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第25話:彼が欲しい

   勢いよく閉じられた扉をしばらく呆然と見ていたシュヴァリエはルッツの方に向き直る。 「えっと、大丈夫か?」 「ん? はい、大丈夫です。昨日もあんな感じでしたし、もう慣れちゃいました」  ルッツは振り払われた手をもう片方の手でさすりながら、扉の方を見ていた。  先ほど横暴な態度を取られていたというのに、その瞳には怒りも悲しみも含まれていない。ただ静かに寄り添う花のような健気な優しさだけがあった。 「あの人、最近奥さんが他界したんです。近所でも有名な愛妻家の優しい方だったんですよ。だからこそ1人ぼっちになったのが辛くてお酒に溺れている状態なんです。そう思うと、なんだか放っておけなくて……」 「まあ気の毒だと思うが……そこまで肩入れしなくても良いんじゃないか? むしろ1人は気楽じゃないか?」 「ふふっ、羨ましいな。でもきっと僕には無理です。他のオメガは分かりませんが、体力のない僕は1人だとすぐ限界がきてしまう……それでも必要とされたい……。だから皆と助け合いたいなって思うんです。足だけは引っ張りたくないから」  ルッツは自分のこぶしをきゅっと握る。  シュヴァリエを見つめるその顔はまるで届かぬ光を見つめるかのように眩しそうに細められている。憧憬が滲むその瞳はどこか消え入りそうな儚さを秘め、シュヴァリエの胸の鼓動を早めていく。 「……君はオメガだったのか」 「はい。失望しちゃいました?」 「そういうわけではないが……いや、なんでもない」  ようやく、シュヴァリエは自分の気持ちを理解した。  元気ではきはきとしているようで、その奥の芯は大きな衝撃でぽっきりと折れてしまいそうで脆い。失礼だと思いつつもそんな印象を抱いてしまい、胸の奥から感じた事のない庇護欲が顔を覗かせる。  自分の全身を包み込むような心地の良い香りは、オメガのフェロモンなのだと。  目を見つめた時に感じた不思議な感覚。彼が自分の『運命の番』なのだと理解してしまった。 (……彼が欲しい)  言語化できなかった気持ちの正体を自覚してしまった時、ぞくりと胸の奥に願望が顔を覗かせる。手を伸ばして、今すぐ連れ去ってしまいたい。ローブの内側に隠して、鳥籠の中に閉じ込めた鳥のように誰の目にも届かぬ場所で愛で続けたい。 (何が1人は気楽だ……離れたくない。俺には多分彼が必要だ……)  自分の強さには自信があった。1人でゆっくり静かに過ごしたいと思っていたのに、今ではそれが出来そうにない。アルファの悍ましい本能に、汗が滲む。  しかしルッツはシュヴァリエを運命の番だと気付いていないようだ。シュヴァリエにとって今のルッツを攫って閉じ込める事は容易だ。だけどそんな事はしてはいけないと分かっている。 (彼に俺を好きになってもらわなければ……)  シュヴァリエは短絡的な行動に出そうな自分に嫌気が差しながら、気持ちを落ち着かせるよう深呼吸をした。 「……先ほど頼んだ薬なんだが、とりあえず切り傷用だけ貰えないか」 「えっ、あ、はい!」  呆然とした顔でシュヴァリエを見上げていたルッツは、ハッと意識を戻して言われた薬を取り出して会計カウンターに置いた。切り傷用だけ買うのは、何度もこの店に来る口実を作るためだ。シュヴァリエが紙幣を取り出して渡すと、ルッツはお釣りをカウンターの上に置いた。 「実はフォレリーから来たのだが、こんな見た目だと話し相手が全然いなくて寂しかったんだ。明日も来るから、またお喋りしてくれると嬉しい。勿論商品も買う」 「いえ、そんな! 僕もお客様といっぱい喋るの大好きなので、お待ちしていますね!」  そう言ってシュヴァリエは店を後にした。  胸の奥で燃え上がる温かな恋心と冷たく光る身勝手な欲望を抱えながら、今後どうするかと考えながら歩き出した。 ―――――――――  その後もシュヴァリエはリーリブに向かい、何度も店に足を運んだ。以前買いそびれた薬を、効き目が良かったからもう一つ、家族も気に入って頼まれて。……いろいろ理由をつけて毎日のように店に行った。  初めは警戒気味だったルッツの母も、そのうち気にならなくなったのか普通に歓迎されるようになった。  フードを取って素顔を晒すかどうかは迷った。リーリブでシュヴァリエの事を知っている者がどれだけいるか分からないが、田舎の情報伝達の速さは異常だという事はフォレリーで分かった。貴重な時間を邪魔されたくない。  こんな怪しい見た目でもルッツは一切気にしていない。逆に言えば、顔を晒しただけで惚れてもらえるとも思えない。 (まあ後で晒しても問題ないだろう……)  それなりに容姿に自信はあるのでガッカリはされないはずだ。もう少し気持ちを寄せてもらえた後でも大丈夫だろう。今のところ脈はなさそうだが、この穏やかな時間も嫌いではなかった。  しかし休暇の終わりは近づいてくる。もうすぐ首都のハルネジアに戻らなければならない。副隊長という地位を有難くも頂いているから、そう何度もフォレリーには帰れない。  ハルネジアに戻ればルッツと離れてしまう。そう焦り始めた頃、ある事件が起きた。  今日もルッツに会いに向かっている途中、慌てたように店を飛び出したルッツとすれ違った。シュヴァリエに気付く様子もなく、顔を真っ青にして猛スピードで走っていくルッツに何か嫌な予感はした。 「ルッツ待て、先程聖グローリア騎士団に討伐要請したから家の中で大人しくしていなさい!」  すると近くに居た町人がルッツに叫んでいる声が聞こえた。 「聖グローリア騎士団に連絡……? 一体何があったんだ!?」  シュヴァリエは咄嗟にその町人の両肩を掴み、前後に揺らしながら尋ねる。  町人は怪しい黒フードの男に驚きはしたものの、イビルイーグルが奇襲してきた事、ルッツの幼馴染のフレンダが1人で戦っている事を伝えた。  シュヴァリエの頭から血の気が引いていく。イビルイーグルは飛行能力のある魔物で、聖グローリア騎士団でも討伐難度は高い部類に入る魔物だ。武装していない兵士でも危険だというのに、一般人が何とか出来る相手ではない。 (せっかく運命の番に会えたというのに、魔物なんかに傷つけさせてなるものか……!!)  シュヴァリエは動きにくい邪魔なローブをその場に投げ捨て、近くに置かれていた農作業用の(くわ)を掴んだ。 「お借りします」 「えっ? あんたそのなり……確か聖グローリア騎士団副隊長の……」  投げたローブを拾いながら町人は目を丸くしてシュヴァリエを見つめる。  周りの声も一切聞こえなくなる程の焦りが、いつの間にか身体を動かしていた。防具もまともな武器もない状態で、単独で戦う事が危険なのは分かっている。  だが本部から連絡が来るのを悠長に待てる余裕などない。シュヴァリエは丘に向けて全力で走った。  

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