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第12話
送ってもらった車内で、恭吾に何度も大丈夫かと問われた。
大丈夫だと気丈に答えたが、言葉とは裏腹に手が小刻みに震えた。
千冬は恐怖から鼓動が早く、吊り橋理論というのだろうか、ますます恭吾に対する想いが強くなる。
自分の気持ちを抑え込むのは、もう難しいという判断を下した。
明日、指輪を返そう。そして自分の気持ちを伝えて、すべて終わりにするのだ。
千冬は決心し、ペンを取った。
翌日、朝から久しぶりの晴天だった。
蝉時雨は隣にいる人の声をもかき消すほどの大音声で響き渡る。
「綾に怒られるな……困ったな……。ここだと思うんだけど……今日中に見つけないと……」
ここ数日、空いた時間を見つけては、恭吾は指輪を探していた。
自動販売機の下も、思い当たるところはすべて探したが、結婚指輪の発見には至らず、恭吾は困り果てていた。
捜索を一時中断し、休憩ルームのソファーに座った恭吾に、千冬は歩み寄る。
「すみません、これ、渡しそびれてしまって。部長のですよね?」
「佐宗が拾ってくれてたのか。ありがとう。助かった」
千冬が指輪を渡すと、恭吾は嵌めることなく、ほっとした様子でポケットにしまった。
「部長、折り入ってお話があるんですが……今日の午後、お時間いただけますか?」
「今日の午後は予定は入ってないから、何時でも大丈夫だ。佐宗が都合のいい時間に合わせる」
「ありがとうございます。それでは、会議室の空きを確認して後ほど連絡します」
「わっ。雨降ってきた」
昼食後、会社に戻る途中、雨が降り出した。
傘を持って来ていなかった山城と千冬は、急変した天気に困惑しながら、頭上に手を翳し小走りで会社まで急ぐ。
会社のエントランスに着く直前、突然千冬が立ち止まった。
千冬が直視していたのは、髪の長い女性と談笑している恭吾だった。
「あれ? 都築部長……それに……一緒にいるの……」
山城が女性に目を凝らす。
千冬には見覚えがあった。
まぎれもなく、5年前のあの日、恭吾の会社の前で見た女性の後ろ姿と同じだった。
髪をかきあげた女性の左手の薬指には、恭吾のものと同じデザインのリングが光っていた。
心の奥でなにかが砕け散った。多分自分は今にも泣きそうな顔をしているだろう。
その瞬間、恭吾の視線が千冬を捉えた。千冬は捕食者に魅入られた獲物のように、視線を逸らすことができなかった。
「……ごめん、さっきの店に忘れ物した……」
山城の返事を待たず、千冬は来た道を逆走した。現実から逃げ出したかったのだ。
脱兎のごとく走り出した千冬を、恭吾は手に持った傘も差さずに、全力で追いかけていった。
雨が一層強くなり、山城は慌ててエントランスに駆け込んだ。
さっきまで恭吾が話していた相手、――綾に山城が声を掛けた。
「ご無沙汰してます。綾さん」
「俊ちゃん。お久しぶり。元気にしてた?」
可愛らしい顔立ちの綾は、笑顔で山城に手を振った。
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