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第29話:野暮な質問

   その後も会話は、テーブルに置かれた料理が全てなくなるまで絶えず続いた。  食事を食べ終えた後は、ダグラスが食事中にさり気なく抜け出して張ってくれた風呂に入る事になった。先にシュヴァリエが風呂場へ向かい、ルッツは相変わらずこぢんまりと椅子に座っている。 「ルッツさん、疲れていなければシュヴァリエが戻ってくるまで、この暇なおばさんに付き合ってくれない? 運命の番さんが家にやってくるなんて機会、そうそう無さそうだから話したいの」 「あ、はい。勿論お付き合いします!」 「有難うね。ルッツさんも何か飲むかい? 紅茶でもコーヒーでもワインでもなんでも良いわよ」 「えっと、では紅茶でお願いします」 「はいよ」  アマリアが棚の中からティーカップとポットを取り出した。ポットの中にお湯と茶葉を入れてしばらく待てば、ふんわりと柑橘系の甘い香りが漂う。カップに注がれた紅茶はとても香り高く、一口飲むと無糖でもほのかに甘みを感じた。 「香りも良くて、美味しいです」  本当に何から何まで良くしてもらって申し訳ない気持ちだった。  ティーカップに注がれた澄んだ琥珀色の液体には、複雑な顔のルッツが映りこんでいる。 「その……お2人に聞きたい事があるのですが」 「おや、なんだい?」  紅茶をティーカップの半分ほど飲み終えた頃、ルッツは意を決したかのように口を開いた。前に座るアマリアとダグラスはにっこりと微笑んで言葉の続きを待つ。 「その……僕がこんな事を言うのもおかしな話かもしれませんが、お2人はシュヴァリエ隊長の番が僕で本当に良いのですか? 僕は確かに薬師としていくつもの薬を作って、それが皆さんのお役に立てた事を誇りに思います。でも……」  リーリブに居た時は、なんだかんだ薬師としての仕事に誇りを持っていた。シュヴァリエと再会した時も、この薬で沢山の兵士たちの命を救えるかもしれないと期待していた。  でも実際はそんな事にはならなかった。田舎者のルッツは魔法石のことは薄ぼんやりとしか知らず、命をかけた戦いの場では薬の出る幕などなかったのだ。 「僕の薬は、実は騎士団では殆ど役に立たないんです。一方シュヴァリエ隊長は、僕なんかに比べ物にならないくらい立派な方です。どう考えても釣り合わない。僕ではきっと、彼を支えてあげる事が出来ない。そんな存在が番だなんて、ご両親であるお2人にとっても良い気はしないでしょう?」  崖の下で見つけたエリ草から薬茶を作れれば、少しは役に立てるかもしれない。でもまだ試していない以上、それもどうなるか分からない。  役立たずと結婚なんて、彼の両親にとっては簡単に許せるものではないはずだ。会ってまだ2時間ほどしか経っていないが、2人がシュヴァリエを息子としてとても大切にし、意志を尊重している事は伝わる。  結婚とはお互い支え合うものだ。一方的に尽くすことが、シュヴァリエの幸せになるとは思えなかった。 「それでも、ルッツさんはあの子が選んだ人だから」 「でも僕は……不安です。彼に対してでなく自分自身に……」 「ルッツさんあのね、シュヴァリエが誰かを実家に連れてくるのは初めてなの。だからシュヴァリエにとって、貴方はすごく大切な人なのだと思う。それこそ、あの子の人生を変えるほどに」 「人生を変える……?」  ルッツは首を傾げる。  そんな事、当然心当たりがない。 「シュヴァリエね、聖グローリア騎士団として首都ハルネジアに住んでからも、定期的に帰って来てくれたの。なんだかんだこっちの方が落ち着くからって。だけど3年前だったかしら、突然帰らなくなった時期があったの」 「3年前……僕がシュヴァリエ隊長と出会った頃だ……」  今でも鮮明に覚えている大切な思い出。  彼の戦う姿に惹かれ、聖グローリア騎士団で待つと言ってくれた時の事。ルッツにとって人生の分岐点となった日もその頃だった。 「突然手紙が届いたの、隊長になるまで帰らない。何が何でも隊長になりたい理由が出来たから、自由時間を全て訓練に充てるって」 「隊長になりたい理由、ですか……?」 「あの子の戦果はこのフォレリーにも届いたわ。今まで以上に訓練しているとか、魔物を一撃で仕留められるほどの剣豪になったとか……。苦手だった炎の魔法も会得したという噂も聞いたわね。戦士なのに魔術師に匹敵するくらい凄いって。どうしてそこまであの子が頑張ったか、ルッツさんは知っている?」  ルッツは首を横に振った。  確かシュヴァリエと初めて会った時、彼は副隊長だった。しかしそこから隊長に昇級するまでの期間はシュヴァリエと関わっていない。  どれだけ望もうとも、当時ただのオメガである自分が易々と会いに行ける存在ではなかった。だから当然知る由もない。 「隊長の特権で運命の番を、聖グローリア騎士団に迎え入れたいからですって。その運命の番が聖グローリア騎士団に入りたがっていて、夢を叶えてあげたいから努力したの」 「……っ!!」  覚えている。今考えれば、相当恥ずかしい記憶だ。  初めてシュヴァリエに助けられた時、聖グローリア騎士団に入ることが夢だと語った。そしてオメガだから叶わないと、フレンダに託して諦めた事も。 (シュヴァリエ隊長は当時……隊長になって、必ず騎士団に入れると約束してくれた……)  あの時はルッツが入隊する事と、シュヴァリエが隊長になる事に、何の関係があるのか結びつかなかった。でもアマリアの言葉を聞いて、ようやく理解した。  シュヴァリエはあの時から、特権のため……ルッツの為に隊長になる事を決めたのだ。目的達成まで家に帰る事もせず、ひたすらに努力し続けた。  全てはルッツの夢と、交わした約束を守るために。 「私たちもたまにハルネジアに行く事もあったんだけどね、新たな目標が出来たあの子はとても充実している顔だったわ。あの子にとってルッツさんはそれくらい大切な存在なの。ルッツさんはシュヴァリエの事をどう思っているの?」 「僕は……」  シュヴァリエの事をどう思っているか、そんな事は悩むことなく言葉に出来る。  心臓がドクドクと大きな音を鳴らし、背中は汗でじっとりと滲んでいる。誤魔化したり、中途半端な言葉は言いたくない。彼の大切な両親に言うべきではない。  だってどれだけ虚像で塗り固めても、とっくに心の中で結論が出ているのだから。 「僕も……シュヴァリエ隊長とずっと一緒に居たいです。隣を歩いて一緒に仕事をできるだけでも幸せで、どんなに大変でも彼の笑顔を見られると思うだけで頑張れる」  助けられて初めてちゃんとシュヴァリエの顔を見て、その真っ赤な瞳に心を射抜かれた時からずっと好きなのだ。今この瞬間も、どうしようもないほど恋焦がれている。 「なので……もっと努力するので、どうかアマリアさんとダグラスさんにも認めてほしい。自分の人生から彼が居ない事なんて想像できないほど、僕はシュヴァリエ隊長の事を愛しています……!! 彼と結婚したいし、番になってほしいんです……!!」  瞳から雫が零れそうになるのを堪えるように鼻を思い切り吸うと、奥がジーンと痛む。  ただ不安だった。何も出来ない自分では愛想を尽かされてもおかしくないから。でも聖グローリア騎士団で関わるようになってから、より一層燃え上がる気持ちを今更捨てられるはずもない。何が何でも番になりたいのはルッツも同じなのだ。 「……野暮な質問だったわね。うふふっ、そのお顔シュヴァリエに見せたいわ~」  アマリアとダグラスはどこか安心したように笑った。ルッツには今の自分がどんな顔をしているのか分からなかったが、顔だけはずっと熱いのは分かる。 「でも僕は未熟です。ずっと彼の役に立ちたいと思っていますが、貢献できない以上いつ除隊されてもおかしくない。シュヴァリエ隊長を、信じても大丈夫なのでしょうか……?」 「ルッツさん、君はあいつの隣に座っていたから気付いていなかったかもしれないが、食事中のシュヴァリエはずっと君を見ていた。あいつのあんな顔、儂も初めて見たよ。それなのにどうして君らの仲を否定できようか」 「そうよ。不安はなかったと言えば嘘になるけど、それでも知らない内から貴方の事は認めようと決めていた。だから、改めてお願いさせて頂戴」  すると先ほどまでの朗らかな空気がスッ……と鎮まった。アマリアとダグラスは力の籠った真剣な目でルッツを見つめている。  ルッツは喉がきゅっと締まる感覚がした。自然と背筋が伸びて、膝の上で握った拳が僅かに震えた。 「シュヴァリエの事を、よろしくお願いします」  アマリアとダグラスはルッツに深々と頭を下げた。  

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