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第16話:お礼を言うべき

  「はぁ……長かった……」  ルッツがフレンダたちに差し入れを持って行って数時間が経過した頃。  シュヴァリエは重い溜息を吐きながら会議室の扉を開けて廊下へ出た。立て続けに事務仕事やら会議で引っ張り凧になっていたら、予定より時間がかかってしまった。 「魔術師たちも困っているし何とかしたいものだが、改善案がない状態では議論も出来ない」  シュヴァリエは困ったように頭をぽりぽり掻いている。  ふと廊下に等間隔に並んでいる窓から外を見ると、太陽が少し傾き始めていた。貴族の令嬢たちは、今頃茶会でも楽しんでいる時間だろう。今日は静かなところでゆっくり過ごすはずだったのに、とんだ誤算である。 「もうすぐ午後の15分休憩の時間か」  シュヴァリエは午前から会議を行っていたので、普段自分が行っている訓練指導は副隊長であるフレンダに任せている。  他の兵士たちがちゃんと訓練に励んでいるか確認でもするかと、シュヴァリエは訓練所に向かって歩き始めた。 ―――――――――  静かで人通りが少ない廊下をしばらく歩き、訓練所の裏庭に続く廊下が見えてきた。丁度その頃に小休憩を告げる鐘の音が鳴り、休憩に入った兵士たちの騒めき声が聞こえ始める。 「フレンダ、調子はどうかな?」  裏庭に顔を出したシュヴァリエは、ベンチに座り何かを食べようとしているフレンダに声をかける。ルッツから渡された、布にくるまれた大粒の団子だ。 「順調ですよ。2名ほどサボりが居ますが」 「ははっ、もしかしてダイヤとモンドーか? 脱走常習犯だからな。ところでそれは何だ? 餅か?」  シュヴァリエはフレンダの手に持っている団子を覗き込む。剣士のフレンダは小休憩の間に弓の練習を行っているので、水ならともかくおやつを持参しているのは珍しい。 「ルッツ君の手作りの、僕の故郷の名物料理です。昼休憩の時に貰いました」 「ルッ、ルッツの手作り料理だって!? 羨ましい……」 「あー……シュヴァリエ隊長食べます? 元々隊長用に残していたやつなのですけど、会議で居ないって言ったらルッツ君が僕に譲ってくれたんですよねー」 「はぁ!? それじゃあ実質俺の物だろう! 食べるに決まっている」  フレンダが布にくるまれた団子をシュヴァリエに差し出すと、シュヴァリエはひったくるように掴む。  一口齧ると、ほのかに甘みのする弾力のある生地と、甘辛く煮込まれたそぼろあんの旨味が口に広がる。味わうように何度も咀嚼するシュヴァリエを、フレンダは少し不機嫌そうにじーっと見つめていた。 「食べましたね?」  シュヴァリエが完食したのを見届けた後、フレンダは確認するかのように聞く。 「美味しかったですか?」 「あ、ああ。どうしたフレンダ?」 「美味しい物を貰ったならお礼を言うべきですよね、作った本人に」  困惑気味に頷くシュヴァリエにフレンダはニッコリと笑う。  その瞬間、シュヴァリエは何かやましい事でもあるかのように視線を泳がせ始める。剣の腕は立つのに嘘や誤魔化しは壊滅的に下手な上司にフレンダは鼻で笑った。 「何があったか知りませんが、前回の討伐任務帰還後あたりから2人ともよそよそしくて見ててムカつきます。主にシュヴァリエ隊長が」 「俺がかよ……」 「ルッツ君が何かしでかすわけないでしょう! 貴方たち2人がこじれるとか次の任務に悪影響出るかもしれないじゃないですか。主にシュヴァリエ隊長が!」 「ぐぅ……」  前回のキラーヴォルフ討伐完了から1週間経っているが、シュヴァリエは面と向かってルッツに話しかけられずにいた。あの晩の後からハルネジアに帰還する間も、ルッツは何かを考えこんでいるかのようにずっと俯いて歩いていた。  真っすぐ「何も不満はない」と伝えても、ルッツは納得できないようだった。  ただ心配をかけまいとぎこちなく作った笑顔で頷くだけで、シュヴァリエはそんなルッツになんと声をかければいいか分からない。結局妙に距離感が開いたまま、時間だけが過ぎていった。 「隊長、会議後は非番でしたよね? ルッツ君は多分今頃、自室で薬作りか勉強でもしていると思うので、その団子のお礼も兼ねて話し合いをしてきてください。ルッツ君が今後もここで働き続ける為にも、2人には『番』になってもらわないと困るのです。じゃないと僕が惨めじゃないですか……」  番というのはアルファとオメガの間でのみ可能な特別な繋がりだ。  アルファが発情期中のオメガの項を噛むことで結ばれる。項を噛まれたオメガは番であるアルファにしかフェロモンを発しなくなり、またアルファも番のフェロモン以外効かなくなる。  番同士はお互いしか求め合えなくなり、その本能的な拘束力は意志の力ではどうにも出来ないほど強い。  フレンダだけはシュヴァリエとルッツが両片思いであることを知っている。それを言うのは野暮だと思うし、精神的にも必要以上に間を取り持つのは癪なので伝える気は無いようだ。 「うっ、分かっているよ。このままじゃ駄目だという事も……分かった。とりあえずお礼に行ってくるよ」 「ええ、そうしてください。もう小休憩も終わるので」  フレンダは立ち上がり、シュヴァリエに軽く手を振ってから持ち場に戻っていく。  他の兵士たちも立ち上がっていく姿を見て、シュヴァリエは虫の居所が悪そうに頭を乱暴にかきながら、ルッツが居るであろう宿舎の方へ歩いていった。  

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