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ドラゴン、ゲームをする

「あー楓敵行った敵!」 「ど、どこじゃ」 「右右右右行き過ぎ行き過ぎ左左そっちじゃない!」 (楽しそうだな)  夏休みの朝から賑やかなことだ。リビングから聞こえてくる楓と朝陽の声に、仕事部屋でWebサイトのスマホ表示を調節していた恭平は微笑んだ。  同時に、少し息が苦しくなる。 「ぬわ、あ痛っ、殴られたぞちょっ剣はどこに」 「あーっ!」  朝陽の声にかぶるように爆発音が響く。 「柵壊れた! 楓ー!」 「すまぬ死んだ!」  騒がしいやり取りをBGMに、カップを口に運ぶ。 「ん?」  違和感に手の中を見下ろす。カップの中のコーヒーが、いつの間にかなくなっていた。 (ちょっと、見に行ってみるか)  空のカップを手に立ち上がった恭平は、そっと扉を開けた。音を立てないよう、ゲーム機に繋がれたテレビモニターを、2人の背中越しに眺めてキッチンに向かう。  どうやら、牧場を敵に壊されてしまったらしい。柵の間から我先にと羊が逃げ出していく中を、二人の農民が右往左往している。なんとなくのたのたしている赤色の服が楓、動きの早い青色の服が朝陽の操作キャラらしい。  楓が来てからまだ一ヶ月くらいなのに、ソファに並んで座った二人は年の離れた兄弟のようだ。コントローラーを操作する朝陽が、容赦なく隣の楓に肘をぶつけているから余計にそう見える。  きっと朝陽にしてみれば、楓は「僕の拾ってきたドラゴン」でしかないのだろう。  それが、たまたま成人男性の姿をしていただけで。 「羊よ、柵のなかのほうが安全じゃぞ」 「待ってー」  二人の健闘もむなしく、散り散りになった羊たちはどこかへ行ってしまった。  ほのぼのとして微笑ましい——いや、二人からすれば大事件かもしれないが——光景のはずなのに、恭平の胸が握りつぶされたように痛くなる。 (……やっぱりちょっと、きつい、かも)  足音を殺して隣のキッチンに入った恭平は、朝陽に気づかれないようにヤカンを出し、水を入れた。  テレビを向いていた楓の尻尾がピクリと震えた。端正な顔がこちらを向き、恭平を見て無言のまま笑う。  こっそりと笑い返そうとして、できなかった。 「恭……」 「ああーもうっ!」  眉を寄せた楓の隣で、苛立ちの声を上げた朝陽がぐにゃりと背もたれに寄りかかった。 「せっかく集めた羊が全部いなくなったじゃんかよー! もうやだぁー」 「す、すまぬ」  しゅんと尻尾を垂らす楓を見て、朝陽が今度は跳ねるように起き上がる。 「ま、いいや。もっかい集めてこよ! 次は石の柵にして簡単に壊れないようにしようよ。楓も死なないように防具いいやつ作ってあげるね」 「ありがたい。なら我はサンドイッチでも作ろうか」 「うん。スピード上昇のやつでお願い」 (おお、切り替えたぞ)  今までだったら、あるいは恭平相手だったらさんざん文句をたれていたであろうところだ。 「スピードは……魚サンドか?」 「うん。僕の道具箱の中にある魚使っていいよ」  ちょうどヤカンがクツクツと言いはじめたので、インスタントの粉コーヒーを入れたカップにお湯を注ぐ。  ピチャリとお湯が跳ねた。 「熱っ」  呟いてしまうと、今度は朝陽と楓の両方が振り向いた。 「あっパパ!」  慌ててリモコンを手に取った朝陽が、テレビの表示を地上波に切り替える。 「ごめん気づかなかった」 「ううん。もう戻るから。ごめんね邪魔して」 「大丈夫か?」 「あ、ちょっと跳ねただけだから」  軽く手を振り、恭平は足早に仕事部屋に戻った。  パソコンの横に置いていた耳栓をして、深呼吸をする。持ってきたコーヒーを少し啜ると、ようやく少しだけ胸の痛みが楽になった気がした。  手で包み込むように持ったカップの温かさに、意識を集中させる。 (……今更……思い出したって、仕方ないだろ)  自分に言い聞かせて、目の前の作業に戻る。耳栓を通過して、それでもかすかに聞こえる声が心にちくちくと刺さるのをできるだけ無視して手を動かす。  突然、恭平は肩を叩かれて飛び上がった。 「わっ!」  振り向くと、楓が何か口を動かしている。耳栓をしていたから、部屋の扉が開けられるのにも話しかけられたことにも気づかなかったらしい。耳栓を取りながら時計を見上げると、もう12時になろうとしている。 「あっすみませんお昼ですよね、今ご飯作りますから」 「いや、それもないわけではないが」  軽く楓は尻尾を左右に振った。 「何か無理してないか? 先ほどから様子がおかしいように見えるぞ」 「そう……でしょうか」  恭平は軽く首を振った。  朝陽にも楓にも気を使わせてしまっていることはわかっていたが、何となく自分でも認められない。 「体調が悪いなら……」 「いや、そう、じゃないんですけど」  じっと見つめてくる楓から顔を逸らした恭平だったが、追ってくる楓の視線にため息をついた。 「昔、ゲーム会社で働いてたんです。UIデザイナー……まあ、メニュー画面とか作る人だと思ってくれればいいんですけど」 「うむ……?」 「妻と別れた時、朝陽のこともあって辞めちゃったんですよ。でも、今でもゲームを見ると『自分も本当はそっちにいたはずなのに』って思って……ちょっと、しんどくなっちゃって」 「そっち?」 「作る側、ってことです」  いきなり新生児と二人きりになってしまって、どうしたらいいかわからなかったのだ。実家は曾祖母の介護で頼れなかったし、朝陽自身もあの頃は病弱で入退院を繰り返していた。  もう少し頑張れれば、あるいはうまく立ち回れれば、今でもまだ制作側にいられたのかもしれない。けれど、あの時の自分にはそれ以外の手段は取れなかった。  妻がいなくなった、と聞いた時には優しかった視線が、休みや早退が重なるにつれ冷たくなっていくのに耐えられなかったのだ。  辞める、と言ったときのほっとしたような上司の顔を思い出してしまい、きゅっと胃の辺りが冷たくなる。 「そうか……」  隣に立った楓は呟き、恭平を覗き込むように首を傾げた。  考え込むように、ゆっくりと両手の指を合わせる。 「その、ゲームというのは一人だと作れぬのか?」 「作れますよ」  恭平は小さく笑って頷いた。  別にゲーム制作会社に所属しないとゲームが作れないわけではない。それは分かるが、一人で作る気にはなれなかった。 「多分、俺が作りたかったのはあの会社で、あのメンバーで作るゲームだったんですよね」  それに、今は個人製作をする余裕なんてない。フリーランスになって収入が不安定だし、そんな余力があったら1件でも仕事を増やして収入にしたかった。 「すみません楓さん、だから……できればでいいんですけど、また朝陽と一緒にゲームしてやってもらえませんか」  見上げると、楓が目を細めて恭平を見下ろしていた。眉を下げ、途方にくれたような表情のまま耳栓を見て尻尾を一振りさせる。 「我も楽しくてやっておるし、その程度構わぬが……」 「よろしくお願いします」  頭を下げると、楓は口元だけで笑った。 「……凄いな、恭平は」 「何がです?」 「いや……」  尻尾の先が恭平の足に触れる。鱗の感触が少しくすぐったい。 「何か、他にも我ができることがあったら言ってくれ」 「大丈夫ですよ。これ以上楓さんに迷惑掛けられませんし」 「迷惑だなどと、そんな……我は……」  何か言いたげに尻尾だけを動かす楓を見上げてから、恭平はパソコンの保存ボタンを押した。 「とりあえず、もうお昼ですし。ご飯作りますね」 「あ、そのことなんじゃが」  ぴょこりと楓の耳が動いた。 「サンドイッチを作ってみたいのじゃが」 「サンドイッチ?」 「ゲームで作っているうちに、我も朝陽もサンドイッチが食べたくなってきての」 「あーありますよねそういうの」  恭平はふふ、と笑った。  確かにさっき、バフアイテムとしてサンドイッチを作っていた気がする。 「じゃあ、パンないんで買い物行ってきますね」 「ああ、いや、そうではなくて」  楓は首を振った。 「だから、朝陽と買い物に行ってきてよいか?」 「え、二人で?」  予想外の言葉に、恭平は目を見開いた。  小学1年生と、ドラゴン。  近くのスーパーなら道に迷ったりはしないだろうし、レジでの支払いくらいならできる……はずだ。楓も大人だし、だいぶ現代の生活に慣れて来ているし、変なことはしないだろう。  だが、今まで二人だけでどこかに行かせたことはない。 (大丈夫かなぁ……) 「駄目、じゃろうか」  恭平の不安げな表情を見て察したのか、しょぼんと楓の耳と眉が下がる。 「いや、うーん……」  これ以上楓に自分のやるべきことを任せてしまうのも気が引ける。  恭平が腕を組むと、「あった!」と朝陽の声が聞こえた。子供部屋の扉が明け閉めされる音が続き、バタバタと足音がリビングを横切ってくる。  仕事部屋の扉が勢いよく開かれた。 「やーっと靴下見つかった! 楓、どうだって?」  扉の前にいた朝陽は、麦わら帽子をかぶって水筒を肩に掛け、エコバッグまで手に持っていた。  行く気満々じゃん。  思わず恭平の口元が緩んだ。 「……いいですよ、気をつけていってきてくださいね」 「おお! ありがたい」 「いいの? やった! 早く行こ!」  今度は玄関に駆けていく朝陽のあとを、楓が小走りで追っていく。学校に行くときは遅いのに、こういうときの朝陽は妙に早い。 「それじゃ、行ってきます!」 「行ってくるぞ」  楓が引き戸を開けると、外から割れんばかりの蝉の声が家のなかに飛び込んできた。 「行ってらっしゃい」  手を振ると、手を振り返した二人がまばゆい光のなかに出ていく。 「何サンドにする? やっぱキャビアフォアグラサンドかな」 「我はやはり……」  何だって?  扉が閉まる一瞬、なんだか不穏なサンドイッチが聞こえた気がした。

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