10 / 24

Ⅱ 消えた苺

 昼食を終えてカフェ“ルビー”を出た後、エドウィンはユリウスの車に乗せてもらって郊外のアンドルー農園へと向かった。 「……すみません、乗せてもらって。いつも祖父の車で取りに行くのですが、今日はじいちゃん、出掛けていて……」 「気にすることはない。晴れた日のドライブは気持ちの良いものだ」  ユリウスが上機嫌で答える。正確には“晴れた日のドライブ”ではなく“エドウィンを助手席に乗せていること”が嬉しかったのだが。  海沿いの道を走る途中、青空を背景に立つ岬の白い灯台を通り過ぎた。古くからある、街のシンボルとも言うべき灯台だった。 「……今、通り過ぎた灯台、祖父が若い頃、祖母にプロポーズした思い出の場所なんです」 「そうなのか?」 「ええ。……この街のあちこちに、俺や家族の思い出の場所があります。何というか……ハーバータウンは、俺の一部です。あなたもこの街を好きになってくれたら、嬉しいです」  ユリウスと出会って数か月。初めのうちは苦手で遠い存在だと思っていた彼だったが、協力して事件を解決したり、学園祭を一緒に見て回ったりするうちに、いつしかエドウィンは彼を兄のように思い始めていた。  だがもちろん、当のユリウスはそんなエドウィンの『家族のような親愛』を知る由もない。“祖父母のプロポーズの場所”という話題の直後に、彼の一部である街を好きになってほしいなどと言われたのだ。そして今まで何度も彼に好意を伝えている(と思っている)ユリウスにしてみれば、ついに彼が自身の好意を受け止めてくれたと思い、嬉しさMAXになる。  ――? なんかユリウスさん、今日はすごく機嫌が良いみたいな……?  エドウィンは、なぜか目元をこれ以上ないほど優しく細め、口元には微笑みさえ浮かべてハンドルを握るユリウスの横顔をチラリと見て、心の中で首を傾げた。  程なくして、二人はアンドルー農園に着いた。だが……  家の前で待っていたらしいグレアムが暗い顔をしているのに違和感を覚える。 「グレアムさん!」 「やあ、エド。おや? そちらは?」 「友達のユリウスさんです」 「こんにちは。ユリウスです」 「……グレアムだ。よろしく」  ――はて? 立派な社会人に見えるこの青年は、なぜエドウィンと友達なのだろう?  グレアムは不思議に思いながらも挨拶を返した。そして言いにくそうに続ける。 「……実は、困ったことになってのう。さっきアルマから『今から息子がそちらに向かう』と返信をもらって、君に渡す予定のわけあり品の苺を用意しようと倉庫に行ったら、消えていたんだ。確かに昨夜、置いたはずなのに……」 「えっ!?」 「他に被害は?」 「それが……市場に出荷する商品は盗まれちゃいない」  ユリウスが詳しく聞くと、なくなったのはあくまで規格外の果物だけということだった。 「通報するレベルの被害ではないし、どうしたものかと思ってな」 「グレアムさん、差支えなければ盗難現場を見せてもらえませんか?」 「ああ。構わない」  エドウィンのオファーにグレアムは頷き、二人を農園の片隅にある倉庫へと案内した。 「これは……」  グレアムに案内された倉庫の中を見たエドウィンは奥の窓に注目した。 「この低い位置にある窓、開閉が容易な場所だ。そしてこの足跡……侵入者のものでしょう」 「ふうむ……その窓はあまり気に留めてなかったな……」 「この農園はハーバータウンの東端にあります。街から農園に来るには海沿いの道を通らなければなりません。そしてここに来る途中にはコンビニがあり、防犯カメラが設置されているのは誰もが知っています。映るとわかっていて、わざわざこの農園を狙うとは考えにくい」  エドウィンがグレアムに説明し、続ける。 「……となると、自ずと対象は絞られます。コンビニより東側に住む人たち……グレアムさん、近隣の住人について教えてくれますか?」 「近隣の住人といっても……コンビニ以東には一軒も……」  グレアムは少し考え込んでいたが。 「……そう言えば、近くにある道沿いの古い空き家が最近になって、家も身寄りもない障碍者が集団生活をする福祉施設ヴィスタとして改装されたらしい。詳しくは知らんが……」 「福祉施設……」  ユリウスはピンときた。身寄りのない障碍者が社会復帰を目指して共同生活を送る小規模な施設が、最近あちこちに作られているとビジネスの場でも耳にしていた。 「立ち上げ直後の施設は行政の予算も限られており、寄付やボランティア頼みで食糧事情も厳しく、菓子はおろか、果物などの嗜好品を口にする余裕など滅多にないのが実情だと思われます。……そんな施設の人々が果物食べたさについ農場のわけあり品を盗んでしまったという可能性を否定はしませんが、わけあり品“だけ”を盗ったのは、農園に損害を与えるつもりはなかったからでしょう」  ユリウスが自身の見解を述べると、グレアムは少しの間、考え込んでいた。 「ふうむ……そんな苦しい生活をしているヴィスタの人々を、泥棒として警察に突き出すのは忍びないが、このまま見過ごすわけにもいかんしな……」 「彼らに農園の仕事を与えるのはどうでしょう?」 「仕事? ここは老い先短い老人の農園だぞ」  ユリウスの提案にグレアムは眉を顰めた。 「私の知り合いに行政や福祉に関わっている者が何人かいます。彼らに相談し、施設への公的サポートとこの農園での就労支援を組み合わせるのです」 「グレアムさん!」  エドウィンもお願いするように農場のオーナーを見た。 「……そうだな。規格外品の選別や、収穫の手伝いなど、仕事はいくらでもある。彼らは盗みではなく、正当な労働の対価として農作物を受け取れる。……ミスター、お頼みします」 グレアムはユリウスの提案に深く頷いた。頑固一徹な彼だが、人情味は厚い。 「お任せください。早速、話を通しましょう」  ユリウスはすぐにスマホを取り出し、テキパキと各所へ電話をかけ始めた。その堂々とした交渉力と、一瞬で大人の解決策を導き出した手際を、エドウィンはただただ感嘆の目で見つめるしかなかった。  結果、週明けに数人の行政担当者がアンドルー農園に打ち合わせへ来ることになり、一件落着となった。

ともだちにシェアしよう!