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ドラゴンは食レポが下手

「ねえ楓、なんで土の中にいたの?」 「こら朝陽、年上なんだから『楓さん』でしょ」 「いや、構わん。世話になる身ゆえ」  泥まみれの楓と話しながら、来た道を戻る。立ちあがった楓は2メートル近い大きさで、非常に存在感がある。 (っていうかドラゴンって勝手に家で保護していいのか? なんか成り行きで連れてきちゃったけど)  今更ながら湧いてきた疑問に、恭平は横を歩く楓を見た。  生きたドラゴンが埋まっていたという話は聞いたことがないが、建設現場や工事現場でドラゴンの卵が出てきたという話はたまにある。確か、特区に引き取ってもらうことができたはずだ。 (市役所にポスターがあったような気がするから……まあ今日は日曜だし、月曜になったら電話してみればいいのか?)  考え込む恭平の前を朝陽はぴょんぴょんと跳ねるように走り、無意味に虫取り網を振り回している。 「で? なんで楓は埋まってたの? 冬眠?」 「まあ、そのような……ものじゃ」  歩くことまた10分弱。山が終わり、開けた田畑の始まりに建つ平屋の一軒家が鏡野父子の住まいである。  古民家一歩手前の古家なのは、空き家管理も兼ねて親類から格安で貸してもらっているからだ。 「ボロ家で恐縮なのですが……」  手を引かれるままおとなしくついてきた楓を振り返る。そわそわと尻尾を揺らし、赤髪の青年は左右を見回した。 「ここには……竜族はおらぬのか? 見たところ、随分と様変わりしているようじゃが」 「えーっと、楓さんがどれくらい土のなかにいらしたかわかりませんが、今日本にいるドラゴンはすごく数が少なくなってまして、このあたりにはまずいないかと」  同族がいないのが不安なのだろうか。恭平の予想とは裏腹に、楓はホッと安堵の表情を見せた。 「そ、そうか」  物珍しそうに家を見上げる楓を、ひとまず風呂場に連れていく。まずは全身についた泥を落としてもらわないといけない。 「えっと、楓さん。こっちがリンスインシャンプーで、こっちがボディーソープです。すいませんがこれしかなくて……自由に使ってもらっていいので」 「りん……?」  指差したボトルを見てぱちぱちと瞬きをする楓は、何が何だか分かっていないという表情だ。 「えっと、こっちが髪の毛洗うやつ。で、こっちが体洗うやつ」 「ほお……?」  言い直してみるが、全くピンと来ていない表情をしている。 「あの、シャワーとか、使い方わかります?」  不安になって思わず聞くと、案の定楓はきょとんと恭平を見つめ返してきた。 「しゃわ……とは?」 「え、楓、シャワー知らないの? 楓んちシャワーなかったの?」 「なかったのぉ……」  浴室内を不思議そうに楓は見回した。 「……分かりました! ちょっと! 楓さん! 脱いでくださいもう!」  そう言って恭平は腕まくりをした。もう口で教えるよりやって見せたほうが早そうだ。 「あ、いやしかし……」 「服も洗いますから」 「ううむ……じゃが、なあ……」  もじもじと指を合わせた楓は、恭平を上目遣いで見てから目をそらした。  ちまちまと紐を解き、大きな体を縮こまらせながら衣を脱いでいく。顔は細面だが、さすが竜というべきか体にはしっかり筋肉がついている。  現れた背中には、竜の時よりも小ぶりな鱗が生えていた。首から尻尾までをキラキラと覆っている。 「うおっ、鱗だ!」  見たままのことを口にする朝陽に、体の前を隠すように服を抱えた楓の身体がさらに小さくなった。体を巻くようにくるりと尻尾が丸まる。 「み、見苦しくて、その……申し訳ない」 「そうですか? 僕は格好いいと思いますけど」 「……え?」  しゅんと地面に落ちていた楓の視線が、意外そうに恭平を見上げた。 「飴細工みたいで綺麗じゃないですか」  ドラゴンなりの美意識でもあるのだろうか。とろりと艶のある鱗はオレンジがかった赤をしており、夕日のような色合いだ。少なくとも、別に気持ちが悪いものには見えない。 「そ、そうか……?」  恥ずかしそうに脱いだ服を握る楓の横で、「うん」と朝陽も頷く。 「ていうか、楓が人間になれるなら人間もドラゴンになれる?」 「え? あ、ど、どうじゃろなあ……術師が変化していたのは見たことがあるが、しかしなあ……」 「えー! 教えて!」 「すまん、それは我には……」 「はい、座ってくださーい」  楓を座らせ、バランス釜に火を入れる。陰陽師のような服はダメ元で洗濯機だ。  シャワーのお湯をかけると、「わっ!」と座ったまま楓が跳ねた。 「あ、熱かったですか?」 「いや、ちょっと……驚いた、だけじゃ」  流れてくるお湯がきれいになるまでシャワーをかけ、リンスインシャンプーで念入りに洗う。  恭平も朝陽も髪が短いので、ドライヤーの上手い使い方が分からない。苦心しながら楓の髪の毛を乾かし終わった時には、くるくると赤い巻き髪の美青年が鏡野家のソファに出現していた。 「なんか……おお……すいません」 「何がじゃ?」 「い、いやなんでも……」  壁の汚れやフローリングの傷が目立つ、長年の生活感溢れるリビングに他人を、それもこんな美しい相手を置いておくなんてなんだか申し訳ない気持ちになってくる。着ているのが恭平の貸したサイズの合わないTシャツと、後ろに尻尾用の切り込みを入れたスウェットだからなおさらだ。 「それにしても、肌触りの良い生地じゃな。よく伸びよる」 「まあ、洗いざらしですので……」 (穴開けるからって、ぼろい服にしなきゃよかったかも)  毛玉だらけのスウェットから伸びた洗いたての尻尾には、雑コラかAI画像のような違和感しかない。 「ねえパパ、おなかすいた」 「はい?」  唐突な朝陽の言葉に振り向く。楓の髪の毛を乾かす手伝いに早々に飽き、昆虫の絵を描いていた朝陽が冷蔵庫を漁っている。 「なんかない? ポテチ食べていい?」 「いいわけないだろ」  まだ午前中だぞ。そう思って壁掛け時計を見た恭平だったが、もう時刻は11時半になっていた。思ったより乾かすのに時間がかかっていたようだ。 「えー、じゃあちょっと早いけど昼ご飯にしようか? あるのは、昨日のカレーとそうめんと、あとチャーハ……」  今あるもので割とすぐに食べられそうなものを指折り列挙していくと、「カレー!」と途中で朝陽が叫んだ。 「カレーがいい!」 「はいよ」  冷蔵庫から昨日の残りが入った鍋と、冷やごはんを取り出す。 「楓さんは……なんか体に優しいもののほうがいいですよね? 食べられますか?」  よくわからないが冬眠明け? のようだし、最初はおかゆなどのほうがいいのではないだろうか。考える恭平の横で、朝陽がスプーンとお皿を準備してくれる。 「えー、楓、カレー食べないの?」 「かれえ……?」 「いや眠りから覚めたところにカレーは重くないか? つか、残り物だし人にあげるものじゃないだろ」 「おいしいよ?」 「それはそうだけどさ」  レトルトのおかゆがたしかどこかにあったはずだ。棚を探ってみるが見つからない。 「いや、その」  控えめな声が聞こえて恭平は振り向いた。ソファから微妙に腰を浮かせた楓が眉をへの字にしている。 「わ、我は……その『かれえ』とやらで問題ないぞ」 「でも、食べ慣れてないと思いますし」 「知らない食べ物なのはそうじゃが」  形のいい鼻を少し上に向けた楓が、すんと空気を嗅いだ。 「よい匂いがして気になるのじゃ。よければ分けてくれないか?」 「まあ……そういう……ことなら」  温め直したカレーを、レンチンした冷やご飯に掛けて出す。やはり元いた時代にはなかったのか、不思議そうにレンジとコンロを楓が見ている。 「なんぞの術でもこの竈には掛かっておるのか?」 「まあ……そんなものです」  3人がダイニングテーブルに揃ったところで、恭平は手を合わせた。 「いただきます」 「いただきます!」 「いただ……きます?」  はふはふとカレーをかき込む朝陽を観察し、楓は置かれたスプーンを手に取った。そっとルーのかかったご飯を口に運ぶ。 「……ん!」  ぴこりと楓の尻尾が垂直に伸びる。よく見ると尖った耳も動いているようだ。 「ど、どうです?」 「不思議な味だのお。何ぞ……何や……味が、味わいが、そのお……」  スプーンの柄を顎に当てて考えた楓が、にっこりと笑って恭平を見た。 「美味いな!」  食レポ下手か。 「よかったです」  ようやく見せた楓の笑顔に、恭平も微笑み返してカレーを口に運んだ。朝陽に合わせた甘口。箱の裏の指示に従って作った、何ということもないカレーだが、そう喜んでもらえるとこそばゆい。 「パパ、おかわり!」  早々に1杯目を食べた朝陽の様子に、楓の目が輝いた。 「楓さんも、おかわりありますよ」 「いや、その、しかしのお」 「構いませんよ」  手を出すと、ちらりと恭平の顔を見た楓が申し訳なさそうに空になった皿を差し出してくる。  その表情とは裏腹に、後ろの尻尾が嬉しそうにちょろちょろしているのがなんだか面白かった。

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