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第8話:気になる花
「夕食が出来たぞ、見張り以外集合!!」
本日の夕食を作り終えた頃、一緒に盛り付けの手伝いをしてくれたシュヴァリエが大声を上げた。
ルッツは大鍋の前に立ち、皿を持って並ぶ兵士たちに夕食をよそっていった。他の班の者が用意してくれた簡易的なテーブルの前に夕食を置き、丸太の椅子に兵士たちが次々と座っていく。
本日のメインは大きめに切られた野菜とイビルイーグルの肉を煮込んだ乳白色のクリームスープだ。
そのスープに差し込むように大きめのパンが添えられている。保存に優れた硬いパンも、コトコト煮込んだ具沢山のとろみのあるスープに浸せば柔らかくなる。
ルッツが採ってきた山菜と残り野菜の炒め物は、小分けできるほどの量ではなかったのでテーブルの中央にまとめて盛り付けて置いていた。
「本日も皆ご苦労様だ!! では、討伐の成功と無事の帰還を祈って、乾杯!!」
シュヴァリエの音頭の後、続くように辺りから乾杯の掛け声が次々と響き渡る。
持ってきていた樽のコップには並々とノンアルコールのエールに似た味の飲料が注がれている。それをコツンとコップを打ち合わせて一気に煽れば、皆上機嫌にがははと笑い合う。
星空の下、討伐成功を祝した夕食は、宴会のように盛り上がっている。
見張り以外の兵士たちは重い鎧を脱ぎ、小さなテーブルにぎちぎちに置かれた食事に手を伸ばしていく。笑顔で語り合う兵士たちの表情は、昼間とは大違いだ。
食事は腹をすかせた兵士たちの胃に次々と収まっていき、お代わり分も無くなってきた。
その頃になるとルッツも満腹で、手持ち無沙汰になった彼は空になった食事の片付けをしていた。採ってきた山菜もあっという間に無くなり、空になった数々の食器をぼんやりと眺めて安堵の息を吐く。
「皆の熱気がすごいな。潮風に当たってこよう」
まだ宴会は終わらなさそうなので、ルッツは見張りの人に一声かけてから崖の方へ歩いていった。
賑やかな声が遠のき、潮風とさざ波の心地よい音に包まれていく。澄んだ海の水面は穏やかで、星々は静かに真っ黒な空を燦然と彩る。
ハルネジアは夜でも高く煌びやかな建物がひしめき合っているので、この広大な草原でぽつんと1人立つのも、夜空を見上げるのもなんだか久しぶりだ。
賑やかなのも好きだが、リーリブに居た頃を思いだすこの静けさが一番落ち着く。
「ん……? あれ、この花は……」
ふと近くにある大きな岩に、長い草に隠れるようにひっそりと咲いている花を見つけた。光に背を向けるようにして咲くその花は、小ぶりのユリのような形をしている。僅かに透き通った白い花びらが揺れた。
ルッツはこの辺りを何度も山菜探しに歩き回っているが、こんな花が咲いているのには気付かなかった。
「なんだか見覚えがあるような……あー、思い出せそうで思い出せない」
記憶の中にある植物図鑑をめくりながら思い出そうとするが、なかなか出てこない。
頭を掻きながらしゃがみ込んで悩んでいると、カシャンカシャンとルッツに近づく金属の擦れた音が聞こえてきた。
「ルッツ、どうかしたか? 頭でも痛いか?」
ルッツが顔を上げると、心配そうに見下ろすシュヴァリエと目が合った。
他の休憩中の兵士たちは皆重たい鎧を脱いでいるというのに、シュヴァリエはいつでも有事に対処できるように鎧を着こんだままだった。どうやらしゃがみ込んで悩んでいる様子が、具合が悪いように見えたらしい。
「いえ、大丈夫です! ただ気になる植物を見つけただけで。図鑑で見た記憶はあるのですが思い出せないのです」
「ふむ、気になる植物か」
シュヴァリエはそう言いながらルッツの横で同様にしゃがみ込んで花を見る。
しばらく何かを思い出そうとするかのようにうーんと喉を鳴らしているが、シュヴァリエにも心当たりがないらしい。
「持ち帰るか? 飲料水にも余裕があるし、これくらい摘んでしまっても大丈夫だろう」
「いえ、毒草だった場合大変なので結構です。……ところでシュヴァリエ隊長、その、この後は……」
「あー、うん。その……今晩も俺のテントに来てもらえないだろうか」
シュヴァリエは恥ずかしそうに僅かに顔を赤らめながら視線を落ち着きなく泳がせる。
まるで内緒話をするようにひっそりとそう告げられて、ルッツはなんだか可笑しくなってふっ……と笑みがこぼれた。
「勿論良いですよ。その為に僕はここに着いて来られるのですから」
なんてことなさそうにルッツは呟く。
そうするのが当然だと頷く顔は先ほどの白い花に向けられていた。可憐で少しの力で首がもげてしまう小さな花。扱いを間違えればあっという間に枯れてしまう薄い花弁を、ルッツはするりと撫でた。
その様子をシュヴァリエは複雑そうな顔で眺めていた。
そんな会話をぽつぽつとしている間に、盛り上がっていた夕食も終わったらしい。手が空いている兵士たちによって全ての食器類が片付けられていく。
満腹になった者たちは次々と立ち上がり、眠そうに背伸びをしながらテントに入っていった。外に居るのは交代した見張りや、薪の前でちびちびと飲み物片手に語り合う夜更かし好きくらいだろう。
シュヴァリエも準備と残りの仕事を片付けると言って隊長用のテントに戻っていった。
―――――――――
ルッツは片付けを手伝い終えた後、他の兵士から離れた位置に張られた大きなテントの裏側を歩いていた。
切り立った崖の縁に沿うように下り坂があり、人間1人が隠れられるほどの窪みになっている。地面は何度も水を掛けられて少しぬかるんでいる。
この場所は兵士たちが交代で湯浴みをしている小さな空間だ。
ルッツは着替えやタオルをその辺の岩に乗せ、服を脱いでしゃがみ込む。そして誰も見ていないこの場所で持参した桶の前に魔法石を掲げた。
炎と水の力を宿した魔法石だ。2つの石に魔法が発動するようにイメージすると、桶の中にぬるま湯が溜まっていく。
「本当に便利だな、これ……こんな場所でも湯で身体を洗える」
魔法石はその名の通り魔力を宿した人工の宝石だ。魔法にはそれぞれ属性があり、用途に合わせて様々な目的で使う。
シュヴァリエの剣のように魔法の力を増幅させるものもあれば、ルッツが使ったもののように本来魔法が使えない者が擬似的に魔法を使うこともできる。
これが普及し始めたおかげで人的被害も大幅に減り、生活にゆとりが増えてきた。
(良いものが出来て、周りのものは良い方向に変わっていく……なのに僕は何も変われない。置いて行かれている気分だ)
そんな暗い思考が脳をよぎり、ルッツは慌てて気持ちを振り払うように首を振った。
「いや、魔法じゃ出来ない事だってまだまだある。この後の仕事だってそう……頑張ろう、今日こそはきっと上手くいく!」
桶に溜めたぬるま湯を頭から被り、悪い方に考える気持ちを汗と共に流していく。
身体が震えているのは、濡れた身体に潮風が当たって冷えるからだ。きっとそうだと言い聞かせながら、ルッツはこの後の作業を円滑に進める為に自らの臀部に手を伸ばした。
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