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第4話:出会い
ルッツがシュヴァリエに初めて会ったのは3年前だ。
場所はグローリア王国の国壁沿いに位置する、生まれ故郷のリーリブという町。そこは聖グローリア騎士団の本部がある首都ハルネジアから遠く離れた辺境の小さな土地で、牧畜と農業が盛んな町だ。
良く言えば悠々自適な長閑な場所だが、インフラ設備は完備されているとは言い難く若者にはあまり好まれない。なので年頃の青年達は皆、都市部へ引っ越す。その為高齢者が多い。
そんな町に、ルッツはオメガの男児として生まれた。
体質的にアルファやベータに比べて体力がないルッツは、薬屋『ポーリーン・ポーション』を開店し、そこで働いていた。
昔から植物に興味関心が強いルッツは、書物を読み漁り様々な薬草の知識を学んだ。バルコニーで薬草を育て、1つ1つ丁寧にすり鉢で擦って用途に合わせた薬を作っていく。
作った数々の薬が怪我をした町人や、毒草を誤飲してしまった家畜の治療に使われる事に喜びとやり甲斐を感じていた。
「他の人より体力が無くても、皆の役に立てる仕事がしたい。こんな小さな町だから、助け合って生きていかないとね。必要ないお荷物だけにはなりたくない」
ルッツは口癖のようにそう言って笑う。
とは言えずっと、外で走り回る少年や畑仕事をしながら談笑している両親を羨ましいと思うことはあった。
オメガだと診断されるまで、将来の夢だって聖グローリア騎士団に入隊する事だった。だが炎天下の中、畑仕事を長時間することすら難しいルッツは自然とその夢を諦めていた。
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その日も薬作りに精を出していたら、店の外で誰かが会話している声が聞こえた。その声色になんだかただならぬ気配を察して、ルッツは薬草を擂っていたすり鉢を置いて窓の方へ近づいていく。
「フレンダが……フレンダが居ないの!! あの子、将来騎士団に入るから魔物と戦うって!!」
ルッツはこっそりと窓から声がした方を見る。
そこに居たのは後の聖グローリア騎士団副隊長であり、幼馴染でもあるフレンダ・クルーガーの母親だった。顔を真っ青にして、近くに居る別の町人の服を掴んで叫んでいる。その顔は完全に冷静さを失っていた。
「クルーガー夫人、お、落ち着いてください。大丈夫ですよ。壁に魔物避けの薬を塗っているので魔物はまず入ってこない。フレンダが将来有望なアルファとは言え、許可もなく国の外には出られません」
慌てふためく彼女の背中を町人は落ち着かせるように優しく撫でた。
グローリア王国は国全体が広大な面積を国壁に囲まれた国である。そのため、殆どの魔物は国に侵入する事が困難だ。
とはいえ国の面積が広大な為、一部の辺境の地は壁の修繕が追いついていない。
リーリブもそんな町の1つだ。なので定期的に、ルッツが魔物が嫌う匂いを放つエピセという植物から作った薬を塗っていた。
「でもさっき町の南東に、イビルイーグルが入って来たって報告があって……フレンダが居なくなったのもそのすぐ後なの……!」
「なっ……!」
フレンダの母親の言葉に、盗み聞きしていたルッツは思わず声を上げた。
イビルイーグルは大鷲に似た鳥型の魔物だ。鋭利な鉤爪だけでなく、嘴の内側には夥しい数の小さな牙が生えており、人間の肉も噛みちぎるほど顎の力も強い。
(空を飛ぶ鳥型の魔物に壁は意味がない上に、エピセの匂いも届かない……!)
被害が拡大しないよう、魔物は聖グローリア騎士団によって定期的に間引かれている。
とはいえ予測不可能な行動をする個体は存在する為、未然に全ては防げない。特に空を飛ぶ魔物に対する予防線は十分とは言えない状況だ。
悩んでいる猶予はないと、気が付けばルッツは思い切り店の扉を開いていた。突然扉が開く音に呆気にとられていたフレンダの母親と町人に見向きもせず南東に走っていた。
「ルッツ待て、先程聖グローリア騎士団に討伐要請したから家の中で大人しくしていなさい!」
誰かがルッツを呼び止めるも、そんな言葉は耳に入らなかった。
幼馴染のフレンダはルッツにとって一番気の置けない大切な友人だ。第2の性が判明する前から将来騎士団に入る夢を語り合い、一緒に沢山の人を救おうと約束した。
ルッツはオメガと診断されてから入隊を泣く泣く諦めたが、代わりにフレンダが隊長になって、いつかルッツも騎士団に入れると約束してくれた。
「フレンダは……絶対に強い騎士になる。この国や町の為にも彼を失うわけにはいかない」
この時のルッツは余程必死だったのだろう。
心配して家から出てきた高齢の大人達では追いつけないスピードで走っていた。
―――――――――
やがて町を抜けて、普段羊たちが放牧されている広い草原へ辿り着く。
避難が済んでいるのか、いつものような賑やかな動物の声も聞こえない。代わりに遠くで、荒ぶった魔物の叫び声が聞こえてきた。
「フレンダ!!」
「え!? ルッツ君、何故ここに!?」
そこには剣を片手に持ったフレンダが居た。
普段より生気の抜け落ちた濁った水色の瞳は驚愕で見開かれる。初雪を思わせるふわふわした白い髪は、相当痛めつけられたのか泥に汚れて縮れている。
空から一方的に攻撃するイビルイーグルに歯が立たないのだろう。腕は鉤爪で裂かれたのか血まみれで、息も上がっている。いくらアルファとはいえ、まだ見習い未満のフレンダは立っているのもやっとだろう。
その時けたたましい鳴き声が聞こえ、イビルイーグルがフレンダに飛びかかった。
「危ない!!」
ルッツがフレンダに体当たりするように飛びかかってなんとか回避する。
後ろ髪を鉤爪が掠る感覚がし、背筋が粟立つ。そのまま2人して地面に転がるように倒れ、ルッツはフレンダを守るように彼の上に覆い被さった。
「ルッツ君駄目だ!! それじゃ君が死ぬ!!」
「大丈夫、ボロボロになってもフレンダを守るから。君は将来騎士団に入って、僕の代わりに夢を叶えてくれる希望だから」
「くそっ、僕は大丈夫だから……こんな鳥すぐやっつけるから早くどいて!!」
ルッツが笑いかけるがフレンダは泣きそうな顔で首を振る。
そして上空でイビルイーグルの鳴き声が聞こえた。ルッツは死への恐怖で強張る身体でフレンダを抱えて歯を食いしばった。
「よく耐えてくれた!」
途端、聞き覚えのあるような無いような、不思議な声が鼓膜をゆすった。それと同時にゴッという鈍い打撃音が響き、ほぼ同時にイビルイーグルの短い叫び声が響く。
(なんだ……?)
来ると思っていた激痛は一向に来ず、頭は混乱するばかり。
ルッツが恐る恐る顔を上げると、近くに頭部を強打されたイビルイーグルがぼとりと落ちた。そしてどこかで嗅いだことのあるような、心が落ち着くお日様の香りが鼻腔をくすぐる。
「ああすまないが、手ぶらだったのでこれを借りてしまった」
そう言ってルッツたちの近くに立っていたその男は、片手に持っていた農作業用の鍬 をその場に置いた。
「自己紹介が遅れました、俺の名前はシュヴァリエ・イシュタール。そっちの彼は怪我が酷いね……立てるかな?」
ルッツの目の前に手が差し出された。
風に揺れる金髪はうねるたびに光を反射して輝いている。慈愛に満ちた母のように優しく細められた深紅の瞳が真っ直ぐルッツを見つめていた。何故かその瞳から目が離せなかった。
動きやすさに重点を置いた、防具も付いていないシンプルで地味なシャツとズボンの姿。それなのに逆光になって見えにくいその姿は、どこか神々しさを感じさせた。
(なんて、美しい人なんだ……)
見つめ合った瞬間、心の奥の燭台に火が灯され、ゆっくり温められるような高揚感がじんわりと広がっていった。脈拍が少しずつ早くなり、怪我もしていないのに何故か汗が滲む。
差し伸べられた手をしばらく呆然と見つめていると、シュヴァリエはきょとんとした顔で首を傾げた。その彼の素が垣間見える表情に、ルッツの顔は更に熱くなっていく。
胸の奥が締め付けられるように苦しかった。でも嫌な感じはしない。ルッツにとってこれは初めて芽生えた感情だったが、この感情を表す言葉を知っていた。
この時、ルッツはシュヴァリエに恋をした。
そしてこの出来事とこの後のシュヴァリエとの会話がきっかけで、ルッツはオメガだからと諦めていた騎士団に入る決意を固める事になる。
そしていつかシュヴァリエに恩を返すと胸の奥に小さな誓いを立てた。それを成し遂げた暁には、この恋心を打ち明けようと決めていた。
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