11 / 26
子供、またカブトムシを探す
いつもよりゆっくりと起きた恭平は、脱いだパジャマを入れて洗濯機を回した。コーヒーを淹れ、のんびりと飲む。
「はあ……」
リビングが静かなのは、楓も朝陽もまだ寝ているからだ。
だが、それも今日までだ。
明日からは2学期だ。また朝から忙しい毎日が始まるのは若干げんなりしてしまうが、給食が始まってくれるのは正直ありがたい。友達にも会えるだろうし。
ちまちまと仕事のメールやメッセージに返信しているうちに、洗濯機が鳴った。洗濯物を抱えて外に出ると、あまり弱まった気のしない太陽が照り付けてくる。
まだまだ夏なのに、休みだけ終わりなんて。そう思うとなんだか変な気分だ。
(そう言えば、あんまり夏休みっぽいことしてあげてられないかも)
考えながら洗濯物を干していく。
小さいのが朝陽、中くらいのが恭平、インバウンド需要を感じる巨大な浴衣が楓だ。洋服は尻尾の部分に穴が開いている上に、ぴっちりしているのが恥ずかしいらしい。
何となく、その気持ちは分からないでもない。
(明日の朝困らないように、あとで朝陽の持ち物確認しておかなきゃな)
以前楓に抱えられて体操服を学校まで届けたことを思い出し、恭平の顔が思わずにやけた。あれは夏休み直前のことだったと思うが、今ではもう遠い昔のことのように思える。
はためく洗濯物の間を抜けてくる風に、恭平は目を細めた。いつの間にか、楓が家にいるのがすっかり当たり前になってしまっている。
背後にある網戸の向こう、リビングからガタゴトと音がした。
振り向くと、起き出した楓と朝陽が、机の上にホットプレートやボウルを並べている。
「牛乳ってどれくらいだろ?」
「100……何と読むか分からんが、この升の『100』と書いてあるところまでの量でいいじゃろ」
「何してるんですか?」
部屋に上がった恭平に、「ホットケーキ作るの!」と牛乳パックを持った朝陽が答えた。その下で計量カップを押さえている楓が、視線で横に置いてあるホットケーキミックスとヨーグルトを示した。
「ヨーグルトを入れると、ふわふわのができるそうじゃ」
「へえ」
この前サンドイッチを作ってから、朝陽は料理の楽しさに目覚めたらしい。楓と動画を見ては、恭平が仕事をしている間に二人でレンチンうどんやゼリーなどを作っている。
その成果なのか、卵を割る手つきは思っていたより手慣れていた。
「楓、押さえてて」
「ほい」
意外と上手いな。
そう思った瞬間、朝陽の混ぜるボウルから粉が机の上に容赦なくこぼれていった。
「ああっ」
思わず手を出そうとすると、「パパはやんないで」と朝陽に睨まれて手を引っ込める。
「わかった、じゃあ見てるだけにするから」
ダマが多いけど平気なのか。そんな持ち方ではタネをこぼすぞ。手と口を出したくなる気持ちをぐっとこらえて、ホットプレートの上で焼けていく生地を見守る。
やがてできたのは、ちょっと形が歪で焦げかけたホットケーキだった。
「はいパパ! できた!」
蜂蜜とバターをつけて食べると、ふんわりと甘い味と、少しの苦味が口に広がる。意外なことに、ヨーグルトの味はほとんど感じない。
「おいしいよ、朝陽」
「どう? どう? ふわふわでしょ!」
「うん。上手に焼けてるね」
ふふん、と得意げな朝陽の横で楓が机を拭き、使った器具を片付けてくれている。
「あ、洗い物は俺がやりますよ」
「いいから恭平は食べておれ」
食べかけのところを立ち上がろうとすると、楓に押し返される。なんとなく居心地悪く席に座っているうちに、何枚もホットケーキが焼けていく。枚数を重ねるごとに目に見えて丸く、きれいな焼き目になっていくのが見ていて面白い。
「ところで朝陽、今日で夏休み最後だけど……今更だけど、何かやり残したことある?」
「え? うーん、やり残したことかぁ」
洗い物から戻って来た楓が、恭平の隣に座る。それを見た朝陽が、「あっ」と何かを思い出した顔をした。
「カブトムシ捕れてない!」
「カブトムシ」
「楓見つけたせいで、結局捕まえられてない!」
「わ、我のせいなのか?」
ぎょっとした顔をする楓に「いや、楓さんのせいではないですよ」と恭平は笑った。
「カブトムシを捕りに裏山に入ったときに、楓さんを見つけたんです。そこから肝心のカブトムシのことは忘れてたっていうことに今気づいただけで」
「そ、そうなのか」
「これ食べ終わったら採りに行こうよ!」
「ええ……」
自分で聞いておいてあれだが、8月終わりにカブトムシと言われてももういない気がする。餌も仕掛けてないし、もう昼だし。
「……あんまり期待できないと思うけど」
「えー、でも動画だと11月まで生きてたよ!」
「それは……育てるのが上手い人の話じゃないのか?」
とはいえ、恭平も別にカブトムシに詳しいわけでもなんでもない。
「まあ探しに行くぶんにはいいけど、まだ暑いから。もう少し夕方になったらな」
「よっしゃ!」
手を突き上げる朝陽を見ていると、ちょいちょいと服の袖を引っ張られた。
「何です、楓さん」
「恭平、『かぶとむし』とはどんな虫じゃ?」
「あっ教えてあげるね! 角が生えてるんだよ!」
「食べ終わったらな」
立ち上がろうとする朝陽を止め、恭平は2枚目のホットケーキを取った。
さっきのより丸く、甘い味がする。
ともだちにシェアしよう!

