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最終話 湖畔の避暑地 Ⅰ 湖畔の避暑地へ

 待ちに待った夏休み。灼熱の太陽が道路に照りつける中、後部座席にエドウィンとマリルーを乗せたライリーが運転する車は一路、湖畔のリゾート地、レイクサイド・クレストを目指していた。そこにあるヴァルム・コンツェルンが所有するホテル・リュミエールで彼ら三人は夏の間、アルバイトをするのである。 「ひゃっほう、山だ山! 建物ばっかの都市部とは全然違うぜ!」 「木々の緑が目に優しく感じるわね。……それにしても、まさかヴァルム・コンツェルンのホテルでアルバイトできるなんて、ユリウスさんには感謝しないと」  ライリーとマリルーは興奮を隠せない様子だった。 「そうだな。ライリーも、車を出してくれてありがとな」  双子は祖父に送ってもらい、大学でライリーと合流して彼の車に乗せてもらっていた。 「いいって! ガソリン代は支給される、って話だし、俺も行くついでだしよ。ところで何て言ったっけ? 俺たちの仕事」 「サマー・パーソナル・サポートスタッフだ」 「略してSPS! いい響きだぜ! 高給だって聞いたし、夏休みでガッツリ稼いでやる! エド、本当に俺まで雇ってもらってサンキューな! ユリウスさんってすげー人なんだろ?」 「ああ、まあ……」  エドウィンは曖昧に応えながら、ユリウスに電話したときのことを思い出した。  ――ライリーのことを話したとき、ユリウスさん、押し黙ってしまったけれど……彼の追加雇用は難しいことだったんだろうか?  だが結局、長い沈黙の後に『君の頼みなら』と承諾してくれたのだが、そのことは今もエドウィンの胸に引っ掛かっていた。 「ええ。ヴァルム・コンツェルンの次期総帥よ。ライリー、失礼のないようにね」 「分かってるって!」  兄の会話を引き取ってマリルーが釘を刺すと、ライリーは答えた。  そして数時間後。陽が西に傾いた頃、車は深い緑の森を抜け、ターコイズブルーの広大な湖の畔に立つ、城のような石造りの巨大なホテルに到着した。  ライリーがホテル裏手の駐車場に車を停めると、三人は荷物をそのままに、とりあえずホテルへと向かった。ユリウスにそのように言われていたからだ。  ホテルのエントランスで三人を迎えたのは、三十代半ばと思われる黒いスーツに身を包んだ女性だった。彼女は聡明そうで隙がなく、三人に緊張感を与える。 「ようこそ、ホテル・リュミエールへ。私はヴァルム・コンツェルン秘書課所属のタビサ=フラトンです。あなたたちの直属の上司となります」  自己紹介すると、タビサは三人をホテルの受付カウンターの奥にあるオフィスへと案内した。そこで彼らにIDカードと制服である白のワイシャツと黒のスラックスを渡し、SPSスタッフの役割を簡潔に説明した。 「あなたたちの役割は長期滞在者を中心とした宿泊客へのきめ細やかなサービス、サポートを提供することよ。夏季はとにかく客数が多いから、通常のコンシェルジュでは対応しきれないの。特に富裕層は、よりプライベートで特殊な依頼をしてくるわ。全てはリゾートのセキュリティ強化と顧客満足度向上のため。些細なことでも、常に私に報告するように」  説明し終えるとタビサは三人を鋭く観察した。ユリウスの推薦ではあるが、なぜキャリアのない学生の彼らを雇うのか、タビサには理解できなかった。 「さて、すぐにユリウス様がいらっしゃるわ」  インカムで彼らの到着を報告したタビサに言われ、三人は姿勢を正して待つ。程なくして、ダークグレーのスーツ姿のユリウスと、シンプルなネイビーのワンピースを着たクラリッサがオフィスへとやってきた。 「三人とも、よく来てくれたね。ライリー君は初めまして、オーナーのユリウスだ」 とユリウスはエドウィンに一度だけ、優しく意味深な視線を向けてから、初対面のライリーに右手を差し出した。 「ど、どうも……」  ライリーが緊張のため、やや引き攣った笑顔でその手を握り返す。 「久しぶりね、エド、ルー。ライリーさんは初めまして。ユリウスの妹、クラリッサよ。クララでいいわ。ようこそ、ホテル・リュミエールへ」 「「お世話になります」」  エドウィンとマリルーが挨拶を返す中、ライリーは初めて会う“上流階級の人間”のオーラに完全に気圧されていた。そんな彼の様子に気づき、ユリウスはライリーの肩を軽く叩いた。 「ライリー君、あまり緊張しなくていい。君には君の役割がある。まずは君たちが滞在する部屋に案内しよう。エドとライリー君は私に、ルーはクララについて来てくれ」  そして三人は兄妹それぞれの後について行った。  エドウィンとライリーがユリウスに案内されたのは、先ほどホテル裏手に駐車したとき見た、二棟の建物のうちの一棟だった。 「ここが従業員の男子寮だ。隣の建物は女子寮。バスルーム、ランドリー、スタッフラウンジは共同。食事はホテル地下の従業員用の食堂でまかないが出るので、通用口から出入りするように」 「「わかりました」」  ――隣の建物が女子寮だというなら、クララさんはルーをそこに案内するはずなのに、なぜ来てないんだろう?  エドウィンは不思議に思った。  次にユリウスは二人を部屋へと案内した。部屋の手前に造り付けのクローゼット、中ほどに二段ベッド、奥にところどころ擦り切れたソファとローテーブルがあった。奥正面にあるテラス窓のおかげで室内は明るい。 「……ここは四人部屋ですか? 他の二人のルームメイトは……」 「ああ、いや。ここは君たち二人で使ってくれていい。私は夏の間はずっとここに滞在するから、困ったことがあればいつでも頼ってくれ」 「「ありがとうございます」」  親切な申し出に二人が礼を述べると、ユリウスが続けた。 「ところでエド、荷解きを終えたら私と……」 「あっ、そうだ! 何か起きたときのために、注意を払うべき長期滞在の宿泊客と他の従業員の方たちを把握しておきたいんですが、そういった情報を知ることは可能ですか?」 「……構わない。タビサには私から伝えておこう」  ユリウスが言いかけたことはエドウィンの思いつきに遮られてしまった。 「仕事は明日からだ。朝九時にはオフィスに出勤しているように」  結局、ユリウスは再び口に出すのを諦め、明日の予定を伝えると行ってしまった。 「四人部屋を二人で使えるなんてラッキーだな! よし、早速荷物を運びこもうぜ」  ライリーはユリウスが去ると本来の彼を取り戻したかのようにエドウィンに言った。  一方マリルーは。 「え……と、ここって客室じゃないですか?」  クラリッサにホテル最上階の部屋に案内されて戸惑っていた。広くて豪華なツインルーム。どう見ても従業員が使うような部屋ではない。だがクラリッサは平然として、言った。 「私とあなたの相部屋よ」 「え? けれど……」  ――期間従業員がオーナーの妹と一緒の部屋だなんて。  そんなマリルーの心配を余所にクラリッサが続ける。 「ちょうど話し相手が欲しかったし、私たち、お友達じゃない」 「……」  ――友達?  マリルーがどう返したらいいか迷っていると、エドウィンのことが頭に浮かんだ。 「エドとライリーは……」 「ああ……」  マリルーが二人のことを聞くと、クラリッサは見るからに残念そうな顔をした。 「ライリーさんがいなければ、兄様も私たちみたいに、この部屋の隣の自分の部屋でエドと過ごす予定だったのよ。でも客室はツインでライリーさんも一緒、ってわけにはいかないから、従業員用男子寮の四人部屋を彼らに使ってもらうことにしたの」 「そ、そうなのね……」  マリルーは兄とユリウスが相部屋にならなくてよかったと、心底思った。  ――他の従業員に知られたら、どんな噂が立つかわからない。  そう思う一方で、  ――そんな計画まで立てるほど、あの人はエドに本気なのね。 とも思えた。彼女がそんなことを考えていると、 「はい、これ、部屋の鍵。荷物を取りに行くといいわ」  クラリッサに鍵を渡され、今の自分の状況を思い出す。マリルーは何か言おうとしたが、クラリッサは鼻歌を歌いながらお茶を淹れ始めたので、言う機会を逃してしまったのだった……  夕方になって、エドウィンはマリルーに、 Edwin:今から食堂に向かうが、一緒に夕食を取らないか? とLINEして既読になったのを確認した後、ライリーと連れだってホテル地下にある従業員食堂に向かった。  食堂では疲れた顔の、様々な制服・作業着の人々が言葉少なに質素な食事を口に運んでいた。皆、ローテーションで食事を摂るため、食堂自体はそれほど広くない。  夕食の載ったトレイを受け取り、二人がテーブルに着いたとき、マリルーが食堂にやってきた。彼らを見つけ、自身もトレイを受け取るとエドウィンの隣に座り、皆で食べ始める。 「寮では思ったよりも快適に過ごせそうだ。基本的に従業員は二~四人部屋ってことで、俺はライリーがいてくれたおかげで知らない人と相部屋にならずに済んだけど、お前はどんな人と相方になったんだ?」  エドウィンが何気なく聞くと、マリルーは刹那の沈黙の後に口を開いた。 「それが……クララさんなの」 「「え?」」 「客室のツインルームよ。話し相手が欲しいから、って」 「「客室!?」」  エドウィンとライリーが驚き固まる。 「……おい、オーナーの妹と相部屋だなんて、一体お前ら、彼らとどーいう知り合いなんだよ?」  エドウィンより早くフリーズが解けたライリーが信じられないというような顔で尋ねる。マリルーはライリーに問われて、どう説明したものか言いあぐねている様子の兄に、きっとユリウスをチンピラから助けたのが彼と出会ったきっかけだとは(彼の名誉のためにも)言えないのだと判断した。 「あ……えーっと。ほら、春の学園祭のとき、迷子になったクララさんを一緒に探して見つけてあげたことがあって。ありがたいことに、それをきっかけに私たちを友達だと思ってくれているみたいなの」 「マジで!? すげぇ!」  ライリーがハイテンションになり、双子は彼の反応にぎこちなく笑った。  それから三人は食事に戻り、エドウィンはマリルーに、ユリウスから宿泊客やここで働く人たちの情報を得る許可をもらったことを話した。 「それはぜひ知っておくべきね!」 「ライリー、俺とルーは夕食を終えたらオフィスに行くけど、お前は?」 「え? お、俺はいいよ……どうせ覚えられねえし……」  ライリーは引き攣った顔で、言った。

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