恭吾が追いついた。
恭吾に捕まった男を見捨て、他の男たちは散り散りに逃げて行った。
恭吾は男の腕を捻りあげ、鞄を奪い返す。男は顔をアスファルトに押し付けられ苦渋の表情をする。
「いってぇぇぇ。ギブギブ! 俺ら頼まれただけだし! 脅してちょっと怖い思いさせるだけでいいからって! 悪かった!」
「誰に頼まれた! そいつの名前は!」
「し、知らない。さっきまであのお兄さんと一緒にいたメガネの男」
――――――――遠藤だ。
今日は遠藤の歓迎会を開くと聞いていた。恭吾も誘われたが、仕事が立て込んでいることを理由に参加しなかった。参加メンバーの中に、メガネをかけているのは遠藤しかいない。
「失せろ」
恭吾は男を押さえつけていた手を緩める。
男はふらふらと立ち上がりながら、逃げて行った。
「佐宗、大丈夫か?」
恭吾は千冬のところに取り返した鞄を持って走って戻ると、千冬に左手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます……助かりました」
お礼を言いながら、恭吾に助け起こしてもらう。
「送っていく。またさっきの奴らみたいなのに会わないとも限らないから」
助手席のドアを開く。
恭吾の厚意を受け、千冬は助手席のシートに体を滑り込ませた。
恭吾が車を発進させ、車体が見えなくなったころ、物陰に隠れていた遠藤が、姿を現した。
「俺が助けに行く予定だったんだけどなー。あー残念」
そう呟くと恭吾たちの去った方向とは逆に歩いて行った。
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