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第26話:約束

   言われた場所に行くと、広い草原でルッツが何かを守るように丸まっている姿が見えた。  その瞬間に荒ぶった魔物の叫び声が響き渡る。上空を見ると、鋭い鉤爪を広げたイビルイーグルがルッツを捕食しようと急降下しようとする姿が見えた。  それを見た瞬間、目の前が真っ赤に染まり、血管が焼き切れそうになるほど身体が熱くなる。無意識に奥歯を噛みしめ、地面を踏みしめる足に力が入った。  今まで感じた事のない程その魔物が醜悪なものに見えた。自分がその脅威を取り除かなくてはと、鍬を握る手に力が入る。強烈な憤怒で支配されそうな中、心の一部は少し冷静なようでイビルイーグルの動きはやけにゆっくりに見えた。 「よく耐えてくれた!」  ルッツに覆い被さろうとするイビルイーグルの頭部を振り上げた(くわ)が捉え、渾身の力で叩き上げた。  慣れない得物を乱暴に振り上げた腕の痛みすら気にしていられなかった。運よく中心を捉えることが出来たのか、鈍い打撃音が響く。  短い叫び声を上げて息絶えたイビルイーグルを確認した後、ようやく喉につっかえていた息を吐き出すことが出来た。  シュヴァリエは、先ほどまでの怒りを表に出さないように数回深呼吸をしてから、ルッツに向き直って手を差し伸べる。 「自己紹介が遅れました、俺の名前はシュヴァリエ・イシュタール。そっちの彼は怪我が酷いね……立てるかな?」  ルッツはシュヴァリエを見上げながら呆然としている。  どうやら黒フードの男と同一人物だと気付いていないようだ。あまりにも反応がないのでシュヴァリエがやや焦り始めた頃、ルッツは興奮したように差し伸べた手を両手でガシッと握った。 「凄い!! 聖グローリア騎士団の方ですよね!? とても格好良かったです!!」  自分より小さな両手の温もりと、それまで見た事のないほど興奮した顔のルッツに、シュヴァリエの胸がドキリと跳ねる。  ルッツの瞳は感動と畏敬で星が散るようにキラキラと煌めき、滑らかな頬は夕日のように真っ赤だった。ふわりと香る甘い香りは、野外ですら一切薄まらないほど強烈な存在感を放っている。 「あ、あの……僕、ルッツって言います。聖グローリア騎士団に憧れていて、騎士団の人みたいに色んな人を助けられるようになるのが夢なんです。とても強くて格好良くて……僕の理想の人物像なんです」 「そ、そうなのか……?」 「ええ! 敵の猛攻もするりと躱し、鋭い剣捌きで魔物の首を一刀両断したり、大きな炎を自在に操って味方の盾にしたり。皆の前に立って堂々と敵に向かっていく姿はとても格好良いと思うのです!!」  幼い少年のように煌めく視線を向けられ、思わず顔が熱くなる。  ルッツの理想の騎士像は少々絵物語のように無茶苦茶であった。少なくともこの時のシュヴァリエには敵の首を一刀両断するのは困難だし、炎の魔法だって得意ではない。だが楽しそうに語るその言葉に否定することが出来なかった。  ルッツの初めて見る表情に、シュヴァリエは完全に見惚れていた。ああやっぱり彼こそが自分の運命の相手なのだと、幸福感が湧き上がって止まらない。 「騎士団に入るのが夢なのか?」 「は、はい。でも僕はオメガでして……体力のないオメガは騎士団には入れないって町の人から言われ……だから夢を幼馴染に託したんです。2年後には入隊試験を受けられるので」 「幼馴染?」 「僕です」  すると傍で傷だらけのフレンダが起き上がる。意識を失ってもおかしくない程の重症だが、闘志の消えていない水色の瞳がシュヴァリエを射抜く。 (……これは、将来有望だな) 「絶対に強くなって、ルッツ君を騎士団に入れる。偉い人になればそれも出来るはずだ」 「無理だよフレンダ……僕は君みたいに強くない」  ルッツはフレンダを落ち着かせるように背中を撫でながら、宥めるような優しい声色で言う。しかしその優しさの奥には隠し切れない諦念が現れており、シュヴァリエの心がざわつき始める。  何とかしてあげたいという気持ちが湧き上がって止まなかった。 「……いや、ちょっと条件が特殊だが、オメガでも聖グローリア騎士団に入隊出来る。兵士としてでなく裏方のサポート役としてだが、戦いの場に向かう事もある」  その言葉を聞いて、僅かに暗くなっていたルッツの瞳に再び光が灯る。 「本当ですか!?」 「ああ」 「本当に……諦めなくて、良いんですか?」 「勿論。今は詳細を言いたくないが、俺が隊長になればおそらく可能だ」 「……それって僕が隊長になっても出来ますか?」  間髪容れずフレンダがシュヴァリエを睨みつけながら聞く。その瞳をじっと見つめ、シュヴァリエは複雑そうに肩をすくめながら口を開く。 「認めたくないが君も可能性がありそうだ。でも無理だよ、俺が先に隊長になるから」 「そんなの分かりませんよ! 手始めに最年少で副隊長になってやります!」 「ん、まあ頑張って。隊長枠はともかく、聖グローリア騎士団に入隊は心から歓迎しているから」  そんな会話をしていると、遠くで数人の兵士たちが走ってくる姿が見えた。どうやら偶然村の近くに武装した兵士が数人いて救出に来たらしい。  兵士たちはシュヴァリエの姿と近くで息絶えているイビルイーグルを見て驚いていた。とりあえず重症のフレンダの治療が急務だと、フレンダは担架に乗せられて運ばれていった。ルッツも付添人として同行するようだ。 「ルッツ……君」 「はい?」 シュヴァリエは去って行こうとするルッツを呼び止める。 「俺が君を必ず騎士団に入れると約束する。もっと訓練を重ねて絶対に隊長になってみせる。絶対にだ。だから俺の事を忘れないで、項を守ってほしい」 「シュヴァリエ副隊長さん……?」  目を丸くして呆然としているルッツの前に、シュヴァリエは小指を出す。今はこんな形でしか約束は出来ない。でもシュヴァリエは本気だった。  いかに剣の才能に恵まれていたとしてもシュヴァリエはまだ若い。隊長なんて一朝一夕でなれるものではない。  貴重な休暇もここに戻る事もせず、ずっと訓練し続けないといけないだろう。それでも2年で成就するかは不明だ。フレンダを含め、1つしかない枠を全員が血眼になって狙っている。特権の為に、番の居るアルファであれば特にそうだ。 「2年後、聖グローリア騎士団で待っている」  恐る恐る手を差し出すルッツの小指に絡める。泣きそうな顔で頬を真っ赤に染めたルッツに、シュヴァリエは満面の笑みを向けた。  

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