14 / 26
パパ、運動会に行けない
起きた瞬間、恭平はカーテンの隙間から見える秋晴れの空に安堵した。雨、と言っていた天気予報は外れたようだ。
同時に吸った息が喉に刺さり、ベッドの上で咳き込む。
(あーダメだこれ、完全に風邪ひいたわ……)
数日前、昼間に片付けきれなかった分の仕事を夜にやろうとして、そのまま寝落ちてしまったのだ。その時から少し喉が痛いなとは思っていたが、気のせいだということにしていた。
だが、今日は朝陽のはじめての運動会だ。休んでいいわけがない。
重い体を起こし、そっと床に降りる。結局いまだに隣で布団を敷いて寝ている楓の横を通り抜けようとして、引きずった足が伸びている尻尾に引っかかった。
気づいた時には、顔面から床に倒れ込んでいた。
「痛いぞ!」
跳ね起きた楓の、非難めいた声が聞こえる。
「……すいません……」
かすれた声をなんとか絞り出す。
「恭平?」
「あー……」
答えるのもしんどい。体を起こした恭平はそこで座り込んだ。頭痛とめまいで立ちあがれない。
「お、おい、頭でも打ったか? どうした?」
「……いや……だいじょぶ……」
少し休めば動けると思う。目を閉じると、「おわーっ」と楓の声が聞こえた。
「血が出ておるではないか!」
血? どこからだろう。
ぼうっと考えていると、鼻の下にティッシュを押し付けられた。抱き上げられ、ベッドに戻される。
「全く、熱もあるではないか! だから我は無理せず早く休めと毎日言っておったろう!」
確かに言われていた気もする。口の端だけで笑うと、ああもう、と呆れた声で布団をかけなおされる。
「我が今日は何とかしてやるゆえ、治るまで恭平は寝ておれ」
「や、いやそれは!」
楓の声に起き上がった恭平は、また咳き込んだ。
「朝陽の運動会なんで、さすがに」
「その様子で行けるわけないじゃろうが」
「いやでも……」
「そんな体調で来られて、朝陽が嬉しいわけなかろう」
「て、手伝いとか、も……PTAで……」
「我が行くから安心せい」
苛立ったような楓に肩を押され、再び恭平は横になった。
「いいからおとなしくしておれ、治るものも治らんぞ」
もう出てくるな、というように手と尻尾の両方で布団の上から軽くはたかれる。
(その気持ちはありがたい、けど)
いいのだろうか、と思ってしまう。
(朝陽の親は、俺なのに)
運動会もその準備も、楓に任せてしまうなんて。
「……親なら、朝陽を心配させるでない。早く治して、元気な顔を見せてやれ」
そう言われると、もう反論はできなかった。
はい、と小さく答えると、最後に恭平の額に手の甲を当て、楓が部屋を出ていく。
朝陽を起こす声、恭平が風邪で行けないことなどを説明する声を聞きながら目を閉じる。
えーっ、という朝陽の声に、恭平は布団の中で体を丸めた。
(なんで、こんな日に限って)
そう思うものの、体が言うことを聞いてくれない。
頭痛を堪え、咳き込まないようにそっと息をする。ティッシュで鼻血を押さえているせいで余計に息苦しい。
何かあったらどうしよう、と耳を澄ませているものの、順調に二人の準備は進んでいるようだ。設営準備の手伝いに合わせて早く家を出るところまで話が進んでいる。
やがて部屋の扉が開いて、大小の足音が近づいてきた。
「パパ、行ってくるね!」
「ん……」
うっすら目を開けると、覗き込んでくる朝陽と楓の顔があった。
「……ごめんね、行けなくて」
朝陽は一瞬だけ口を結んでつまらなそうな顔をしたものの、すぐに笑って首を振った。
「いいよ、しかたないもん」
「……ごめん」
謝ることしかできない自分が不甲斐無い。
「ほら、薬でも飲んでおけ」
サイドテーブルの眼鏡の隣に、楓が小瓶と水、買い置きのパンを置いた。恭平が飲むのを確認してから、「じゃあの」と尻尾を振る。
「いってらっしゃい……」
「おう」
「じゃあね!」
掠れた声で呟き、また目を閉じる。玄関の開閉音の後に羽ばたく音が続いた。
うとうとと眠る中で、かすかに聞こえてくる運動会のBGMを聞いた気がした。
ともだちにシェアしよう!

