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第21話:群生地

  「暗くなってきた。そろそろ帰ろう」 「はい。……あ、いえ、もうちょっとだけ時間を貰えませんか?」  泣いて少し冷静になったルッツは、ある違和感を覚えて立ち上がる。しばらく周囲を見渡した後、視線は海の方へ向けられた。崖の縁ギリギリまで歩いていくルッツに、シュヴァリエは慌ててその腕を掴んだ。 「それ以上は駄目だ……」 「大丈夫です、飛び降りたりしませんから。ほら、下を見てください」 「うん?」  ルッツは落ちないように地面に膝を着け、覗き込むように崖の下を見る。  シュヴァリエも続くように下を見ると、3メートル程下の位置に人間2人が入れそうなくらいの大きな穴が開いていた。ここの草原には何度も足を運んでいるが、危ないので崖の縁には近づかないようにしていたので気付かなかった。 「良かった、ロープは無事みたいだ」  ルッツは殆ど溶けた鞄を漁り、ロープを取り出した。スライムの溶解液は飛ばされた位置と反対側のポケットに入れていたから少しも傷んでいない。そのロープを近くにある大岩に結び付けて、ほどけないか何度か引っ張って確認する。 「いくら岩の影とは言え、草原にスライムが居るのは変だと思っていたんです。だから近くにスライムが過ごしやすい暗く日の光が入らなさそうな場所があるのではないかと」  持っている図鑑によればスライムがエリ草を食べている記録があると書かれていた。ルッツは自分を襲ったスライムがあんなに怒っていたのは、ご飯を取られそうになったからではないかと考えたのだ。 「その場所があの穴だって事か? まあ確かにその可能性はあるが……まさか降りる気か?」 「はい、そんなに距離がある訳ではないので大丈夫です。シュヴァリエ隊長はロープが崖の縁に擦られて切れないように持っていてくださると助かります」 「いやいや、そんな危険な事任せられるか!! 俺が降りるからルッツは待っていてくれ」 「大丈夫ですよ。ほら、ちゃんと身体にロープを括りつけてから降りるので」  そう言いながらルッツはお腹の位置にロープを巻いてしっかりと結ぶ。これならうっかり足を滑らせても岩に結んだロープが千切れなければ問題ないはずだ。 「しっかり支えてくださると嬉しいです。お願いします」 「う……」  ルッツが深々と頭を下げると、シュヴァリエは言葉を詰まらせる。しばらく悩んだ後、ルッツの意向を汲んだのかしぶしぶ了承した。 「木登りは降りるときの方が危険と言うし、ちゃんと足元を見てゆっくり降りるんだ。ちょっと降りて無理だと思ったらすぐ声を上げて良いからな!」 「大丈夫ですって。では降りますね」  そう言いながらルッツは切り立った崖のくぼみに足をかける。シュヴァリエが引っ張るロープをしっかり握り、足元を確認しながらゆっくり降りていく。  そこまでの高さではないのですぐその洞窟の縁に片足を着けた。ルッツが恐る恐る洞窟の中に入る。意外と深いようで、岩で影になっている奥の方がよく見えない。明かりが欲しいなと思っていたら、後ろの方で何か大きなものがドサッと落ちる音がして慌てて振り返った。 「ちょ……シュヴァリエ隊長!?」 「もし洞窟にスライムが居たらと思うと心配で……今は鎧も着ていないしこの高さならロープが無くても自力で登れるから」  シュヴァリエが申し訳なさそうに頬を人差し指でかきながらルッツの方へ歩み寄る。どうやら命綱なしで自力で降りてきたらしい。 「あー、ほら、暗くて見えづらいじゃないか! 明かりがあった方が良いだろう?」  そう言うとシュヴァリエが目の前に手のひらを掲げる。呪文を唱えるとそこに小さな篝火が灯り出し、周囲を明るく照らした。 「あっ……!」  明かりで照らされた洞窟の先には、地面を覆いつくすほどのエリ草が咲いていた。  薄暗い洞窟に僅かに揺れる数えきれないほどの花弁が、まるで満天の星空のように煌めいている。潮の匂いに混じって洞窟の奥から花の甘い香りが漂う。嗅いでいると気持ちが落ち着くような、爽やかな香りだった。 「これは、あの時に見た花と同じだよな?」 「ええ、疲労や魔力の回復効果のある珍しい薬草です。光があまり入らない場所に咲くのだとか。あと湿度が高い事も育ちやすい条件なのかも……良い場所を見つけました」 「そりゃあ凄いな! 採集しようと言いたいところだが、流石に暗くなってきた。鞄も無いし今度一緒に採りに来よう。なぁに、珍しい薬草の群生地が見つかっただけで大収穫だ。ルッツは本当に頼りになるな!!」 「わぁ!?」  シュヴァリエは思わずルッツをぎゅっと抱きしめた。咄嗟の事で目を丸くさせるルッツだったが、まるで自分の事のように喜ぶシュヴァリエを見ていると、顔が柔らかく微笑む。 「シュヴァリエ隊長、この薬草から疲れに効く薬茶が作れるらしいのです。それが無事完成すれば、貴方に恩返しが出来ますか?」 「ははっ、何を言っているんだか」  シュヴァリエは可笑しそうに笑いながら抱きしめていたルッツを離す。肩に手をポンと置きながら、愛おしそうにルッツを見下ろしていた。 「とんでもない恩返しだよ。俺では返せないくらいの」  肩に触れる手が、滑るようにルッツの顎に触れる。  シュヴァリエが少し身を屈めると、ルッツは頬を染めて視線をキョロキョロと動かす。沈む夕日に負けないくらいの赤に染まった小さな顔が、しばらくして意を決したかのように目を瞑る。  一生懸命でいつも誰かの支えになろうと頑張って背伸びをしている。一緒に居ると絆されてしまう。そんなルッツが、シュヴァリエは昔から大好きだった。  唇と唇が静かに重なる。触れた瞬間僅かに目を開けたルッツは、幸せそうに笑った。  

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