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第30話:お風呂
「ルッツ、お風呂開いたよ」
話がひと段落ついた頃、風呂に入っていたシュヴァリエがリビングの扉を開けた。
聖グローリア騎士団の制服からサイズにゆとりのあるラフなシャツとズボンの姿に変わっている。両肩に掛けるように白いタオルを首から下げていた。
「今日はいろいろ大変だっただろう? 湯船につかっておいで」
シュヴァリエはルッツの肩をポンと叩くと、にこやかに笑ってそう言った。
入浴剤かシャンプーの匂いだろうか、ほのかにハーブ類の爽やかな香りがする。風呂上がりの高めの体温が肩から伝わる。水気の残った髪から頬に雫が落ち、危なげな魅惑を感じて思わずドキドキし始めた。
「は、はい。あの、お風呂も有難うございます!」
良からぬ邪念を振り払うように、ルッツはアマリアとダグラスに頭を下げて小走りで風呂場へ向かった。今日だけで何度頭を下げた事だろう。
―――――――――
事前に渡されたバスタオルを胸に抱えながら、湯船につかる前だというのにじわじわと昇る体温に困惑していた。冷水でも頭からかぶって冷静になろう、ルッツはそう決めて服を脱いで浴槽の扉を開いた。
大きな鉄釜の下から直火でお湯を沸かすタイプのお風呂だ。直接足を付けると熱いので、底には木の板が敷いてある。
その風呂の水面にはいくつかのハーブが浮いている。入浴用によく入れられる植物だ。香りにはリラックス効果があり、肩こりとかにもよく効く。
「はー……」
ルッツはまずシャンプーや石鹸で全身をしっかり洗った後、湯船に身体をゆっくりと沈めた。
今日は朝から騎士団の仲間たちの為におやつを作ったり、長距離歩いてエリ草を探したりと慌ただしい一日だった。大好きなシュヴァリエの両親の前でも気を抜く事が出来ず、ようやく肩の荷が下りたような感覚だ。
「ここに……さっきまでシュヴァリエ隊長が浸かっていたのか」
ふとそんな当たり前の事を呟いてしまった。
湯を両手の手のひらに掬って顔にぱしゃりとかける。泣き腫らした目元にもじんわりと湯が染みてくるような感覚だった。このお湯に浸かっていた……風呂に入ってたらそりゃそうなのは分かっているが、何とも言えない背徳感に腰がビクンと小さく跳ねた気がした。
脳裏に、シュヴァリエがこの湯に浸かっている光景が映し出される。実際に見ていないはずなのに、何故だかその様子が容易に想像できた。
鍛え抜かれた肉体、髪に付いた雫が水面に零れる様子、気持ちよさそうに息を吐きながら肩まで湯に浸かる横顔。一つ一つ想像するたびに腹の底が熱くなっていく。
きっととんでもなく扇情的で、理性が壊れかけるほど魅惑を振りまく事だろう。
「熱い……」
お湯が熱すぎるのだろうか? いや、でもそこまで高温だとも思えない。
口では熱いと言っておきながら、ルッツは身体を丸めて更に湯の中に沈んでいく。鼻の下あたりまで沈み、スン……と息を吸う。まるで湯に溶けたシュヴァリエの香りを探すかのように。
でもおかしい。なんでいきなりこんな良からぬ妄想をし始めるのだろう。何か忘れている事でもあるんじゃないだろうか。何か……何か……。
「あっ……そうだ、いろいろありすぎて忘れてた……!」
そう言えば、周期が合えば今晩あたりから発情期がくるのだった。
さっきから良からぬ妄想をしだすのも、身体が異常に熱いのもきっとそのせいだ。
「まずい……早くあがらないと……」
抑制剤をまだ飲んでいない。アマリアとダグラスの第2の性は分からないが、シュヴァリエは番が居ないアルファである事は間違いない。
確か持ってきた鞄の中に入っているはずだ。早く飲んでこの身体から湧き上がる熱を鎮めなければ。
「抑制剤を飲まなきゃ……今なら間に合う、今なら……でも……」
ルッツは浴槽から這い出る。身体が重いのは、多分のぼせているからではない。タオルで身体を拭いている間も、腹の奥底がきゅっと寂しそうに疼く。どろりと何かが溢れそうな感覚がして、下唇を噛んだ。
(欲しい、いつものように全身を撫でられたい……そして湧き上がる寂しさを埋めてほしい……)
浅ましい欲望が頭の中を埋めていく。
今は思い出したくないのに、いつもテントの中で抱かれている時の事が脳裏に浮かぶ。優しく労わるように小さな窄みをゆっくり広げ、寂しく疼くお腹をいっぱい埋めてくれた事。余裕の無さそうな乱れた呼吸、獣のように鋭い瞳……でもその手つきはいつだって優しかった。
大切に大切に……でも逃がさないと、腹の奥底に刻み付けるようにゆっくりじっくりと抱いてくれた。苦しみはなく、望むものだけを絶えず与え、他の者では決して満足できないようにするかのように。
「隊長が僕と結婚を望んでいるなら……」
臀部の割れ目から、太股をつたって涙が零れる。
自分はシュヴァリエを癒すことが出来ないくせに、今は脳が情欲で支配されそうなほど彼を求めている。
「薬で鎮めたくない……シュヴァリエ隊長に抱かれたい……」
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