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第20話:オメガが入隊出来る条件
ルッツの心臓と鼓膜を震わせるその声は、力強さの奥に今にも消え入りそうな儚さを秘めていた。両肩を掴む手は僅かに震え、まるで何かに縋っているかのように感じる。
目の前のシュヴァリエの頬に涙が伝わっているのが見えた。苦しそうに眉間に皺が寄り、伏せられた瞼のまつ毛が涙の雫を弾いた。正面からぶつけられた強い言葉と涙に、喉が詰まって咄嗟に返事が出来なかった。
「そんな事を言わないでくれ……役に立つとか、恩返しとか、本当にどうでも良いんだ。君が居て笑ってくれれば俺は十分なんだ……君の事を愛しているから」
「え……あ、愛して……!?」
突然の告白にルッツも思わず大声を上げる。
そんな事はないと思い込もうとしてもシュヴァリエの表情は嘘をついているとはとても思えない。
シュヴァリエは自分の涙を服の袖で乱暴に拭いながら、ルッツの目元に優しくハンカチを押し当てている。心臓がうるさいくらいバクバクと音を立てていた。
ルッツは自分の唇に触れながら、先ほどのキスの感触を思い出す。
今まで行為中に唇を重ねた事は何度もあるが、シュヴァリエにとっては特別な意味はなく、雰囲気を盛り上げるためのフレーバーだと思っていた。
でももしそうでないとしたら……そんな妄想をすれば、頭から湯気が出るのではないかと思うくらい顔がじわじわと熱くなっていく。
「ルッツ、君は聖グローリア騎士団にオメガが入隊できる本当の条件を知っているかい?」
「それは……性処理の為ですよね……?」
「うっ……まさかとは思っていたけどそう思われていたとは……違うよ。ああもう、こんな事で傷つけるくらいなら意地を張らずに伝えておけば良かった……!」
それ以外にないだろうと言わんばかりのルッツの反応に、シュヴァリエは頭をガシガシと乱暴に掻く。オメガは筋肉がつきにくいので騎士になるのは非常に危険だ。
だが体質上、夜の相手としては向いている。だからこそそうだろうと思っていたが、どうやら違うようだ。しかしルッツにとってはそれ以外の理由は思い浮かばなかった。
「聖グローリア騎士団にオメガが入隊出来る条件は……稀な例外を除いて隊長の番である事だ……」
シュヴァリエはどこか気まずそうに視線を逸らしながら話し始める。
「アルファにとって番は本当に大切な存在でね、庇護欲が過剰なくらい増すんだ。自分の目の届く場所に常に置いておかないと、非常にストレスが溜まる。役に立つとかそういう次元じゃない、傍に居る事に大きな意味がある」
「い、居る事に大きな意味があるってそんな大袈裟な……」
「大袈裟ではない。今までの聖グローリア騎士団の隊長たちがそれを証明している。隊長はアルファである事が殆どなのだが、番を家に留守番させているとどうも行動が雑になる。番が心配で早く帰還しようと無理に進軍したり、不安で注意が疎かになる。逆に番を戦いの場に連れていくと、番を守ろうと全ての行動が慎重になる。背後に愛おしい存在が居ると、絶対に負けられないと全身が奮い立つ」
「た、たまたまでは……?」
「だが実際番を連れていくようになった結果、被害総数が減っている。俺も多分例外ではない。今日だって君に何かが起こるんじゃないかと想像しただけで胸が張り裂けそうだった」
予想だにしなかった事実に、ルッツは困惑していた。アルファは番への執着心が突出していると聞いてはいたが、そこまでだとは思わなかった。
ルッツは確かにオメガではあるが、そこまで大切な存在として見られているという実感が無かった。
「でも待ってください、それじゃあおかしい事があります。だって僕とシュヴァリエ隊長は番ではない」
だが先ほどの話が真実だとしたらおかしい事がある。ルッツには番が居ないのだ。
番になる条件はアルファが発情期中のオメガの項を噛むことだ。そうなればオメガは番のアルファ以外にはフェロモンを発しなくなるし、魂が縛られるかのように長期間離れる事が出来なくなる。
「ああ、例外があって……それは相手が『運命の番』である事だ」
「運命の番……?」
運命の番とは世界に1人だけいる、本能が唯一無二の相手だと認める特別な存在の事だ。目を見つめ合った瞬間魂が強烈に惹かれ合うらしく、主にアルファ側がオメガを絶対に番にしようと離さなくなるらしい。
「これは本能的な感覚だから口先だけでは証明できない。実際に捨て身で相手を助けた事実が必要だ。上官には君の幼馴染であるフレンダが一緒に証言してくれたよ。君は覚えていないかもしれないが、リーリブで君を助けた事がある。聖グローリア騎士団といえど、本来なら武器も防具もなく単独で魔物と戦う事は禁止されている。だがあの時はそんな事を気にする余裕がなかった」
覚えていない訳がない。あの出来事は、ルッツにとって人生の大きな分岐点になった大切な出来事だ。
あの時にシュヴァリエに恋をし、オメガだからと諦めていた騎士団への道を志すことを決めた。あの出来事が無ければ、生きていたとしても今とは全く違う人生を歩んでいた。しかしシュヴァリエがそれを覚えているとは思わなかった。
「君と、どうしても番になりたかった。オメガ入隊の条件を伝えれば、俺の気持ちが君に筒抜けになってしまう。それで君が離れていくのが怖くて、君が俺を好きになってくれてから伝えようと思っていた。でもそれがこんなに君を追い詰める事になるなんて思わなかったんだ。子供じみたプライドで君の心を深く傷つけてしまった。本当にすまない、許してくれ……そんな風に自分を追い詰めないでくれ……」
消え入りそうなほど震える言葉は、ルッツのひび割れた心の隙間を埋めるように染みわたる。シュヴァリエも泣いているというのに、ルッツの目元を拭うハンカチを自分の頬を拭うために使う気はないようだ。
乱暴に擦られて腫れているシュヴァリエの目元をなんだか見ていられなくなって、ルッツは服の裾を手繰り寄せてその涙を優しく拭う。
驚いたように一瞬大きく目を見開いたシュヴァリエの顔が嬉しそうに綻び、ルッツの手に頬を擦り寄せてくる。普段は格好良くて頼りになるのに、2人きりの時こういった甘えん坊な一面を見せる。相手の気持ちを知った後だと、余計にそれが愛おしく感じる。
気がつくと、お互いの瞳から涙が出なくなっていた。
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