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第24話:甘い香りの正体
次の日もシュヴァリエはリーリブの『ポーリーン・ポーション』の前に立っていた。
昨日はごく自然に扉を開けられたのに、なんだか今日は妙に緊張した。意を決して扉を開けると、カランというドアベルが小さく鳴り響く。
「いらっしゃいませー!」
明るく、元気ではきはきした声が近くで聞こえる。そこに立っていたのは昨日初めて会ったルッツだった。
ルッツは驚いたように少し目を見開いた後、嬉しそうににこりと笑った。ふわりと甘い香りが漂い、シュヴァリエは息を呑む。
「昨日のお客さんだ。ルームフレグランス、置いてくれましたか?」
どうやらルッツも、シュヴァリエの事をちゃんと覚えていたらしい。
「ああ、とても良い香りで気に入った。今日は傷薬を買いに来たんだ」
「傷薬ですか。切り傷や火傷、湿疹など用途に合わせていろいろありますけど、ご希望の物はありますか?」
「そうだな、切り傷用はほしい。染みても良いから強力なやつを。あと解毒薬などもあれば頂きたい。それから……」
シュヴァリエが求めている薬を言うと、ルッツは薬の説明やアレルギーの事を話しながら次々と用意していく。周りに居る他の客やルッツの母は、怪しい恰好のシュヴァリエを警戒しているのか、じっと見つめていた。
しかしルッツだけはそんな事を気にしていないようににこやかに対応していく。しばらく話し合った後、会計カウンターに必要な薬品が並べられる。
「そういえば気になっていたんだが、君は俺の姿を見て警戒したりしないのか?」
「警戒ですか? どうして?」
「俺の恰好は怪しいだろう? よく強盗と思われるんだ。嫌だったら申し訳ないが、事情があってこのフードを取りたくないんだ」
シュヴァリエがフードの裾を摘まんで下に引っ張りながら周囲を見る。
訝しげにシュヴァリエを見ていた人々は、ばつが悪そうに視線を逸らした。ルッツはしばらくうーんと何かを考えた後、微笑みながら口を開いた。
「なんでか分かりませんが、怪しい人ではないと思ったのです。むしろ落ち着くというか、貴方からは良い香りがする」
「良い香り? どんな匂いだ?」
シュヴァリエは今まで何度も容姿や実力を称賛された事はあるが、良い香りがすると言われたのは初めてだった。それに当然ながら香水等は一切つけていない。
「えっと、温かいお日様の香りがします。いっぱい日光を浴びたふかふかの布団に包まれるような、そんな心地いい香りがするんです。変ですよね、昨日会ったばかりだというのに……」
シュヴァリエは首を傾げる。確かに服は毎日洗濯しているが、この身体を覆うフードは予備が無いので消臭剤を噴霧して風通しの良いところに置いていただけだ。そんな香りがするのだろうか。むしろ良い香りがするのはルッツの方ではないだろうか。
今日入店した時に確信した。心を満たすような甘い香りは、フレグランスからではなくルッツから香っている。何か特別な香水でもつけているのだろうかと思い、その事も尋ねたいと思っていた。
「あの、香りについての事なのだが……」
シュヴァリエはそう言った瞬間、すぐ傍にある出入口の扉が乱暴にバンと開かれた。思わず肩がびくりと跳ね、周りの客からも小さな騒めき声が聞こえる。
「うげっ……」
そこに立っていたのは、昨日店から出た後に舌打ちした老人だった。老人も黒フードという特徴的な見た目を覚えていたのだろう、荒々しい口調で「退け」とシュヴァリエに言い、会計カウンターに立っているルッツの方を向いた。
シュヴァリエは咄嗟に老人を止めようと手を伸ばすが、ルッツはニッコリと笑って動じていなかった。
「おいルッツ……」
「はい! ちゃんと用意してありますよ。酔い止めのお薬ですよね!」
そう言いながらルッツはカウンター裏に用意していた薬を老人の前に置いた。
「飲み過ぎは良くないですよ。ちゃんと身体を労わらないといつか急性アルコール中毒で倒れてしまうんじゃないかと心配です」
「ああん、儂を舐めとるんか? 金は払っているのに文句あるんか!」
「僕はお金儲けの為に薬を作っているんじゃない。誰かの助けになりたくて、これが一番皆の役に立てると思ったからやっているんです。文句なんてない、貴方の助けになれる事は純粋に嬉しいですよ」
そう言いながらルッツはそっと老人の手を握る。優しく屈託のない笑みで真っすぐ見つめられて、老人も吐き出そうとしていた言葉を詰まらせる。
気まずそうに一瞬視線を逸らした後、やや乱暴にルッツの手を振り払った。そしてそのまま何も言わず、叩きつけるようにカウンターに紙幣を置く。ルッツが鼻歌を歌いながらスムーズにお釣りを用意しカウンターに置くと、老人は薬とお釣りを掴んでポケットに突っ込んだ。
「有難うございましたー!」
元気な声で頭をぺこりと下げるルッツに、老人はフンと鼻を鳴らす。
不機嫌そうな顔で出入口の扉を開けるや否や、すぐさま出ていった。
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