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パパ、夢を見る
◇
姿見のなかには、板張りの部屋とそれを区切る屏風、赤いドラゴン姿の自分が写っていた。
「うむむ……」
目を閉じて、なりたい姿――父を若くした姿を想像して力む。
赤いまっすぐな髪、雄々しい顔に高い背丈、大きく力強い手、切れ長の目……
そっと目を開く。
巻いた赤毛に、細面の顔が見えた。角も尻尾も消えていないどころか、まだ顔の所々に鱗が残っている。
「……」
やはりうまくいかない。
がっかりしながら、鏡の前で一周する。
よく見たら、手足も太さが変わっただけで竜のままである。
ついため息が出た。
こんなんじゃ、成人の儀になんて出られない。完全な人型にならないといけないのに。
(他の家では、親に教えてもらえると聞いたけれど)
採った山鳥と野菜を交換してくれと村に出向いた自分に対し、遠くから聞こえてきた言葉を思い出す。
——まだ人になれないの?
——まあ、あの男じゃ仕方ないか。
——四の姫様の子と言っても、男親があれじゃあねえ。
違う、と言いたかった。宮勤めをしていた父が、竜皇の娘である母と身分違いの恋をして駆け落ちしたのはその通りだが、それは母も父のことを好いていたからだ。誑かされてなんかいない。
けれども、そう抗弁すると次から野菜の交換に応じてくれなくなるのではないかと思ってしまい、その場では何も言えなかった。
今更ながら、悔しさが込み上げてくる。
(こんなことで、挫けてなるものか)
何としても、ちゃんと変身できるようにしなくてはならない。
二度と父のことも、母のことも馬鹿になんかさせない。完璧に変身して、見返してやる。
(……それに、もしかしたら)
父だって、一人で自分が変化の術を身に着けたら、「よくやった」と言ってくれるかもしれない。
頑張ったね、と。こちらを見て、褒めてくれるかもしれない。
「……ん」
小さく頷き、変化の術を解いて竜の姿に戻る。
教えてもらえないのは仕方ない。父は母に似た姿を見ることすら辛いのだから。それなのに育ててくれているだけでありがたいのだから。
その分、練習を人一倍すればいいだけのことなのだから。
決意に合わせて勝手に振り回された尻尾が、隣に立てられていた屏風をなぎ倒す。
「あっ!」
慌てて立て直すものの、紅葉の描かれた屏風の隅には小さな穴が開いてしまっていた。
◇
「ん……?」
恭平が目を開けると、目の前には細面の男の顔があった。
くるくると巻いた髪に、飛び出した角。
(あれ、え、んん?)
さっきまで鏡に映っていた自分によく似た姿に困惑し、目の前の顔をしげしげと眺めてしまう。
一分ほど経ってようやく、恭平はどうやら自分がドラゴンになった夢を見ていたのだろうと理解した。
昨晩は泣く楓をあやすように抱きしめているうちに、そのまま寝てしまった。そのせいで自分もドラゴンになった夢を見てしまったのだろうか。
(というか、昔の楓さんを見ていたような……?)
夢にしては妙な現実感があった。自分にかけられた言葉ではないはずなのに、心の奥がまだ冷たい。
恭平にくっついて眠る楓の顔には、まだ涙の痕が残っていた。明け方まで泣いていたせいか、瞼が赤く腫れぼったくなっている。
(……こうやって、ずっと穏やかに寝ていられればいいのに)
頬に張り付いてしまった髪の毛をそっとはがしてやる。もう少し見ていたかったが、時間もないので楓を起こさないようにそっと布団から出る。
「起きろ朝陽ー」
布団を跳ね飛ばして寝ていた朝陽を起こし、朝食を作る。
「あれ、楓は?」
「まだ寝てるよ」
恭平が答えると、「えー」と朝陽は唇を尖らせた。
「まあいいや、帰ってきたらゲームの続きしよって楓に言っておいて!」
「宿題終わらせてからにしろよ」
「わかってるー」
いつもよりも少し早く準備を終えた朝陽を送り出し、家に戻る。
(……なんか、静かだな)
楓が寝ているせいか、家の中がなんだかしんとしているような気がする。少し前までそんなことは感じなかったのに、おかしなものだ。
お茶を飲もうと冷蔵庫を開けると、昨晩の残りのケーキが目に入った。
朝陽を産んだ女の顔を連想してしまい、恭平は何も取らずに冷蔵庫の扉を閉めた。
あの日、仕事から帰ると、暗い家に産まれたばかりの朝陽だけが残されていた。思い出すと、今でも腹の底がムカムカしてくる。
(でも……そうか、朝陽は……もしかしたら、会いたかったり、するのかな)
昨晩の楓の言葉を思い出し、ちくりと恭平の心が痛んだ。
あの女は親としての義務も何も果たしていないし、会わせたいとも思わない。けれど、それでも、朝陽にとって大切な親であることにかわりはない。
しばらく考えた後、恭平は机に置いていたスマホを手に取った。メッセージアプリの底から、あまり見たくなかった名前を掘り出す。
最後の連絡は、もう5年以上前だった。
面会の日はいつにしますか、と恭平が聞いたままになっている。
「……」
その下に昨日の写真を送り、7歳になったこと、元気に学校に行っていることなどを少しだけ書いて送る。
返信があってもなくても嫌だった。通知ナシの設定にして、机に画面を下にしてスマホを置く。
気をそらそうと洗濯や洗い物をしていると、小さな音を立てて恭平の寝室の扉が開いた。少し気まずそうな顔をした楓が顔を出す。
「おはようございます、楓さん」
「あ、う、うむぅ」
微笑みかけると、寝癖のついた楓がはにかむように指先をもじもじとさせた。
「朝ごはん、パンとごはんどっちにします?」
「では、ごはんで……」
楓のリクエストに合わせてご飯をよそる。
「そういえば楓さん、楓さんって変身の練習してるとき、屏風に穴開けたことってありますか?」
「え、な」
顔を洗って戻ってきた楓に聞くと、ぎくりと楓が目を開いた。
「あ、あるが、なぜそれを……」
「いや、なんか変な……昔の楓さんのような夢見たんですよね」
恭平の答えに、なぜか楓の顔がどんどん赤くなっていっていく。
「あっ、いやあの、それはっ」
「どうしたんですか、楓さん」
「ま……まれにじゃな、その、あることじゃ」
「何がです?」
たまに屏風に穴が開くのか?
聞き返すと、「ううう」と両手で楓は顔を覆った。
「その……なあ。竜は、その、心を通わせたものと触れ合って寝ると……自分と同じ夢を見せてしまうことがあるのじゃ」
「へえ。あ、じゃあ俺が楓さんの見ている夢の中入っちゃったってことですね」
「うむぅ」
唸る楓の顔は隠されたままだが、尻尾は床の上で左右に大きくくねくねと揺れている。
何がそんなに恥ずかしいことなのかはいまいちわからないが、昨晩の様子を見てしまうと余計にかわいく思えてしまう。
「あ、卵はどうします? 目玉焼き? スクランブル?」
卵を割りながら聞くと、「目玉焼き」と指の間から小さく声が聞こえた。
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