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第31話:発情期
火照った身体を引きずるように、ルッツはリビングへ続く短い廊下を歩く。
扉を開けると、アマリアとダグラスの姿はなく、シュヴァリエが1人椅子に座っていた。手に持っているマグカップから芳醇なブドウの香りがする。ホットワインを飲んで待っていてくれたようだ。
「あれ、アマリアさんとダグラスさんは……?」
「あー……父さんと母さんは突然隣人の家に泊まりに行くって出ていった。頼んでいないのに『お邪魔虫は去るわ~』って。だからその……今晩は2人きりだ」
2人きり。その言葉で身体を拭いている間少しだけ落ち着いた心がまた騒めきだす。首の周りが熱く、湯気か何か漏れ出しているような感覚がした。
「ルッツ? 顔が赤いけどどうした?」
シュヴァリエが立ち上がり、心配そうな顔でルッツに近づく。今彼の顔を見たらまずいと、ルッツは慌てて首を下に向けた。
しかしシュヴァリエはルッツの都合をよそに、大きな掌でルッツの頬を撫でる。少し顔を上に向けられ、自分の顔を覗き込んでくるシュヴァリエを見た瞬間、内側から何かが弾けるような感覚がした。
「うあっ……」
「っ……!! この匂いは!!」
抑え込んでいた熱が、急激に全身に巡る。急激に上がる体温で目の前の景色が歪み、ルッツは傍にある壁に背中から倒れた。
「そうかっ、発情期か……! ルッツその……抑制剤は持っているかい?」
「……か、鞄の中に」
「分かった、すぐ取ってくるから座っていてくれ」
シュヴァリエはルッツの肩に一度ポンと手を置くと、慌ててリビングから出ていってしまった。遠くで階段をドタドタと上がる音が聞こえる。ルッツはほんの数秒何かを考えこんで、後に続くように廊下に出た。
壁に片手を付けながら、ゆっくりと階段を上っていく。
2階は1階より広くないようで、短い廊下と2つの部屋しかない。片方の部屋のみ電気が付いており、慌てたように何かを漁る音が聞こえた。ルッツは念のため2回ほどノックをしてから、その部屋に入り込んだ。
シュヴァリエの部屋は指南書と最低限の家具くらいしか置いていない殺風景な部屋だった。
ルッツは無意識にベッドの方を向いた。シュヴァリエの体格ががっしりしているからか、大きくて頑丈そうな作りをしている。あれなら2人乗っても大丈夫だろう。シーツや布団も綺麗に洗濯されており、通気性がよく柔らかそうに見える。
「あっ、ルッツすまない……その、俺には抑制剤がどれだか分からなくて……」
ルッツの鞄の前にしゃがみこんでいるシュヴァリエが、困ったように顔を上げた。中身は1つ1つ床に並べられているが、薬らしいものは残っていない。
「ない……ですね……」
「ない!? 抑制剤が!?」
「はい……おそらくスライムの溶解液を掛けられた時に無くしたのだと思います。溶けたか、落っことしたのかは分かりませんが……」
抑制剤はオメガにとってはある意味命綱といえるほど重要な薬だ。だから絶対に落とさないように、鞄の奥底に入れていた。
あの時スライムによって鞄を溶かされ、底に穴が開いてしまった。命の危機に瀕していたので、抑制剤の事を気に掛ける余裕もなかった。
「くそっ、あの魔物め……」
苛立った顔で頭をガシガシとかきむしるシュヴァリエの横で、ルッツは耐えられず床に膝から崩れ落ちた。
「ルッツ!? どうした、しっかりしろ!!」
「シュヴァリエ隊長……僕はもう、我慢できそうにないです……」
部屋に来て、狭い部屋に籠ったシュヴァリエの匂いを嗅いで更に体温が昇り詰めていく。風呂場でも正直かなりきつかった。溢れでた愛液で、下着が湿っている気がする。
淫らな妄想で、頭の中が一杯になる。この欲を鎮められる唯一の存在が、運命の番がすぐ目の前に居る。ルッツは縋るようにシュヴァリエに手を伸ばした。
「大丈夫だ、フォレリーにはルッツ以外のオメガだっているはず。急いで近所中の扉をノックして探すから、すぐ戻るから待っていてくれ」
シュヴァリエはルッツの伸ばした手を優しく握ると、その手の甲へ唇を落とした。柔らかく温かい唇の感覚に、眩暈を起こしそうだった。
そしてシュヴァリエは立ち上がると、ルッツを置いて部屋から出ていこうとする。
「あっ……待って……!!」
背中を向けて去って行こうとするシュヴァリエの後ろ姿に、とてつもない不安が押し寄せてくる。思考する間もなく、ルッツの身体は本人の意思とは関係なく動いた。
「行かないで……!!」
ルッツはそのままの勢いで足に力を入れ、外に飛び出ようとするシュヴァリエの腰に抱きついた。
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