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第7話:嬉しい副菜
シュヴァリエはしばらくその後ろ姿を見送ってから武器の手入れを再開する。
今日だけで3体の魔物を切り伏せた自慢の大剣だ。珍しく頑丈な金属と魔法石を組み合わせた特注品で、刃こぼれひとつない。血と油がこびりついているはずだが、いつも念入りに手入れをしているのでその刀身は鏡のように綺麗だ。
「フレンダ、狩りに行ったんですか? 危険なのであまり無茶はしないで欲しいのですが……」
シュヴァリエが満足するまで磨き上げた剣を鞘に戻した時、周囲を歩き回っていたルッツがやって来る。手には大きなざるを持っており、その中には様々な山菜が乗せられていた。
この草原には様々な食用植物が生えている。隊で山菜を見分ける知識があるのがルッツくらいしか居ないため、ルッツはいつも料理班に割り振られる。エニグマ森が近いこの場所は一般市民も寄り付かないため、完食出来る量なら好きなだけ採って良い事になっていた。
「まあ夜になる前に戻ってくるだろう。俺の炎の魔力を込めた魔法石を持っているから、なにかあれば狼煙を上げて知らせてくれるはずだ」
「……魔法って本当に便利ですね」
「まあ、そうだな。でも……」
シュヴァリエは返事をしながら立ち上がり、ルッツが持っていたざるの中を覗いた。
「腹は膨れんから、こういう時は君の力の方が頼りになる」
ざるの中には様々な種類の山菜が入っていた。丁度旬の時期だったらしく大ぶりのぷっくりした芽や茎が食欲をそそる。
「ルッツが来るまで誰も山菜の知識とか持っていなかったからな。狩りが出来る奴は多いが、こういったものを現地調達できるなんて本当に助かるよ」
「でも、何度もこの辺りで採ったせいで今日の収穫はざる半分程度です。あっても無くても変わらないですよ……」
「そうかな? これとか揚げるとすごく美味い。ルッツが作ってくれた特製のタレで味付けすれば酒が消える。少量であっても最高だ」
「はは、でも外でアルコールを飲んでは駄目ですよ」
「分かっているよ。でもそれくらい俺はこれが好きだって話だ。だから、そんなに自分を卑下しないでくれ」
シュヴァリエがルッツの肩にぽんと優しく手を置くと、ルッツは驚いたように目を見開いた。
ルッツは無自覚であったが、「あっても無くても変わらない」と言った時、不安そうに瞳が揺れていたのをシュヴァリエは気付いていた。
「ルッツ、何か思い悩んでいるようだが、もしよろしければ相談してくれないか? 1人で抱え込まないでくれ。君はこの聖グローリア騎士団の仲間なのだから」
少し前屈みになったシュヴァリエが、ルッツの顔を覗き込んでいる。眉を少し下げ、優しい眼差しで微笑んでいた。
肩に置かれた手が、下に滑るように腕を撫でていく。心配されているだけなのに、シュヴァリエの何気ない行動でルッツの心はまた少し鼓動を早める。
「僕は、我が儘を言える立場ではないので……」
「俺は聞きたいけどなぁ、君の我が儘。そうしてくれたら、俺も困ったらルッツに助けを求めやすいし」
「またまた……僕が出来て貴方に出来ない事なんてきっと無い。貴方は多分、1人で何でもこなせる凄い人だ」
今日の戦いだってシュヴァリエは圧倒的だった。兵士たちと協力して討伐したが、多分シュヴァリエなら単騎でもなんとかなっただろう。勿論1人で戦えとは言わないし、少しでも役に立てるなら喜んで着いて行く。
だがそれはそうと、そんな人が自分に助けを求める状況が一切想像出来ない。
「そんな事はないさ。いや、昔は若気の至りみたいな感じで、1人で何でもできる気になってた時期もあった。でも俺も超人ではないから限界がある」
「まあ、そうでしょうが……」
「でもある日気付いたんだ。生まれた時から実は空いていた心の溝を埋められる存在の事を。協力し合った方がより多くの事が出来るし、何より人生はより楽しくなる。ルッツも、いつか分かってくれると信じているよ」
「は、はい。えっと……ごめんなさい、僕にはちょっと難しいです」
言いたい事が分かるような分からないような、なんとも言えない気持ちだ。
シュヴァリエは「そ、そうか……」と恥ずかしそうに視線を逸らしながら、屈んでいた身体を起こした。
「とりあえずご飯を作ろうか、皆腹を空かせているから」
「は、はい!」
シュヴァリエはルッツの肩から手を放し、背を向けて歩いていく。ルッツも慌ててざるを抱え直し、後を追うように皆が待っている柵の内側に戻っていった。
―――――――――
皆が作業をするテント近くに戻ってきたルッツは、食料調達前に用意しておいた簡易的な調理台の近くに立つ。
まずは採れたての山菜を洗い、丁寧に下処理をしていく。ただでさえ少ない量を兵士全員に分ければ微々たる量になるが、それでも喜んでくれる人がいるならそれでいい。
「さーて、やるか」
石を重ね合わせて作った即席のかまどに木材を差し込み、シュヴァリエが魔法で火を付ける。
野営時の主な食事は、ハルネジアから持ってきた固形のルーから作ったスープと保存に優れた硬いパンだ。持ってきた大鍋で湯を沸かし、大量のぶつ切り野菜を投入していく。
野菜の皮や茎も捨てるのは勿体ないので、刻んで山菜と一緒に炒めた。
こちらはルッツが持ってきた特製のタレで味付けをしていく。ルッツはリーリブに住んでいた頃から薬草採集を兼ねて山菜も採りに行くことが多かった為、どんな山菜にも合う特製の継ぎ足しのタレを作っていた。
それが思いの外好評らしく、有難いことに毎回完食してもらえる。あっという間に副菜の完成だ。
今の時期は季節の変わり目で温かくなってきたが、夜の潮風は存外堪える。
少しでも沢山の温かい料理で兵士の皆に元気になってほしい。そう思えば指先が冷えても頑張ろうと思えるし、ここに居ていいんだという気持ちになれた。
「ルッツ君戻ったよー、これ撃ち落としてきたけど食べられる?」
煮立った野菜に味付けをしている時にフレンダの声が聞こえた。
ルッツが振り返ると、満足気に笑うフレンダと、首から上のない2匹のイビルイーグルを疲れた顔で引きずるダイヤとモンドーが立っていた。傷口から溢れ出た血液で細く点々とした赤い道が出来ている。
「野鹿か獣系の魔物を狩るつもりでいたけど、あいつら見つけてしまったら殺るしかないよね」
「副隊長怖かったっす……どっちが悪 か分からない顔だったっす」
「なんかこいつらに嫌な事でもされたんですかね……」
カタカタと震えながらダイヤとモンドーはイビルイーグルを調理台の近くに置いた。
無残にもその身体は、数か所矢で刺されている。
フレンダは剣士であるが弓の腕前も相当なものだった。昔歯が立たなかったのが余程悔しかったのか、イビルイーグルをいびるために弓の訓練を始めたと述べていたほどだ。
「有難うフレンダ。じゃあ一緒にスープの具にしようかな」
ルッツはもう一つ鍋を取り出し、湯を沸かして脱羽作業に取り掛かることにした。
フレンダとダイヤとモンドーは別の作業があるようで、ルッツに一声かけてからどこかへ行ってしまった。
「フレンダはすごいな。昔は全く歯が立たなかったのに今ではこれだもん」
ルッツは完全に息絶えているイビルイーグルを1羽抱えながらぽつりとつぶやいた。
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