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パパ、カレーを食べる

 リーン、リーン。  恭平が目を開けると、暗い部屋の中に鈴虫の輪唱だけが響いていた。朝よりも体が軽くなった代わりに、全身が汗でベタベタして気持ち悪い。  今何時だろう。手にしたスマホには「20時」と表示されていて思わず二度見してしまう。  朝、二人が出かけたのが7時過ぎくらいのはずだ。正確には分からないが半日以上寝ていた計算になる。  嘘だろ。  信じられない思いのままよろよろと立ちあがり、リビングに続く扉を開ける。電気の眩しさに目を細めると、「起きたか」と楓の声がした。ソファでゲームをしていたようだ。 「……すいません、なんか……ずっと寝ちゃってて」 「それだけ疲れておったんじゃろ」  立ちあがった楓が、恭平の前に立つ。伸びてきた手が額に触れた。 「朝よりは顔色がよくなったように見えるが。夕飯は食べられるか?」 「あ、はい」  半日寝ていたせいか体調が良くなったからか、お腹はぺこぺこだった。  さらりとした楓の指先は心地いいが、汗でベタベタの自分に触れられるのは少し恥ずかしい。顔を引いた恭平は、楓の後ろを覗き込んだ。 「……ところで朝陽は?」 「もう寝たぞ。あやつも運動会で疲れたんじゃろな」 「そう、ですか……」  結局、今日は朝から晩まで全部楓に任せっきりにしてしまったことになる。  こんなはずじゃなかったのに。思わずため息が出てしまう。 「頑張っておったぞ、朝陽は」 「……見たかったです」 「なら、次はそうならぬようにきちんと休むのじゃな」  やれやれと肩をすくめた楓がキッチンへ向かう。 「ほれ、夕飯を温め直してやるから待っておれ」 「すいません……」  シャワーで汗を流して戻ると、リビングにはカレーのいい匂いが満ちていた。よそられたルーの中には、星形のニンジンが見え隠れしている。 「星だ」  思わずスプーンで星をつついてしまうと、「朝陽がやってくれたんじゃ」と自慢げに説明しながら楓が横の椅子に腰を下ろした。 「恭平にあげるために、わざわざ星の部分を残したんじゃからな」 「ああ……」  星型ニンジンだけをすくった恭平は、机においていたスマホを手に取った。少し眺め、写真を取ってから口に入れる。  なんだかもったいなくて、じっくりと味わってしまう。 「そういえば、その板で写真だけでなく動画も撮れるんだとな。翔太くんのママさんに頼んで、朝陽の分も撮ってもらったぞ。後で送ってくれると言っておったから確認してみてくれ」 「えっ」  食べながらメッセージを開くと、楓の言ったとおり、クラスメートのお母さんから動画が届いている。  開くと、徒競走をしている朝陽の動画が表示された。一位になったものの、「何でもありませんけど?」とアピールするかのようにスンッとした顔をしている。次の動画ではダンスをしているところが映っていて、さらに翔太くんや他のクラスメート達と撮った写真が何枚か続く。 「あ、ありがとうございます楓さん!」  恭平の胸と目頭が、じわりと熱くなった。 「何から何まですみません、本当に今日は……」 「謝らないでくれ、恭平」  眉を下げ、寂しそうに微笑んだ楓がゆっくりと尻尾を振る。 「……我は、恭平の伴侶にはなれぬかもしれんが……それでも共に暮らすものとして、少しは何かさせてくれ」 「楓さん……」 「一人で何もかも抱えようとするな、恭平。我をもっと頼ってほしいんじゃ」 「……それは……」  カレーを食べる恭平の手が止まった。  いいのだろうか、と思ってしまう。けれど、今朝、「寝ていろ」と楓に半ば強引にベッドに押し込まれて――歯がゆさと同時に、ホッとしたのも事実だった。  気づいた時には、もう恭平の口元は綻んでいた。 「そうですね……ありがとうございます、楓さん」  言った瞬間、体から力が抜けた気がした。 「ん」  目を細めた楓が、立てた尻尾をブンブンと振り回す。大型犬のような仕草に、それでよい、と言われた気がした。 「ほら、食べ終わったなら早く戻れ。まだ万全ではないのじゃろう? さっさと治して朝陽に元気な顔を見せてやれ」 「そうします」  寝室に戻った恭平は、またさっきの動画を再生した。必死で走る姿、小さい体を精一杯伸ばして踊る姿、友達と笑顔でポーズを取る姿。 (……成長したな。あんなに小さくて、一人じゃ何もできなかったのに)  ふと、恭平の頭に朝陽の母親のことが思い浮かんだ。  思い出したくなんてなかったし、かかわり合いにもなりたくない。けれど、頭に浮かんでしまった以上何かをしなければいけない気がして、少し迷ってからメッセージボックスを開ける。  いつの間にか、朝陽の誕生日に送ったメッセージは既読になっていた。 (うわっ)  見たのか。いや未読無視されても嫌だけど。 (でもまあ、これは……向こうの権利でもあるし)  それでもなお少し迷った後に、恭平は運動会の動画を添付した。きちんと送信できたかどうか確認せずにアプリを閉じる。  さっさと寝て、こんな奴のことなんて頭から追い出してしまおう。  目を閉じたが、昼間寝すぎてしまったせいかなかなか眠気はこなかった。

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