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Ⅱ 消えたプリンセス
翌日。三人はタビサにもらった制服を着て、ユリウスに言われた通り朝の九時前、ホテルのオフィスに出勤した。そこにはユリウスとタビサが待っていた。
「リゾートには警察沙汰にしたくない小さなトラブルがつきものだ。君たちの洞察力と行動力を活かしてもらいたい」
とユリウス。
「二人一組でホテル内の巡回に行き、残る一人はオフィスで待機。何かあればすぐに私に報告を」
「「「了解しました」」」
タビサがインカムを渡して指示をすると三人は背筋を伸ばして答え、まずは双子がペアで巡回に行くことにした。
その日は天気が良いこともあって、宿泊客たちの多くは湖でのカヌーや湖畔から少し離れた山のハイキングコースなどのアクティビティを楽しんでいるらしく、ホテル内にはそれほど客の姿はなかった。
「このまま何も起こらないといいんだけど……」
「そうだな」
歩きながら、二人がそんなやりとりをしたとき、
「エリザベッタちゃん!」
キョロキョロしながら騒ぐ高価そうな服を着た小太りの中年女性が二人の前の廊下からやってきた。
「どうかされましたか?」
「――うちのプリンセスが、どこにもいないのよ!」
エドウィンが慇懃に声を掛けると焦った返事が返ってきた。
「迷子ですか? お子様の特徴は?」
「エリザベッタちゃんは私の愛犬よ!」
マリルーの問いに女性がむきになって言った。そこで二人はこの女性が高価なジュエリーよりも愛犬のチワワ、エリザベッタを溺愛している世界的デザイナーのカーラ・ベルナルディだとピンときた。
――昨夜、オフィスで宿泊客の情報を懸命に覚えた甲斐があった。
「ベルナルディ様、ですね。落ち着いて、状況を話してください。まず、エリザベッタ様はいつから姿が見えなくなったのですか?」
心の中で昨夜の自分を褒めつつ、エドウィンが尋ねる。カーラは目の前の若い青年が自身の名前を知っていたことに目をぱちくりさせたが、すぐに我に返って答えた。
「客室係が入る直前まではいたのよ」
「それでエリザベッタ様がいなくなってからどのくらい経ちますか?」
次にマリルーが尋ねる。
「およそ一時間半前ね。客室係が不審な人物は見ていないと言っているわ」
「そう、ですか。だとしても何か手がかりがあるかもしれないので、お部屋を見せてもらってもいいですか?」
「え、ええ、いいわ。それなら私について来て」
エドウィンの言葉にカーラは頷き、踵を返した。エドウィンはカーラの後を追いながらインカムでタビサに報告し、ライリーもホテル周辺の捜索に加わった。
マリルーとエドウィンはプリンセスが最後に目撃されたという、四階にあるカーラの部屋を訪れた。室内は典型的な高級デザイナーの部屋というべきか、洗練されてはいるが、物が溢れて散らかっていた。
「実は……」
とカーラが躊躇いがちに切り出す。
「客室係は不審な人物は見ていないけれど、ドアに鍵をかけずに部屋を離れた、と言っていたの」
「つまり、誰でも部屋に入れる状態だったのですね」
マリルーがカーラに確認する。
「犬が自力で部屋を出た、というのは考えにくいわ。誰かに連れ出されたのかも……」
マリルーが兄に言うと、エドウィンは室内を見回した後、バルコニーに出て周囲を注意深く見た。隣の部屋との境には高い仕切りがあったが、仕切りの扉が僅かに開いていた。
「ベルナルディ様。隣室との間の仕切り扉が少し開いていますが、行き来しているのですか?」
「ええ。隣室には息子が滞在しているから、時折行ったり来たりしているわ」
「なるほど」
エドウィンが頷き、更に注意深く仕切りを観察した。そして……
「ルー、ここを見てくれ」
エドウィンに呼ばれてマリルーがバルコニーに出ると、兄が指し示す仕切りの足元に濡れた土の足跡が点々と残っているのを見つけた。
「これはエリザベッタ様の足跡ね。ここは四階だから、この足跡の土は鉢植えの土かしら?」
エドウィンとマリルーは部屋に戻り、鉢植えをチェックする。
「やはり鉢植えの土だ。端の部分が湿っていて、棒でも差したような穴が開いている」
「見て、エド」
そのとき、マリルーがあるものに気づいた。バルコニーへと続くテラスドアの傍にあるサイドテーブルの上にある、蓋の開いた錠剤の瓶を持ち上げる。
「睡眠導入剤……それほど強くはないものだ。これはベルナルディ様のものですか?」
エドウィンが瓶を受け取り、ラベルを確認すると、カーラは腑に落ちない顔をして頷いた。
「ええ、そうよ。ちゃんと蓋は閉めておいたはずだけれど……」
「ベルナルディ様。エリザベッタ様は自らここを出たわけでも、誰かに盗まれたわけでもなく、隠されたのだと思われます」
マリルーは静かに断言し、続ける。
「バルコニーの仕切り付近の床に付いている土の痕跡は、おそらく鉢植えの土です。ご子息が犬を隠す動機にお心当たりはありませんか?」
「動機……そんな……本当に、息子が?」
カーラは動揺して落ち着きなく目を泳がせた。
「ベルナルディ様。隣室のご子息にお話を聞いてみましょう」
「わ……わかったわ」
エドウィンの提案にカーラが頷き、三人は隣室を訪ねることにした。
「ウベルト、いるの?」
カーラが呼び掛けながら隣室のドアをノックしても、何の反応もない。彼女は焦れてドアノブに手を掛けたが、当然鍵が掛けられていた。
「仕方ないわ。バルコニーからウベルトの部屋に入りましょう」
カーラは自室に戻り、エドウィン、マリルーとともにバルコニーの仕切り扉のドアを開け、隣室のバルコニーへと移動した。幸いにもテラスドアのカギはかけられておらず、三人は部屋の中へと入る。ウベルトの部屋も同じく豪華だが、母親の部屋とは対照的に整理整頓されていた。
エドウィンが室内を見回す中、マリルーはソファに注目し、座面を注意深く見た。
「これは……動物の毛ね。このソファの布地も僅かに土で汚れているわ」
「ここにエリザベッタ様がいるとすれば……」
とエドウィンの目が、造り付けのクローゼットに止まり、その扉に近づいた。
「エリザベッタ様、そこにいらっしゃるのですか? ご主人様が心配しておられます」
エドウィンが優しく語りかけると、クローゼットの奥から『クゥーン』という小さな鳴き声が聞こえ、すぐさまクローゼットを開けた。すると服の山の奥に愛らしいチワワが少し震えながら丸まっていた。
「エリザベッタちゃん!」
カーラはすぐさま愛犬に手を伸ばして抱き上げ、喜びと安堵で涙ながらに抱きしめた。
エドウィンとマリルーは宿泊客のペットが見つかったことをタビサに報告し、彼女がその後処理を引き受けた。
その日の夕方。一日の業務を終え、三人がオフィスに揃ったときだった。タビサによると、やはりカーラの息子ウベルトが母親の犬を一時的に隠したということで、客室係が部屋を離れた時を狙ってバルコニーから母の部屋に入った彼は、ペットに睡眠導入剤を無理やり飲ませようとした際、暴れられて水が鉢植えに零れ、彼の腕から抜け出した彼女の足が濡れた土を踏んだ。そして隣室に運ぶとき、バルコニーの仕切り板の辺りで彼女が再び彼の腕から抜け出し、そこに足跡の痕跡がついたのである。
「彼に動機を尋ねたら、」
言いつつ、タビサが『理解できない』といった顔をする。
「そうすれば、母親は自身の溺愛が原因でペットが狙われたと思い込み、滞在を切り上げて帰ると考えたのですって。彼は母親とのバカンスを望んでいなかったようね。早く帰って元の生活に戻りたかったと」
「へえー…そんなこともあるんですね」
ライリーが『富裕層の考えることはわからない』といった風に呟く。
「犬がクローゼットの奥に隠されていたのは、すぐには見つからない場所にすることで、きっと母親への“軽い警告”にしたかったのね。これは外部の犯行ではなく、家族の思い違いによる、ご子息の小さな悲鳴だったのよ。……ユリウス様があなたたちを雇った理由がわかったわ。これからもその調子でよろしく頼むわね」
そう言ってタビサは初めて彼らに微笑んだ。
勤務を終えた後、三人は昨日と同じように集まって従業員食堂で夕食を取った。
「初日は小さな事件だけで終わったわね」
「ああ。無事に勤めることができてよかった」
「この調子で頑張ろうぜ! ……あ!」
質素な社食をいただきながら三人が言い合ったとき、ライリーがふと何かを思い出したように、声を上げた。
「なあ、火曜と水曜は休みだろ? せっかくリゾートに来てるんだし、遊びに行かねえか?」
長期滞在の客が多いとは言え、比較的客数が少ない火水は公休日だった。
「いいわね! 私、カヌーとか乗ってみたいわ!」
「おっ! 俺もそう思ってたんだよ!」
ライリーがマリルーの同意に勢いづく。そして少しきまり悪そうに、頭を掻いた。
「そんで、さ。一人乗りも三人乗りのものもあるけど、誰かもう一人……女の子、に声かけてさ。二人乗りのカヌー二艘に乗るのって、どうよ?」
「……クララさんも誘う、ってこと?」
「まっ、まさか! 新しい友達、って意味で! 俺たちのような短期バイトに一人で参加している娘を見つけたんだ。彼女を誘ってみてもいいかな?」
眉を顰めて尋ねたマリルーにライリーは慌てて答えたのだが。
「何だよ? 二人とも、あまり乗り気じゃなさそうだな」
自身の提案に双子が冷めた目を向けたことでライリーは口を尖らせた。
「俺、あまりそういうの、興味ないんだ」
「私も」
「うげ、マジかよ! けど友達は多ければ多いほどいいぜ?」
「「……」」
明るく言うライリーに二人が沈黙するが、マリルーが先に口を開いた。
「ライリー、あなたは彼女を一対一のデートに誘うことに気後れしているの? 複数なら彼女もOKしやすいと? ……でも考えてもみて? 複数で会うことが前提になればずっとそうなるわ。それに……彼女がエドに興味を持つ可能性だってある」
「…………ははっ、そうか……そうだよな。なら俺、一人で頑張ってみるよ」
ライリーはマリルーの言葉に乾いた笑いを零し、納得したようだった。
「そんでもし……ダメだったら、そのときは一緒に夏の思い出作り、してくれるか?」
「ああ、もちろん」
「いいわよ」
双子は頷き、微笑んだ。
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