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ドラゴン、市役所に行く
冷房の効いた市役所は、朝だというのにもう混んでいた。
「ははあー……なんぞ、すごいのお」
自動ドアも、番号札を取って呼ばれるシステムも、楓にはすべてが初体験のようだ。動物病院にはじめて連れてこられた犬のように、つぶらな瞳であたりを観察している。
ただ恭平自身も、何をしに来たのか実のところよくわかっていないのは同じだったりする。
(「保護したドラゴンについて、手続きが必要なので来てください」って言われたけど、何するんだろ)
受付で案内された窓口に向かい、待つことしばし。現れたのは40代の男性だった。
「えーと、身元不明のドラゴンの方、ということですね。竜籍登録あるか一応確認しますのでお名前お伺いしてもよろしいでしょうか」
「う、うむ。楓だ」
身元不明、かつ住所不定無職ドラゴン。確かにそう言えばそうなるけど。
なんとなく釈然としない気分で見ている恭平の前で、カタカタと担当者がキーボードを叩く。
「年齢は……いえ、生まれ年はわかりますか」
「延暦二十年じゃな」
(延暦って、延暦寺の?)
歴史の授業で聞いたような気もするが、平安時代の話だったか。
「いつ頃から休眠に入られました?」
「あ……三十の時になる」
サクサクと手続きが進んでいく。無表情のまま入力を続ける担当者が、パソコンの画面を見て頷いた。
「そうですね、やはり電子での登録は確認できませんので、一度過去の記録を照会させていただきます。本日はひとまず仮で竜籍登録しておきますね」
「さ、左様か」
神妙な顔をして頷く楓だが、なにもわかっていないのが手にとるように明らかだ。
「えー、楓さんは休眠個体ということで『ドラゴン特別行政自治区』への優先居住権がありますが、こちらについては本日申請されますか?」
「とくべつぎょうせい……?」
ぽかんとする楓を気にすることなく、担当者はドラゴンと人間が手をつないだイラストの冊子を机の下から出してきた。ぺらりとめくった1ページ目を指差し、書かれている内容を指差して読み上げていく。
「現在、ドラゴン族の90%以上が居住する地域のことです。こちらに居住したドラゴン族の方は、家賃や医療費の補助などが……」
「そ、それは、我はそこに住まねばならぬのか?」
説明を遮り、焦ったように楓が声を発した。軽く眉を動かした担当者が、ページ下部の注意書き部分に指先を移動させる。
「……そのようなことはありませんが、特区外の場合補助はありませんのでご注意ください」
「そうか……」
パンフレットを見下ろした楓が、そっとページをめくった。どうやら現代生活に馴染むためのサポートや就労支援などもあるらしい。だが楓は眉を下げたまま、オレンジの目で文字をなぞっている。
どうぞお持ち帰りください、と担当者が軽くパンフレットを押し出してきた。
「すぐに決めていただく必要はありません。問い合わせや移住希望の場合はこちらにご連絡ください」
「う、うむ……」
困ったようにパンフレットを手に取った楓と、席を立つ。
すっかりおとなしくなってしまった楓は、入る時に目を輝かせていた自動ドアにも無反応だった。黙り込んだままぽてぽてと恭平のあとをついてくる。
少し歩いて振り返ると、楓は恭平の3歩ほど後ろで立ち止まっていた。
「……楓さん?」
「ん」
戻って声をかけると、俯いたまま視線だけを恭平に向けてくる。
(そういや、昨日もなんかドラゴンがいるか気にしてたよな)
「もしかして、同族の方に会いたくないんですか?」
恭平が聞くと、ぎくりと楓のしっぽが跳ねた。大変に分かりやすい。
「ん……い、いや……それは……」
持っていたパンフレットを丸めて握りこみ、楓は地面を見下ろした。
途方に暮れている、というのを絵にしたらこうなるだろう、という表情をしている。
(……どうしよう)
正直、楓を市役所に連れてきたらそれで終わり——で、その先どうするかなんて恭平は考えていなかった。
けれども、こんな顔をしている楓を「竜特区にいけば」と突き放すことなんて、できるはずがない。
「……」
無意識のうちに、恭平は自分の首に手を当てていた。ぺたりと汗ばんだ自分の肌に、さらりとした鱗が生えていた楓の首を思い出す。
素性も何も知らない相手だが、少なくとも恭平の直感は、楓が悪いやつではないと告げていた。
(っていうか、楓さんから見れば得体のしれないのは俺らの側なのに、朝から体操服乾かして学校まで送ってくれたんだよな……)
「楓さん」
名前を呼ぶと、尖った耳だけが動いた。
「よければ、ですけど……このままうちに住みますか?」
恭平の申し出に、楓はぱっと顔を上げた。一瞬だけ目を輝かせたような気がしたが、すぐ何かに気づいた表情になる。
「しかし……だなあ」
「朝陽も喜びます」
むむ、と楓が眉を寄せるが、その後ろでは既に尻尾がちょろちょろと揺れている。
「……妻などに確認せず、決めてよいのか?」
「いませんから大丈夫です」
恭平が肩を竦めると、意外そうに楓は目を見開いた。何か言いたげに口を半開きにして、また閉じる。
「そうか……」
「気が変わって特区に行きたくなったら、その時に言ってもらえればいいですし」
楓の持っているパンフレットを指し示す。視線を戻すと、オレンジの瞳がキラキラと恭平を見ていた。
「では……その、お言葉に甘えても……よいだろうか」
「ええ」
そんな目で見られて、「やっぱ無理」などと言える人がどこにいるだろうか。吹き出しそうになりながら恭平は頷いた。
「じゃあ、帰りに歯ブラシとか服とか、必要なもの買って帰りましょうか」
「かたじけない」
楓の口調こそ遠慮している様子ではあったものの、その後ろでは犬のようにぶんぶんと尻尾が振り回されていた。
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