38 / 42
第38話:好きな人の理想
木の葉が風に揺れる心地よい音に、町人のガヤガヤとした騒めきが混ざる。
翌日から仕事があるので、ルッツとシュヴァリエは午後からハルネジアに帰る事になった。出入り口ではアマリアとダグラスは勿論、何故か町人が温かい目で見送ってくれた。
「アマリアさんにダグラスさん、昨日は本当に有難うございました! お料理、全てとても美味しかったです」
「ふふっ、有難うね。またいつでも来てくださいね、今度はいっぱいお料理用意しますから。ねえあなた」
「ああ、儂らはいつでもお待ちしておりますゆえ。あと、これも食べて下され」
手土産にダグラスが育てたという果物と予備の抑制剤を受け取った。
ルッツとシュヴァリエは馬に飛び乗り、手を振りながらフォレリーを離れていった。
「しかしまあ……ルッツのご両親に挨拶する前に番になってしまったが、良かったのだろうか……」
後悔はしていないが、常識を欠いた行為だったかもと反省しているらしい。
「大丈夫ですよ。両親もシュヴァリエ隊長のファンなので、きっと喜んでくれます」
「そうなのか? 君の母親には嫌われていると思っていた」
「何故? もしかして母に会った事があるのですか?」
「ああいや……なんとなく……」
シュヴァリエは分かりやすく視線を漂わせて慌てていたが、ルッツはシュヴァリエの前に座っていたので気付かなかった。
そして夕方前、2人は無事に首都ハルネジアに帰還した。
ルッツは発情期なので部屋で大人しく療養する事になった。抑制剤を飲んでいるとはいえ、あまり無理をするものではない。手土産の果実を一緒に食べたり、薬草の水やりを2人でやりながら夜遅くまでのんびり過ごした。
―――――――――
真夜中の聖グローリア騎士団の宿舎、自室に続く廊下をシュヴァリエは歩いている。
ルッツの事を想像しているのか、その口元は笑みを抑えきれていない。紆余曲折あったが無事に番になれた事がよほど嬉しかったらしい。
もう消灯時間間近だからか、廊下を歩いている者はほぼ居らず静かだ。そんな人気 のない廊下で、シュヴァリエに近づいてくる1つの影があった。
「やあやあ、シュヴァリエ隊長こんばんは!」
「うっ、フレンダ……」
後ろから誰かに呼ばれる声がしたので振り返ると、そこにはフレンダが立っていた。ニッコリと笑みを浮かべながら手を振っているが、なんだか目は笑っていない。嫌な予感がするが無視するのも良くないだろう。
「で、ルッツ君とナニやったんですか? 黙ってないで白状してください」
「ななな、何のことだ? とりあえず落ち着けって……」
「いやいや、逆に隠せると思っているんですか? ルッツ君の項に堂々とガーゼ張っておいて」
「うっ……」
噛むと番が成立するのは知っていたが、そうするのは初めてだったので加減が分からず思い切り噛んでしまったのだ。傷口から僅かに血が滲んでいるのが見えて、そのままにしておくわけにもいかず手当をした。
ルッツがオメガであることは騎士団の全員が知っている。そんな彼が項にガーゼを貼った状態でシュヴァリエと帰ってきたのだ。言われなくても察することは容易だ。
目の前に来るや否やぐいぐい迫る部下に気圧されながら、シュヴァリエは気まずそうに視線を逸らす。そしてしばらく考え込んだ後、大きく息を吐いてフレンダの顔をじっと見つめた。
「ルッツと番になった。ちゃんと合意は得た。彼の事は、一生幸せにすると君にも誓おう……!!」
「……ふーん、そうですか。良かったですね」
「……すまない」
想像以上にあっさりとした返事をするフレンダに、シュヴァリエは頭をぺこりと下げて謝罪をする。その様子をフレンダは不機嫌そうに口を尖らせながら数秒間ジッと見ていた。
「馬鹿にしてます?」
「していないよ。ただ君には本当に感謝している。君が証人になってくれたおかげで、ルッツを聖グローリア騎士団に連れて来られたようなものだ」
「はあ……それに関してはルッツ君の為なので尚更謝罪なんていらないですね。でも1つだけ言わせてください。もしルッツ君を泣かせたらその顔面に矢で穴をあけます」
「……気を付けるよ」
フレンダは冗談っぽく茶化すような口調で言うが、シュヴァリエにはそうとも思えず背筋がひやりとした。もう夜も遅いからと踵を返して去ろうとするフレンダに、シュヴァリエは「待ってくれ」と呼び止めた。
「ずっと疑問だった事を聞いて良いか? フレンダは弓矢の才に恵まれているのに、どうして剣士になったんだ?」
シュヴァリエは今まで沢山の兵士を見てきた。
剣が得意な者、弓が得意な者、魔法が得意な者までいろんな人を見てきた。フレンダが休憩時間の合間にあんなに弓の扱いが上手くなったのは、その才能に恵まれているからだと思ったのだ。それこそ剣術以上に……。
シュヴァリエがそう感じたのなら、フレンダ本人がそれに気付いていない訳がない。
「……弓矢だと敵の首を一刀両断できないからです」
フレンダは振り返ることもなく立ち止まり、しばしの沈黙が流れた後そう呟いた。
「そうか」
シュヴァリエは初めてフレンダと会った日……イビルイーグルから助けた日の事を思い出す。
あの時のルッツは、理想の人物像についてこう語っていた。『鋭い剣捌きで魔物の首を一刀両断したり、大きな炎を自在に操って味方の盾にしたり、皆の前に立って堂々と敵に向かっていく姿はとても格好良い』と。
だからこそシュヴァリエはそれが出来るように努力をしたし、魔物討伐の時は隊長でありながらいつも最前線に立っていた。
(フレンダも……ルッツの理想の戦士になりたかったのか……)
あの日シュヴァリエは、オメガが騎士団に入隊する方法について『隊長になればおそらく可能』と言った。その時の対抗心を隠そうとしないフレンダの瞳をよく覚えている。あの時のフレンダの気持ちは、おそらくシュヴァリエと同じだった。
だからこそシュヴァリエは先を越されないように、フレンダとルッツが入隊できるまでの2年で隊長になれるよう必死に努力した。フレンダが隊長であるシュヴァリエに対する態度がああだったのも、フレンダなりの反抗とエールだったのだ。
「ルッツ君が認めたなら僕から言う事はありません。個人的な感情だけで言えばムカつきますが」
「言ってるが?」
「うるさ……もう寝ます。貴方も明日は仕事なんですからさっさと寝てください」
シュヴァリエが返事をすると、フレンダはそれ以上何も言わずに足早に立ち去った。
シュヴァリエには彼がどんな表情をしていたかは分からないし、逆の立場なら謝罪なんて本当に要らないのは分かっている。だが何かを言わないといけない気がしたのだ。
フレンダの後ろ姿が完全に見えなくなってから、シュヴァリエは自室の扉を開けた。
ともだちにシェアしよう!

