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番外編:魔術師長とご対面②
しばらくすると、机の上の物を片付けたリベッサが戻ってきた。
片付けるついでに着替えてきたようで、今はすらっと美しいローブを身に纏っている。そして何事もなかったかのように、優雅にルッツとシュヴァリエの向かい側に座った。厳かでミステリアスな雰囲気で、最初の印象がああでなければ今でも緊張でガチガチだったかもしれないとルッツは思った。
「シュヴァリエさんからお話は聞いているわ、すっごく美味しいお茶を持ってきてくれたんですよね」
「えっと、確かに味は良くなるように調整出来ていると思いますが……」
美味しいお茶で心も身体も元気になってほしいと願いを込めて味の改良はしたが、元はと言えば疲労と魔力の回復を目的に作ったものだ。
味を期待されているとなれば、ちょっと自信がなくなってくる。
「ええ、良い茶ですよ。少なくとも俺にとってはすごく美味い。俺が保証します」
シュヴァリエは頷きながら手際よくカップを並べ、エリ草の薬茶を注いでいく。ふわりと甘く、どこか清涼感のある不思議な香りが立ち昇った。
「すでに砂糖は少し入れていますが、ジャムを入れると更に美味しくなりますよ」
「あらあら、良いわね~。たっぷり入れちゃおうかしら」
「ほどほどにしてくださいね。病気は癒やしの魔法では何とかならないので」
「まだまだ大丈夫よー、多分」
そう言いながらリベッサは持ってきていたジャム瓶の蓋を開けると、中身をスプーンで多めに掬ってカップに入れた。
(あれではほぼジャムの味しかしなさそう……)
心の中でルッツは呟きながら、ほんのり砂糖の甘みがするお茶をすすった。
改めて飲むと、最初期よりはずっと良くなったと感じる。砂糖が控えめだと口に僅かな苦味が残るが、これはこれで好きな人は居るだろう。
「このお茶、甘くて美味しいわ! ビスケットも最高ね!」
「中央区の老舗の商品です。今度案内しましょうか?」
「あらいいわね~、シュヴァリエさんと買い物するのは久しぶりね」
ルッツはちまちまとビスケットを齧りながら、シュヴァリエとリベッサの話を聞いていた。会議とかでもよく話しているらしいし、かなり仲が良さそうだ。しかも隊長と魔術師長……歳の差はあるが、なんだか羨ましく感じる。
2人の話を聞いていて、何故か心がチクチクと痛んだ。
「お2人は、仲が良いんですね」
「ん? まあ仲が良いと言うか、リベッサ魔術師長は俺の魔法の師匠だ」
「そうなんですか!?」
シュヴァリエは剣士でありながら、魔術師に匹敵するくらいの炎の魔法の使い手だ。それならば魔術師長であるこの方とこれほど親しいのも普通なのかもしれない。
「今でこそかなり炎の魔法の扱いに慣れたが、実はその……君と初めて会った頃は苦手で、どうしても上手くなりたかったが1人では限界があってな。だから聖グローリア騎士団で一番魔法に詳しい彼女に助言を貰っていたんだ」
「あの時のシュヴァリエさん凄かったわよ。基本的に剣士に魔法を教える事なんて無いし、魔術師の弟子も沢山居るから最初は断ったの。そしたら『どうしても使えるようになりたいから頼む!!』って土下座までしちゃってね。まさか当時副隊長の人から土下座されるとは思わなかったわ!」
「ちょ……そのエピソードは絶対に言わないでくれと言ったではないですか!!」
「そうだったかしら。うふふ、でもすごく必死で一生懸命で可愛かったわよ。お互い仕事が終わったあと訓練所で、毎日夜遅くまで2人きりで練習してたわね。懐かしいわ」
当時の事を思い出しているのか、リベッサは楽しそうにクスクスと笑った。
ルッツにとっては聖グローリア騎士団に来るより前の出来事だ。自分の知らないシュヴァリエを彼女は知っている。ルッツより長く働いているのだからそんなの当たり前のはずなのに、なんだかモヤモヤした。
「それが今ではこんなに立派な魔法剣士になって。きゃー、これだから師匠を止められないわー」
「師匠としては尊敬していますが、人としてはもうちょっとしっかりして頂きたい。という事で次回から持って来る薬茶はエリ草のみの苦いお茶にします」
「止めて! 甘いお茶しか飲めないの!」
まるで夫婦漫才のようなやりとりに、湧きあがる不安は一向に鎮まってくれない。
なんで今自分はこんなところに居るのだろう。そんなほの暗い感情がよぎり、ティーカップを持つ手が少し震えた。
「毎日夜遅くまで2人きり……いいな……」
そしてほぼ無意識にそう呟いてしまった。
呟いた瞬間、ルッツは言ってしまったとハッとした。自分は何を言っているのだろう、こんな朗らかな雰囲気に水を差すなんて自分の立場がどうあれ、やって良い事ではない。
「ルッツそれは……」
シュヴァリエは目を見開いてルッツを見ている。
一応、ルッツもシュヴァリエと夜遅くまでゆったり過ごす日もある。だがシュヴァリエは隊長という立場もあり、基本的に多忙なので、あまり遅い時間まで留めないようにしている。
魔法の訓練みたいな目的がある訳でもないのに、そんなに毎日夜遅くまで一緒に居てもシュヴァリエは楽しくないかもしれない。面倒くさい男だと思われただろうか。シュヴァリエに嫌われたら生きていける気がしない。
「もしかしてその……嫉妬か?」
「えっ……!?」
「……可愛い」
ぼそりと呟いた途端、シュヴァリエが隣にいるルッツを抱きしめた。まだ中身が入っていたティーカップの薬茶が僅かに零れ、仕方なくテーブルに置いた。
シュヴァリエはルッツの肩に頭を乗せ、甘えるように頬ずりをしている。
「ちょ、あの、シュヴァリエ隊長!? リベッサさんが見ていますから離してください」
「ルッツが可愛すぎて無理。そうだよな、こんな話聞いても楽しくなかったよな、気を遣えなくて本当にすまない。ああでも、有り得ないぐらい可愛い……今すぐ自室に閉じ込めたい……」
「ちょ!?」
「あらー、私もしかしてお邪魔?」
慌てるルッツとは対照的に、リベッサは面白そうに笑いながら薬茶を飲んでいる。シュヴァリエが番の事で惚気ているのも、彼女にとっては珍しい事ではないらしい。
「でも無神経な発言だったわね、ごめんなさい。私も旦那が他の異性と夜遅くまで一緒に居たら嫌ですもの」
「あ……リベッサさん、既婚者だったんですね」
「ふふっ、シュヴァリエさんに出会う前からね。シュヴァリエさんの事は歳の差もあって息子くらいの感覚でいたわ。本当にごめんなさいね」
リベッサはティーカップをテーブルに置いて頭を下げた。
先ほどの穏やかな空気が鎮まって本当に申し訳なさそうな顔をしている。どうやら本当に嫌味とか一切なく、無自覚の会話だったようで、反省しているみたいだ。
(うん……? シュヴァリエ隊長が息子くらいの感覚って……リベッサさんは幾つなんだ?)
聞いたら絶対に怒られそうな謎が増えてしまった。
「ルッツさんの事はね、魔法の教えを乞われた時にシュヴァリエさんから少し聞いていたの。何よりも大切で、どうしても番になりたい人だって。だから魔法が使えるようになりたいって」
その事は、シュヴァリエの実家で彼の両親から同じような事を聞いた。
リベッサにも、ルッツの為に魔法の訓練を頼んでいたのだ。
「ルッツさんの事は初めましてだけど、沢山頑張ってこのお茶をシュヴァリエさんの為に用意した事は聞いているわ。それってすごく大変な事よ。こんなに想ってくれる人を放って別の人にうつつを抜かすなんて、シュヴァリエさんには無理だから安心なさい」
ルッツは首を僅かに曲げてシュヴァリエの方を見る。肩口から頭を上げたシュヴァリエはルッツににこりと微笑みかけ、その頬に優しくキスをした。
「ふええ……」
勘違いした恥ずかしさと、慰めるような優しい口付けにルッツの顔が真っ赤になる。穴があったら入りたいとは今の気分の事だろう
「えっと、どうして僕がシュヴァリエ隊長の為にその薬茶を作ったって知っているんですか……?」
「ああそれはね、シュヴァリエさんにそうだと意味の分からないマウントをとられたからよ!」
「えぇ……」
「マウントじゃない、自慢だ!! 俺の可愛い番がいかに旦那想いで素晴らしいか自慢している。リベッサ魔術師長、俺の番は最高だろう? なにせルッツにとって俺は世界一大好きな旦那様だからな!!」
「しゅ……シュヴァリエ隊長ー!!」
真っ赤な顔をより赤くし、ルッツは慌ててシュヴァリエの口を両手で塞いだ。
事実今でもそう思っているが、それを周りの人には言ってほしくなかったようだ。
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