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第5話:手作りの薬

   キラーヴォルフの討伐を無事に終え、張りつめていた緊張感が僅かに解ける。  シュヴァリエが何者かがこちらを見ている気配を感じて丘の方を見上げると、2人組の兵士が手を軽く振りながら走ってくる姿が見えた。  双子の兵士である兄のダイヤと弟のモンドーだ。  同じ薄緑色の髪に意図的かのような同じ体格。その上言葉遣いも似ている。唯一違うとはっきり分かるのは、金色と青色のオッドアイの左右の位置が逆であることのみ。  それ以外は瓜二つの姿は、2人の間に鏡でも挟まっているかのように左右対称だ。あまりにも似ているので皆オッドアイの色でどちらがダイヤかモンドーか見分けている。 「おー、ダイヤとモンドーか。偵察ご苦労だった。お陰でキラーヴォルフの巣もスムーズに見つかったよ」  シュヴァリエの元に駆け寄った2人は誇らしげに鼻息を鳴らした。 「シュヴァリエ隊長も他の皆さんもお疲れ様っす!」 「辺りも一通り確認したっすが、今のところヤバい魔物は近くにいなさそうっす」  ダイヤとモンドーは偵察班として行動している2人組の兵士だ。事前に討伐対象の巣の位置や行動などを、捜索及び監視する仕事をしている。今回のキラーヴォルフの巣を見つけたのも彼ららしい。 「偵察ならお任せっす!」 「まあ戦うのは勘弁っすが!」 「その言葉、一般市民には絶対に言うなよ……?」  一応国を支える立派な騎士団なのだから、とシュヴァリエは付け加えた。  手短に報告は終えたので、ダイヤとモンドーは次の仕事に取り掛かっていく。  今回聖グローリア騎士団が討伐したキラーヴォルフは、その遺体をなるべく持ち帰るよう言われているのだ。手が空いている兵士たちは、用意していた大きな麻袋にキラーヴォルフを詰めていく。  隊長と副隊長を乗せていた2頭の馬の後ろに折り畳み式の簡易的な台車を設置し、ソリのように引きずって持ち帰るのだ。  魔物の毛皮や牙は、ハルネジアの職人たちによって毛布や装飾品に加工される。肉も少々独特な臭みがあるが、うまく調理すればなかなか美味しい。  こうして集めた資金も聖グローリア騎士団の軍資金になる。なのでなるべく外傷を与えずに持ち帰るよう言われているのだが…… 「あーもー、真っ黒焦げじゃないですか! 毛皮も肉も炭になっていますし、これじゃ持って帰っても無駄です」 「う……別にいいだろう。なるべく持ち帰るよう言われているが全部とは言われていない」 「はぁ……僕がルッツ君の近くに居たのに子供っぽいですねー」  丸焦げにされた1匹のキラーヴォルフの前でフレンダがやれやれと肩をすくめた。  呆れたようなフレンダの視線にシュヴァリエは羞恥心でふいっと視線を逸らす。その目線の先にはルッツが居た。  ルッツは負傷した兵士の治療をしているようだ。幸い大怪我の者はおらず、ルッツが持っている魔法石の癒しの力でみるみるうちに傷が消えていく。  全員の怪我の治療を終えたルッツが顔を上げると、シュヴァリエと目が合った。 「あ、シュヴァリエ隊長! その……お疲れ様です!」 「ああ、ありがとう。俺は格好良かったかい?」 「え? あ、はい。とっても!!」  シュヴァリエの問いに一瞬呆気に取られていたルッツが、コクコクと何度も首を上下に動かす。その様子が面白かったのか、シュヴァリエは嬉しそうにはにかんだ。 「ルッツもお疲れ様だ。いつも皆の治療をしてくれて助かるよ、ルッツのお陰で皆怪我知らずだ!」  ルッツの傍まで歩み寄ったシュヴァリエは、労うように肩にポンと手を置く。 「いえ、魔法石の力なので……誰にでも出来る仕事です。先ほども守っていただけましたし、大してお役に立てなくて申し訳ないです」 「そんな事ない! 君が居るから皆安心して戦えるんだ。それにアシッドの粉薬も便利で助かっている。以前は炎と煙であぶり出していたがこんな場所だと火の後始末も手間で……」 「えー、魔法の炎なら木とかに燃え移っても、魔法を解除すれば一瞬で消せるじゃないっすか」  いつの間にか話の輪の中に入ってきたモンドーが、シュヴァリエの後ろからひょっこりと顔を出しながら言う。この兄弟は2人とも神出鬼没で気付いたらその場に居る事も多い。  その瞬間、シュヴァリエはモンドーの口を塞ぐかのように裏拳を顔面に叩き込んだ。 「ぶへっ!!」 「ぎゃー!! 弟がシュヴァリエ隊長にコロされたー!!」 「2人ともちょっと黙ってくれ! 先が見えない洞窟の中を、外から火を起こすのはちょっと難しいんだ!」 「そーそー、それに狭いところだと危険だし火に強い魔物とかも居るしねー。使い分けだよ。それにルッツ君が作ってくれたエピセの葉から作った香水のお陰で、こっちから刺激しなければ襲われることも減ったしね」  裏拳を叩きこまれて悶えているモンドーを押し退けながらフレンダがフォローをいれる。ルッツはなんだか気を遣わせて申し訳ないなと思いながら、にこりと笑った。  そしてふと、ルッツはシュヴァリエの頬に小さな切り傷があるのに気付いた。2体のキラーヴォルフと対峙している時、僅かに掠ってしまったようだ。 「シュヴァリエ隊長、切り傷が……治療しますね」  ルッツにそう言われて目を丸くしたシュヴァリエが、自分の頬にちょんちょんと触れる。どうやら気付いていなかったらしい。  ルッツが鞄に仕舞っていた魔法石を取り出した瞬間、シュヴァリエは制止するように手のひらを前に出した。 「魔法石に込められた魔力は有限だしこの程度の傷に使うなんて勿体ない。もし良ければ、君が作った傷薬を塗ってくれないかな?」  シュヴァリエは鞄の奥にある、手のひら大の小瓶に入った塗り薬を指さす。  ルッツは目を白黒させて、シュヴァリエの指と小瓶を交互に見つめる。魔法の力を使えば一瞬で消えるのに……と思いつつも、魔法石に込められた癒しの力が貴重なのは事実なのでシュヴァリエの言う事にも一理ある。 「では、塗り薬の方を失礼します。ちょっと染みますよ」  ルッツは小瓶の蓋を取り、塗り薬を指で掬い取ってシュヴァリエに一歩近づく。  シュヴァリエは傷がついた頬を差し出すように横を向き、ルッツが薬を塗っている間も機嫌が良さそうに目を細めていた。薬を馴染ませるように指の腹で優しく頬を撫で、塗り終えたルッツは綿とテープで患部を塞ぐ。 「終わりました。本当にこれで良いんですか?」 「ああ、ルッツの薬はよく効くからね。すぐに治りそうだ」  嬉しそうににっこりと笑うシュヴァリエにルッツの胸がドキリと跳ねる。頬を赤く染めないように必死に気持ちを抑え、ルッツも笑いながら小瓶を鞄に仕舞った。  一般市民にとって魔法石は非常に貴重なものだ。  だが命の危険が伴う魔物討伐では、魔法の力で傷を癒す事は珍しくない。最近は魔法石もより普及し、今回のように被害が少ない戦いでは魔法の力だけで事足りるようになっていた。  それなのにシュヴァリエは今でも傷薬を求めてくれている。ルッツにはそれが本当に嬉しかった。しかし同時に、いずれこの薬は不要な物になるのだろうという虚無感も、胸の奥にこびり付いて消えなかった。  

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