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ドラゴン、疑問を抱く
「はーい、もう寝る時間でーす」
ゲームをしていた朝陽を子供部屋に追い立て、恭平はリビングの電気を消した。自分も風呂に入り、昼間のうちに依頼が来ていたWebサイトの画像差し替え作業や問い合わせフォーム設置など、簡単なものをいくつか対応する。
日付が変わる頃、寝室に向かう。暗い中でパジャマ姿の楓が窓を開け、縁側に座っていた。
「楓さん……? 何してるんですか?」
「おお恭平、月を見ておったぞ」
なんとなく足音を潜めて近づき、恭平は楓の視線の先を見た。黒い空に、満月から少しだけ欠けた月がぽっかりと浮かんでいる。
「……月……ですね」
それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。返事に困って見下ろした楓は、柔らかい表情で愛おしそうに月を見上げていた。
(なんていうか……昔の、人なんだよな。楓さんは)
目に映っているものは同じでも、楓が見ている景色と恭平が見ている景色はきっと全く違うものなのだろう。写真やアイスを知らないことよりも、月を見上げる視線に時間の隔たりを感じてしまう。
「我が千年眠ろうと、人の暮らしが変わろうと、夜の月は変わらぬな」
「そう、ですね……」
楓が口にするその理屈は分かる。だが、同じようにしみじみすることは恭平には難しかった。
恭平が千年前を知らないせいなのか、それとも単純に想像力や感性が足りないだけなのかすらわからない。ただ、そこにあると指さされているものが楓にしか見えていないようなもどかしさがある。
それがなんだか癪で、恭平はわざと足音を立てて室内に戻った。
「……楓さん、暑くないですか? もう寝ますし、冷房入れますよ」
「そうじゃな」
部屋に戻って来る楓の後ろで、月明かりを遮るように雨戸を閉める。代わりにつけた常夜灯は、ぼんやりとした鈍色に楓の髪を照らした。
ベッドに潜り込む恭平の横で、楓も布団に入る音がした。
(そう言えば、楓さんにもベッド買ったほうがいいよなあ)
体が大きいからセミダブルとかのほうがいいような気がするが、2つもベッドを部屋に置くのは狭い。
最初は一晩だけのつもりだったし、知らない相手を目の届かないところに置くのが怖かった。だから同じ部屋で寝かせることにしたが、同居を続けるなら空き部屋を片付けて楓の部屋にしてもいいのかもしれない。
(……でも、ずっと楓さんはここにいてくれるのか?)
竜特区に行きたがらない様子を見て、ついそのまま家に置いてしまった。けれど、実際楓自身が千年後の世界でどうやって生きていきたいのか、はっきりと聞いたことはない。
きちんと話し合った方がいいのは分かるが、何となく、聞くのが怖い。
目を閉じたまま考える恭平の横で、「なあ」と小さな声がした。
「恭平、一つ……聞きたいことがあるのだが」
「なんですか、楓さん」
目を開けて斜め下を見る。ベッド横に敷いた布団から、ぼんやりとしたシルエットの楓が恭平を見ていた。
「恭平はなぜ、朝陽の誕生や成長を祝えるのだ?」
「……え? なぜって……」
そんなことを聞かれても困る。子供の成長というものは嬉しいものではないのか。
「そりゃ、自分の子供ですし……?」
「しかし、恭平の伴侶の命を奪ったのだろう?」
「……え?」
「愛する相手を殺した者をなぜ祝える? 朝陽がいなければまだ恭平の伴侶は生きておったかもしれないのだろう?」
「あ、えっと、楓さん」
「憎くないのか? なぜ世話を焼ける? 伴侶を愛しておらんかったのか?」
「楓さん!」
楓の言葉を遮った恭平は、ベッドの上に起き上がった。
「すいません、その……本当に、その、大変に申し訳ないんですけれど……それは……朝陽の母親が死んだっていうのは……嘘、なんです」
「……嘘?」
布団から覗く楓の目が、怪訝そうに細められるのがわかった。
「ごめんなさい、まさか楓さんが母親を亡くされているとは思わなくて……」
「いや……」
唸るように言った楓も、のそりと起き上がって布団の上で胡坐をかいた。
「それは、しかし……なぜそんな嘘をついているのじゃ?」
「すみません。朝陽に『捨てられた』って思わせたくなかったんです」
恭平は指を組み、大きくため息をついた。
まさか、この嘘が楓の地雷を踏み抜いてしまうとは思わなかった。
「妻は……産まれたばかりの朝陽を置いて家を出ていったんです。でも、それを教えると朝陽を傷つけてしまう気がして……『朝陽のことを愛していたけど、仕方ない事情で会えななくなったんだ』って形にしたかったんです」
「そうか……」
布団に座った楓は、ゆっくりと尻尾を揺らした。もう一度「そうか」と繰り返すと、その尻尾がぺたりと地面に落ちる。
「生きて、おるのか」
「多分……」
恭平は曖昧に頷いた。
離婚してから連絡はずっと無視されているが、朝陽に相続の連絡が来たこともないし、まだどこかで生きてはいるはずだ。
「いつか、母に会えるかもしれぬのか、朝陽は。羨ましいのう」
ふふ、と力ない笑いが聞こえた。大きな体が、何かを堪えるように丸くなる。
「……すまんな、変なことを聞いて」
楓に対して感じていた違和感が、恭平のなかで一つになった。
「あの……楓さんは。もしかして……お前のせいだって、言われてきたんですか……?」
答えはなかったが、それが肯定を表していた。
「楓さん、それは……」
「い……いや、違う。違うのじゃ」
恭平の言葉を遮って、楓はいやいやをするように首を振った。
「我のせいで母が死んでしまったのはその通りだし、父は……父はな、母のことを誰よりも愛しておったのじゃ、だから、母のいないことに耐えられなくて、母に似た我を見るのが辛くて……それだけなんじゃ」
だからって、その子供に「愛する相手を殺した」と詰っていいわけがない。さっきの楓の言葉によると、ろくに世話もしてもらえていなかったことになる。
生きている時代も種族も違うが、それでも親として言わせてもらえれば許しがたい暴言だ。誰かがもし朝陽に同じことを言ったとしたら、恭平は相手のことを一生許せないだろう。楓にだって言っていいはずがない。見たこともない楓の親に対する怒りが込み上げてくる。
だが、自分を守るように丸まった楓に、「楓の父親は間違っている」と言うことはできなかった。きっと大事な相手だろうから。
楓を傷つけているくせに。なんで大事にされるんだよ。なんと言葉をかけていいかわからず、余計にはらわたが煮えくり返る。
「楓さん」
思わず不機嫌な声を出してしまうと、楓の体にくるりと尻尾が巻き付いた。
(怖がってる……?)
大きな体で、ドラゴンで、火も吹けて空も飛べて、恭平を恐れる必要なんて何もないはずだ。それなのに、そんな反応をされると痛々しくてならない。
ベッドから降りた恭平が楓の横に腰を下ろすと、ますます楓は体を丸めた。
(……否定なんか、しないのに)
そっと恭平は楓の肩に手を置いた。薄いパジャマの下で、大きな体が震える。
広い背中を撫でていると、段々と楓の尻尾がほどけてくる。
これ以上、楓にそんな負い目を引きずって欲しくない。言葉を選びながら恭平は楓の顔を覗き込んだ。
「楓さん、俺は……楓さんが生まれて来てくれて、楓さんと出会えて良かったと思ってますよ」
肩を落とした楓の顔は、恭平のすぐ近くにある。近くから見ると、薄暗がりの中でもその顔が泣きそうになっているのが分かった。
「今日の朝陽の誕生日、楓さんのおかげでいつもより賑やかでしたよ」
「じゃが……」
「こっそり食べるアイスも、一人より二人の方がおいしいですし」
「……我と?」
「ええ」
恭平が笑いかけると、楓の目から光が筋になって落ちていった。
「っ……」
慌てて手で押さえた楓だったが、一度決壊してしまったものは止められないのか、ぼろぼろとあとからあとから涙が出てくる。
「う、あ……」
自分のこんな、ほんのちょっとした言葉で泣いてしまうなんて。本当に今までどんな言葉を投げかけられてきたのだろうか。
泣きじゃくる姿を見ていられず、恭平は隣にいる楓を抱きしめていた。
大きくて暖かくて、硬く筋肉のついた体だ。
なのに、壊れ物を抱いている気がした。
「うう……我は、我は……」
恭平の首元に顔を押し付けた楓が、遠慮がちに恭平の服の裾を握った。ごつごつとした角が恭平の顔に当たる。
柔らかくて少し甘い、楓の匂いがした。
幸せな匂いなのに。
そう感じたのが余計に悲しくて、恭平は腕の力を少しだけ強くした。
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