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第32話:1人にしないで
鼻先がシュヴァリエの背中に当たる。
強い幸福感と情欲で、身体がものすごく熱い。
「シュヴァリエ隊長、抱いてください。いつものように……」
「ルッツ……それは駄目だ。このフェロモンの中では何をしでかすか分からない」
「抱かれれば、一時的に発情期は治まります。この熱を抑制剤で鎮めたくない」
身体が熱い。燃え上がるような身体の中心が沸々と何かを吐き出したがっているように疼く。胸の奥深くを包むような太陽の香りに誘われるように、じわじわと何かが昇り詰めていく。
シュヴァリエから目を離せなかった。
「駄目だ!! もう二度とこの行為で君を傷つけたくないんだ!! 君が俺を好きになるまでは我慢する。それが今の俺が君に出来る誠意だ」
シュヴァリエは首を振って叫ぶ。シュヴァリエも発情期のフェロモンに耐えるのは相当辛いはず。しかもそれが愛する運命の番のものなら尚の事。
だが愛しているからこそ、勢いに任せて手を出すなんて許せなかった。シュヴァリエの心には、今までテントで深く傷つけ続けた罪悪感が深く心に刻まれている。これ以上大切な存在に辛い思いをさせる方がよほどきつかった。
「じゃあ……もう条件を満たしているじゃないですか……」
「……ど、どういう事だ?」
「僕もずっと秘めていた想いがあるんです。僕が立派になって、シュヴァリエ隊長の隣を歩けるほど成長したら、玉砕覚悟で告げようと思っていました。だからこそ、役に立てない自分が嫌いだった。性行為で満足させられなくて悔しかった」
昨日まで、シュヴァリエが自分に対して気があるなんて想像していなかった。
確かに沢山特別扱いしてくれたし、熱を籠った視線を向けられている事には気付いていた。でもそれは、ルッツではなく身体の方に興味があるのだと思っていた。自分とシュヴァリエはあまりにも釣り合わなすぎて、そう考える方が納得できた。
でも違った。
シュヴァリエが勇気を出して告白してくれたのに、同じ想いを抱え込んでいる自分がいつまでも気持ちを伝えず踏みとどまっている方がよっぽど誠意がないではないか。
愛する存在に求められている想いを伝えられず、何が結婚したいし、番になってほしいだ。もう適当な理由を並べて気持ちを押しとどめるなんて止めることにした。
「シュヴァリエ隊長、僕も貴方が好き……愛しているんです!!」
ずっとずっと言いたかった言葉を、ようやく吐き出せた。
昨日までは恐れ多くてまだ言えないと思っていたのに、その時が来たら恥ずかしげもなくあっさりと口から零れた。それもこれも、シュヴァリエが想いを伝えてくれて勇気が出たからだ。
だからこそ、自分だけがうやむやなまま抱え込んでおくわけにはいかない。どうかこの想いが伝わってほしい。
シュヴァリエの身体が驚いたように硬直している。
ルッツはただ抱きしめながら、シュヴァリエの返事を待った。
「そ、そんな……嘘……じゃない、のか?」
「本当です。3年前初めて貴方に助けてもらってから、ずっと僕の心は貴方に囚われているんです。だからより一層薬学を勉強し、貴方と会える時を待ち続けた」
「ルッツも、覚えていたのか……? あの時の事を」
「ええ勿論です。僕の運命を変えた日、今でも昨日の事のように思い出せるほど大切な思い出なんです。自分が貴方にあまりにも釣り合わないから言えなかったのです。本当にごめんなさい。でもシュヴァリエ隊長、分かったでしょう。僕はもうとっくに貴方だけのものなのです」
ルッツはより一層シュヴァリエの抱きしめる腕の力を強めた。甘えるように頬を背中に擦りつければ、シュヴァリエの動揺が伝わってくる。
呼吸の度に、鼻から魂を支配するような強烈な匂いが入り込んでくる。頭を殴られたかのような強い衝撃にもまれながら、擦り切れかかった理性が目の前のアルファが欲しいと叫んだ。
「シュヴァリエ隊長、お願いします。僕の全てを貴方の好きなようにして良いので、何が何でも貴方が欲しいのです……どうか僕を抱いてください」
「ルッツ……」
相思相愛ならば抱いてくれたっていいじゃないか。このままおいて行かれたら、惨めな気持ちで泣いてしまいそうだった。
自分はどうなっても良い、好きにして良い。自分に気を遣わず、シュヴァリエの望むがまま激しく動いてもらって良いから、この渇きを満たして欲しい。今のルッツにはそれ以外考えられなかった。
「僕と結婚したいって、愛しているって言ってくれたじゃないですかぁ……お願いです、僕を1人にしないで……!!」
そう縋りついた瞬間だった、ぞわりと背中が痺れるような感覚がした。
すぐ目の前にいる運命のから溢れる太陽の香りが強くなる。何よりも落ち着いて、何よりも心を搔き乱してくる、脳を焼きそうな程の強烈な香りだ。
シュヴァリエは自身にしがみついていたルッツの腕を掴んだ。弱々しい拘束から逃れたシュヴァリエは振り返り、ルッツの身体を壁に押し付けた。
「んんっ……!!」
それと同時に、シュヴァリエは自分の唇をルッツの唇と重ねた。
草原でした時の、慰めが込められた優しいキスではない。呼吸を奪うかのような噛みつくような力強いキスだった。
「ん……あぁ、んっ……!」
怯えたように震えるルッツの舌が、シュヴァリエの舌に捕らえられる。上顎も下顎もその存在を知らしめるように、口内全てを這いまわるように動く。
閉じる余裕すらない口の端から唾液が零れるが、それさえも舌で掬いあげられてしまった。上手く呼吸が出来なくて苦しくても、ルッツはシュヴァリエの身体を押しのける考えすら消えてしまっていた。
「……っは、いけない子だ……君には優しくしたかったのに」
しばらくルッツの口内を貪ったシュヴァリエが唇を解放する。呼吸が乱れるルッツを見下ろすシュヴァリエの顔は、獲物を見定めて喜んでいる獣のようだと感じた。
精悍でありながら仄暗い狂気にも似た深紅の瞳が細められる。
「優しくしなくていい。今日くらいは存分に僕で満たして……。貴方が僕に抱いている欲望、全部見たいな」
「……うん。ベッドへ運ぶよ」
シュヴァリエは今にも倒れそうな程ふらつく足取りのルッツを横抱きで持ち上げる。ルッツは落ちないようにシュヴァリエの首に腕を回して掴むと、耳元で嬉しそうに息を吐く音が聞こえた。
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