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パパ、寝坊する
楓が恭平たちの家に住むようになって二週間。
「恭平……恭平」
「……ん」
体を揺さぶられて目を開けると、もはや見慣れた楓の顔が目の前にあった。
「い、今何時ですか!?」
びっくりして起き上がり、時計を確認する。無意識のうちにアラームを消してしまっていたらしいが、朝陽の学校がある日に寝坊したのなんて初めてだった。
「朝陽! 起きろ朝陽!」
慌ててリビングに飛び出すと、着替えた朝陽がジャムを塗った食パンをかじっていた。
「もー! 僕の誕生日なのに寝坊しないでよね!」
「あれ……? 起きてたのか?」
「ううん、楓が起こしてくれた」
振り向くと、楓が頬をかいている。
「朝食と、あと水筒は準備してみたんじゃが……他にどうすればいいか分からなくての」
「それで十分です! ありがとうございます!」
ホッとしつつ、朝陽を送り出す。戻ると、しょんぼりとした顔で楓がリビングに座っていた。
「起こしてしまってすまんな、恭平」
「えっ、いやなんでです?」
起こしてもらえなければ今頃遅刻していた。感謝こそすれ、謝られることなどない。
「いや、昨晩遅くまで仕事しておったろう? もっと寝かせてやりたかったのじゃが」
「いえいえ、僕だけじゃなくて朝陽まで起こしてくれて本当にありがたいですよ。食事まで出してくれてましたし」
「そ、そうか……?」
首を傾げた楓が、ようやく微笑んで眉を上げた。
「ところで恭平、『たんじょうび』とはなんじゃ? 朝陽に『7歳になった!』と朝から何度も言われたが、歳というものは正月に取るものではないのか?」
「ああ、楓さんの頃はそうだったかもしれませんね」
千年以上前——楓が元々生きていた時代では、数え年が主流だったはずだ。
恭平は顎に手を当てた。
「今は『満年齢』って言って、生まれた日に歳をとる、っていうふうに年齢を計算してるんですよ」
「ふうむ、面白いものだな。生まれた日を覚えているのか」
首を傾げる楓に「そうです」と頷く。
「一般的には、ケーキとか、本人の好物とか……ごちそうを食べて、プレゼントをあげてお祝いしますね。『生まれて来てくれてありがとう』『ここまで成長してくれて嬉しい』って」
恭平の説明に、楓がきょとんとした顔になった。
「……それは、嬉しいことなのか?」
面と向かって聞かれ、恭平は戸惑った。
子供が無事に成長してくれて嬉しい。この世に生を享けてくれた幸運に感謝したい。そういった感情は誰に対しても特に説明がいらないものだと思っていたのだが、楓にとっては違うのだろうか。
「え、ええ……まあ……」
引き気味に頷いてしまうと、「そうか……」と楓が何かを考えるように視線を落とし、尻尾を揺らした。
「……楓さんは……」
「ん、なんじゃ?」
「いえ……」
そういった言葉をかけてもらったことはないのか。誰かが生まれてきたことに感謝するような気持ちになったことはないのか。気になったが、聞いてはいけない部分のような気がして恭平は疑問を引っ込めた。ダイニングの上に出しっぱなしになっていた食パンを開ける。
「なので、今日は朝ごはん食べたら買い出し行ってきますね」
言いながら、恭平は自分と楓の分のパンをトースターに放り込んだ。
もう夏休みが近い。早帰りなので、うかうかしていると朝陽が帰ってきてしまう。だからこそ、今日一日を朝陽のために使えるよう昨日は夜遅くまで頑張ったのだ。
「昼ご飯は冷凍チャーハンがあるので、もし俺より先に朝陽が帰ってきたら一緒に食べてもらってていいですか? 電子レンジの使い方、もう大丈夫ですよね?」
「うむ、それは構わぬが。その、我にも……できることはないのか? 朝陽の祝いに」
「楓さんが?」
予想外の申し出に振り向くと、二人分の皿を持った楓が気恥ずかしそうにトースターの横に立っていた。
「ええと、この家に世話になっているものとして、その……何か、したいのじゃが」
楓にできること。数秒考え、恭平は楓に笑いかけた。
「じゃあ、楓さんも一緒に買い出しに来てくれますか?」
「おう!」
嬉しそうな楓の横で、トースターが出来上がりを知らせた。
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